
1973年に公開されたテレンス・マリック監督のデビュー作は、長らく日本ではTV放映やレンタルビデオでしか見ることができず、マリック自身が続く78年の『天国の日々』を最後に20年間もディレクターズチェアを離れたことから“伝説のデビュー作”と呼ばれ続けてきた。2025年、日本での記念すべき劇場初公開に合わせ、タイトルを原題そのまま『バッドランズ』と改め、ついにその伝説が再検証されるに至った。
映画は1957年〜58年にかけネブラスカで起こった実際の事件をモデルにしている(ブルース・スプリングスティーンの『ネブラスカ』も同じ出来事に材を得ている)。マーティン・シーン演じる清掃夫のキットは、サバービアの庭先でバトントワリングに興じる少女ホリーを見初め、2人は程なくして結ばれる。しかし25歳と15歳、家柄も異なる2人の恋が許されるわけもなく、キットは交際に反対するホリーの父親を射殺。彼らは逃亡の身となる。
マリックは常に大自然と人間を対比し、そこに神の存在を見出してきた作家である。キットとホリーは川岸の林にツリーハウスを建て、まるで野生に戻ったかのような生活を始める。人類文明から解脱するにつれ、2人に遺された物は減っていく。銃、車、そして全てが削ぎ落とされた後には卑小なエゴしか残らない。常人には理解しがたい凶行を繰り返す彼らもまた、神の前では等しく人間なのだ。マリックは神と人の境界とも言うべきアメリカの荒野へと2人を追い立てる。夜の帳が下りると、そこにはヘッドライトが照らす闇とナット・キング・コールの歌声しかなく、この愉悦はスクリーンに相対する私たち観客を包み込む。テレンス・マリック、マーティン・シーン、シシー・スペイセク。特別な才能による特別な映画である。
『バッドランズ』73・米
監督 テレンス・マリック
出演 マーティン・シーン、シシー・スペイセク、ウォーレン・ウォーツ