長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『Swallow/スワロウ』

2021-01-14 | 映画レビュー(す)

 主人公ハンター(ヘイリー・ベネット)は富豪の息子リッチーと結婚し、郊外の豪邸で新婚生活を始める。何不自由ない生活を与えられた彼女は良妻であろうと家事に励むが、夫は家族経営の事業に忙しく、家に帰ってもスマホの画面ばかりを見て彼女との会話にも生返事だ。程なくしてハンターは妊娠。そんなある日、彼女は衝動的にビー玉を口に含み、呑み込んでしまう。

 カーロ・ミラベラ・デイヴィス監督の『Swallow/スワロウ』はヘイリー・ベネットの素晴らしいパフォーマンスと、緻密な心理描写による驚くべきデビュー作だ。涼しげな目に所在ない不安を湛えたベネットの赤い唇にビー玉、画鋲、ネジ、ドライバーと様々な異物が吸い込まれていく。出自の負い目を抱え、特段学も技能もないヒロインは夫に“所有”され、彼の家族はじめ誰からも一個人として扱われない(妊娠や病気すら本人の意思に反して公表されてしまう)。自己肯定を得ることのできない彼女が唯一、自由意志で選択し、達成感を得られるのが“呑み込む”という行為なのだ。家父長制とミソジニーが横行する本邦でも、彼女のような自己肯定を得られない女性は決して少なくないだろう。

 こわれゆく女を演じたヘイリー・ベネットは必見だ。出世作は2016年の『ガール・オン・ザ・トレイン』だろうか。事件の鍵を握る若妻を演じた彼女のもの憂い気な佇まいはエミリー・ブラント、レベッカ・ファーガソンら人気実力派女優を差し置いて観客の目を引き付けた。以後、順調にキャリアを伸ばし、2020年は『スワロウ』の他、『悪魔はいつもそこに』『ヒルビリー・エレジー』に連続出演。とかく大きな芝居がもてはやされるアメリカ映画において、ミニマルで静かな演技のできる女優へと成長した。撮影時は彼女自身も妊娠しており、その心と身体の変化をフィルムに残すことに成功している。

 終幕、彼女の“呑み込む”という行為は異物からある物へと転じ、ハンターは大きな達成に至る。所有され、尊厳を奪われてきた彼女の新たな選択は、奇しくも日本で同時期公開となった『燃ゆる女の肖像』と呼応した。これまで男社会であった映画というアートフォームにおいて、堕胎行為は冷たく、悲痛で、ネガティブなものとして描かれてきた。しかしこの2作では共に女性監督の目線から、産まないという選択の尊さが描かれているのだ。そう、僕たちはあまりにも長く彼女たちの身体の決定権を奪い続けてきた。本作はミラベラ・デイビス監督の祖母が精神疾患の末、ロボトミー手術を施されたエピソードをモデルにされているというが、監督自身の性自認が一時、女性であったことも重要だろう。主人公の心の旅路をぜひ見届けてほしい。


『Swallow/スワロウ』19・米、仏
監督 カーロ・ミラベラ・デイヴィス
出演 ヘイリー・ベネット、オースティン・ストウェル、エリザベス・マーベル、デヴィッド・ラッシュ、デニス・オヘア

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『新感染半島 ファイナル・... | トップ | 『私というパズル』 »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (映画マン)
2021-01-17 08:56:49
初めまして。映画ブログを運営しているものです。
すごい独特な世界観の映画ですね。
夫に相手にされないからと、異物を飲み込むって…
どうストーリーが展開していくのかとても気になります!
演技の評判が良いようなので、女優さんにも注目して見てみたいです。

応援完了です!
返信する
Unknown (長内那由多)
2021-01-17 22:56:07
映画マンさん、コメントありがとうございます。
予告編がちょっと怖い雰囲気でホラー映画のように見えますが、女性心理を描いた傑作です。単館上映なので近くで見られるかわかりませんが、ぜひとも。
返信する

コメントを投稿

映画レビュー(す)」カテゴリの最新記事