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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『バッドランズ』

2025-03-26 | 映画レビュー(は)

 1973年に公開されたテレンス・マリック監督のデビュー作は、長らく日本ではTV放映やレンタルビデオでしか見ることができず、マリック自身が続く78年の『天国の日々』を最後に20年間もディレクターズチェアを離れたことから“伝説のデビュー作”と呼ばれ続けてきた。2025年、日本での記念すべき劇場初公開に合わせ、タイトルを原題そのまま『バッドランズ』と改め、ついにその伝説が再検証されるに至った。

 映画は1957年〜58年にかけネブラスカで起こった実際の事件をモデルにしている(ブルース・スプリングスティーンの『ネブラスカ』も同じ出来事に材を得ている)。マーティン・シーン演じる清掃夫のキットは、サバービアの庭先でバトントワリングに興じる少女ホリーを見初め、2人は程なくして結ばれる。しかし25歳と15歳、家柄も異なる2人の恋が許されるわけもなく、キットは交際に反対するホリーの父親を射殺。彼らは逃亡の身となる。

 マリックは常に大自然と人間を対比し、そこに神の存在を見出してきた作家である。キットとホリーは川岸の林にツリーハウスを建て、まるで野生に戻ったかのような生活を始める。人類文明から解脱するにつれ、2人に遺された物は減っていく。銃、車、そして全てが削ぎ落とされた後には卑小なエゴしか残らない。常人には理解しがたい凶行を繰り返す彼らもまた、神の前では等しく人間なのだ。マリックは神と人の境界とも言うべきアメリカの荒野へと2人を追い立てる。夜の帳が下りると、そこにはヘッドライトが照らす闇とナット・キング・コールの歌声しかなく、この愉悦はスクリーンに相対する私たち観客を包み込む。テレンス・マリック、マーティン・シーン、シシー・スペイセク。特別な才能による特別な映画である。


『バッドランズ』73・米
監督 テレンス・マリック
出演 マーティン・シーン、シシー・スペイセク、ウォーレン・ウォーツ
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『陪審員2番』(寄稿しました)

2025-02-06 | 映画レビュー(は)

 2月3日発売、月刊シナリオ3月号の連載“洋画時評”でクリント・イーストウッド監督最新作『陪審員2番』をレビューしています。『ミスティック・リバー』『真夜中のサバナ』『トゥルー・クライム』、そして『ダーティハリー2』を経由して巨匠の作家性に触れています。お近くの書店で見かけた際はぜひお手にとってみて下さい!

 『陪審員2番』についてはポッドキャスト“年間ベスト10回”でも言及しています。


『陪審員2番』24・米
監督 クリント・イーストウッド
出演 ニコラス・ホルト、トニ・コレット、ゾーイ・ドゥイッチ、クリス・メッシーナ、J・K・シモンズ、ガブリエル・バッソ
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『ザ・バイクライダーズ』(寄稿しました)

2024-12-29 | 映画レビュー(は)

 『ザ・バイクライダーズ』のレビューは月刊シナリオ2025年1月号の連載『洋画時評』に掲載されています。
その他、ポッドキャストでも解説しています。




『ザ・バイクライダーズ』23・米
監督 ジェフ・ニコルズ
出演 ジョディ・カマー、トム・ハーディ、オースティン・バトラー、マイク・フィスト、デイモン・ヘリマン、ボイド・ホルブルック、マイケル・シャノン、エモリー・コーエン

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『墓泥棒と失われた女神』

2024-07-21 | 映画レビュー(は)


 2014年作『夏をゆく人々』でカンヌ映画祭グランプリ、2018年作『幸福なラザロ』で同映画祭脚本賞に輝き、2022年には短編『無垢の瞳』がアカデミー短編映画賞にノミネートされるなど、注目作が相次ぐイタリアの俊英アリーチェ・ロルヴァケル監督の最新作。その才能にマーティン・スコセッシやアルフォンソ・キュアロンらがプロデュースを買って出るなど、今や自国に留まらない注目の才能であり、本作もまたイギリスの最旬若手ジョシュ・オコナーが自らラブコールを送り、ロルヴァケルが彼に当てて役柄を書き直したという。オコナーはまさに身一つでロルヴァケル映画に飛び込み、全編イタリア語でセリフを披露。映画を異化する彼の存在感によって、ロルヴァケルのフィルモグラフィが転換点を迎えた。

 特定の時代性を帯びず、都市を離れた農村で繰り広げられるのがロルヴァケル映画である。オコナー演じる英国人アーサーが服役を終えて出所してくる。彼は地中深く埋まった古墳を探し当てる達人で、その心を占めているのは今や顔も朧げな恋人の残像だ。いったい彼女は何処へ行ってしまったのか。農村と都市、文明と未開を対比し続けてきた筆致は控えめに、今回は冒頭から夢幻的、祝祭的イメージが横溢し、ロルヴァケルはイタリア映画の正当な担い手としてフェリーニへ接近している(もちろん、ふくよかな女性も出てくる)。

 直線的ではないプロットラインにしびれを切らす観客もいるかもしれないが、ロルヴァケルのマジックリアリズムは夢現に楽しむのがいい。私たちの潜在意識を釣り上げる赤い糸を辿って映画館の暗闇を抜けてみれば、その先にはなんとも眩い世界が見えてくるはずだ。


『墓泥棒と失われた女神』23・伊、仏、スイス
監督 アリーチェ・ロルヴァケル
出演 ジョシュ・オコナー、イザベラ・ロッセリーニ、アルバ・ロルヴァケル
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『バティモン5 望まれざる者』

2024-06-14 | 映画レビュー(は)
 2019年の長編監督デビュー作『レ・ミゼラブル』でカンヌを圧倒し、脚本を手掛けた2022年のNetflix映画『アテナ』で世界中の度肝を抜いたラジ・リは、今や“フランスのスパイク・リー”とも言うべき重要監督の1人だ。フランス郊外団地に追いやられてきた人々の烈火のような怒りを撮らえるラジ・リは、再び自身が生まれ育った街モンフェルメイユの団地“バティモン5”を舞台に、現代フランス社会の問題を炙り、文字通り映画を発火直前までヒートアップさせていく。

 冒頭、団地を空撮するダイナミズムが今や“フランス郊外団地映画”とも言うべきジャンルを確立したラジ・リならではスペクタクルだ。カメラが団地の一室に入り込むと、そこでは葬儀が行われている。様々な国籍の多様な文化が凝縮され、移民二世、三世が新たなフランス社会を築く中、行政は団地の老朽化を理由に彼らを追い払い、新たに小規模世帯向けの賃貸住宅を作ろうとしている。多額のローンを払って今の物件を購入した住民はこの横暴に怒りの声を上げるが、行政側から言わせてみれば増加する犯罪に苦慮した”選択的移民”である。一種のブラック・ライヴズ・マター映画でもあった前2作での激しい怒りをラジ・リは理性的なまでに抑制し、住民と行政の双方から平等に視点を得ている。私たちの間には望むと望まざるとをかかわらず、決定的な断絶がある。その溝を少しでも埋めていくためにも時に拳を下ろし、言葉を交わして、全てに直結する政治へと参画し続けなければならないのだ。ラジ・リが現代映画における重要な視座を持った監督であることは疑いようがなく、これまでのテーマがさらに先へと押し進められた1本である。


『バティモン5 望まれざる者』23・仏、ベルギー
監督 ラジ・リ
出演 アンタ・ディアウ、アレクシス・マネンティ、アリストート・ルインドゥラ、スティーヴ・ティアンチュー、オレリア・プティ、ジャンヌ・バリバール
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