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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ミッキー17』

2025-03-29 | 映画レビュー(み)

 2020年、ハリウッドは韓国映画『パラサイト』外国映画として初となるオスカー作品賞を与えた。長編デビュー作『吠える犬は噛まなない』からポン・ジュノの才能に心酔してきた我々からすれば、随分と遅い認知に思えたが、それでも天才監督に新たな栄誉が加わったことは素直に喜ばしかった。さぁ、オスカー監督というタイトルを得てハリウッドでどんな映画を撮るのか?決して駄作ではないものの、かつてワインスタインに苦しめられたハリウッドデビュー作『スノーピアサー』の雪辱を期待したのだが…。
 ハリウッドはポン・ジュノにキャリアワーストを撮らせたことを恥じるべきだ。ついでに本作を絶賛している北米批評家も恥じ入るべきだ。彼らはきっと『殺人の追憶』『グエムル』『母なる証明』に打ちのめされたことがないのだろう。

 ポン・ジュノのアイデアの枯渇を見るのはファンにとって苦痛以外の何物でもない。舞台は近未来。主人公ミッキーは悪友ティモと始めたマカロン店が倒産、凶悪なギャングから借金の取立に追われていた。命の危険を感じた彼は、元極右政治家の大富豪マーシャルが主導する惑星植民地化事業に応募。何の技能も持たないミッキーは謎の職種“エクスペンダブルズ”に志願する。それはありとあらゆる命の危機が伴う業務に携わり、死亡するや最新鋭3Dプリンター技術によってクローン再生される究極の使い捨て労働だった!

 近年では『ウエストワールド』をはじめ、既にやり尽くされたアイデアをポン・ジュノは一向に転がすことができず、前半は延々と説明セリフに終始。狭苦しい宇宙船内では持ち前のダイナミックかつ流麗なカメラワークも生かされず、俳優のフィジカルが躍動することはない。時にオフビートなまでのユーモアセンスも不発、様々な方法で命を落とすミッキーの死に様は映画に不快なストレスを与え続けている。ミッキー17とミッキー18を1人2役のドッペルゲンガー芝居で見せるロバート・パティンソンや、益々キレ味の良いナオミ・アッキーら演技陣も映画を救うには至っていない。

 極めつけは虚しいまでの同時代性の欠如、批評精神の鈍重さだ。マーシャルの支持層はMAGAよろしく赤い帽子を被り、現代アメリカ最高の名優であるマーク・ラファロがまるでサタデー・ナイト・ライブのコントのようなトランプモノマネ芸に終止する。『パラサイト』の世界制覇は超学歴・格差社会の韓国という“ローカル”のストーリーテリングに特化した結果の“グローバル”なナラティブであり、リベラルなハリウッドという“ローカル”に希釈されたポン・ジュノの批評精神は、一向に“グローバル”たり得ないのである。『オクジャ』の後半部分同様、アメリカへ渡ると途端に「いつか見たアメリカ映画の景色」を模倣しているのも虚しいばかり。宇宙の果てでミッキーは「なんでこんな仕事に就いてしまったのだろう」と嘆くが、それはきっとポン・ジュノも同じことだろう。


『ミッキー17』25・米
監督 ポン・ジュノ
出演 ロバート・パティンソン、ナオミ・アッキー、スティーブン・ユァン、トニ・コレット、マーク・ラファロ、アナマリア・ヴァルトロメイ
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『ミュージック 僕だけに聴こえる音』

2024-05-08 | 映画レビュー(み)

 多くの映画が劇場公開されることなくストリーミングの広大な海に放流されていく昨今、映画ファンにもそんな潮目を読む根気が必要だ。1992年生まれ、今年32歳のルディ・マンキューソが監督、主演、脚本、音楽、振付を手掛けたデビュー作『ミュージック』は、新たな才能に心踊らせれる。冒頭、若い男女がダイナーで会話をしている。男は上の空気味で、彼女の話が頭に入っていない。彼にとっては周囲の雑音が気になって仕方ないのだ。人の気配や厨房の雑音…次第にそれはリズムを刻み、音楽となって人々が一斉に踊り始める。主人公ルディは周囲の環境音がリズムやメロディとして認知される“共感覚”の持ち主なのだ。マンキューソの半自伝である本作は、そんな才能を持った彼の目線から世界を描く青春ミュージカル映画である。YouTuber出身のマンキューソはフラッシュモブを基調に、その演出はバリエーション豊富。バジェットが大きくなればさらなる現代ミュージカルの快作を撮ってくれるのではないか。

 ブラジル系が多く住むというニュージャージーはアイアンバウンド地区の景色や、マンキューソの実の母親マリアまで担ぎ出したブラジル系移民2世のメンタリティは目新しく、レストランで修羅場に陥ったルディがジャズピアニストと“会話”する場面など、ラブコメディとしてのウィットにも富んでいる。そして好感度抜群の相手役カミラ・メンデスからも目が離せない好編だ。


『ミュージック 僕だけに聴こえる音』24・米
監督 ルディ・マンキューソ
出演 ルディ・マンキューソ、カミラ・メンデス、マリア・マンキューソ
※Prime Videoで独占配信中※
 
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『ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE』

2023-08-02 | 映画レビュー(み)

 「私達、どこへ向かってるの!?」黄色のフィアット500でローマを爆走するイーサン・ハントは新ヒロイン・グレースに聞かれてこう答える「僕にもわからない!」。これはその場しのぎの台詞ではなく、近年の『ミッション:インポッシブル』シリーズの作風そのものを象徴する言葉だ。トム・クルーズが望むアクションシークエンスが先で、シナリオ構築は後。断崖絶壁からのバイクジャンプにカーチェイス、列車上での肉弾戦と我が目を疑うスタントが出来上がると、クリストファー・マッカリー監督はそれらを繋ぐべくストーリーを編み出していく。尋常ではないトム・クルーズとクリストファー・マッカリーによる“ミッション:インポッシブル方式”の映画製作。この一種のインプロヴァイゼーションから生まれるケミストリーこそ第7弾『デッドレコニング』の重要なテーマだ。

 今回、イーサン・ハントが挑むミッションは暴走した万能AIを司る謎の鍵の奪取。劇中“entity”(「それ」という字幕はどうにかならなかったのか戸田奈津子よ)と呼ばれるスーパーAIはあらゆるネットワークに存在し、世界の存亡を左右する脅威となるようだが、まるで実態がわからない。激しいアクションシーンの合間に挿入される説明台詞だらけのドラマパートは、登場人物がほとんど霊的な何かについて神妙な面持ちで話し合うばかり。奇しくもハリウッドでは現在、俳優、脚本家両組合によるストライキが進行中で、AIに俳優が置き換えられ、脚本が書かれてしまうのではないかと反発が起こっている。議論されるべき重要な課題ではあるが、興行サイドにとっては別の問題もある。ストライキによってほぼ全ての作品製作がストップ、俳優のプロモーションも禁じられるため完成済みの新作映画は次々と公開延期。トム・クルーズもまた、日本への来日を前にしてプロモーションを中止せざるを得なかった。コロナ禍によってアメリカでは多くの劇場が倒産に追い込まれた。徐々に客足は戻りつつあるとはいえ、ストライキが与えるさらなる打撃の影響は図り知れず、多くの雇用を創出するプロデューサーでもあるトムは公開の決まっている映画に対してプロモーション活動を認めるよう組合側に掛け合ったという(結果的に組合側の反発により実現には至らなかった)。

 entityの真の脅威とは世界中のネットワークへの侵入はもとより、高度な計算力によって万物の可能性、未来を予測できることだ。世界の滅亡は避けようがないのか?前作『トップガン/マーヴェリック』でAIにとって代わられ、滅びゆく戦闘機パイロットの未来に「しかし今日ではない」とマーヴェリックが抗ったように、entityという見えない敵に立ち向かうイーサン・ハントの姿もまた“映画の終焉”という迫りくる運命に立ち向かうトム・クルーズそのものである。AIが決して再現できないのは究極の娯楽作を求める“ミッション:インポッシブル方式”の即興性、そして躍動する俳優の身体だ。明らかに繋がっていないカットやシーンがある突貫作劇の『デッドレコニング』だが、驚くべき事にここにはチャームがあり、ユーモアとサスペンスがある。グレースには大きな成長へと至るキャラクターアークが成立し、バイクジャンプにはイーサン・ハントの“リープ・オブ・フェイス”としてのエモーションが漲っている。『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』でマルチバースというシステムから逸脱したマイルズ・モラレスは“アノマリー=変異性”と呼ばれたが、長年の経験と才能、輝かんばかりのスターオーラでシステムに立ち向かうトムもまた究極のアノマリーかもしれない。トム・クルーズが映画を撮れば必然的に“映画”を物語ることになるのか。『マーヴェリック』に続き、またしても自己言及的な『デッドレコニング』の成り立ちに、“トム・クルーズ映画”と呼ばずにはいられない。

 そんなトムのスターオーラを反射して、キャスト全員が好投。中でも女優陣が素晴らしい。“イーサン・ハント=トム・クルーズとほぼ同等の戦闘力を持つ女キャラ”という、もはや映画史における発明といっても過言ではないイルサ役レベッカ・ファーガソンはヨーロッパ女優特有のエレガンスに今や貫禄すら漂わせ、すこぶる格好いい。前作『フォールアウト』で初登場したヴァネッサ・カービーはオスカー候補作『私というパズル』を経て、終幕に演技派ならではのアクロバティックな名演を披露(ちゃんと中身が“別人”と思えるのだ)。MCUのペギー・カーター役以来、一向に当たりが出なかったヘイリー・アトウェルのホームランは、振り返れば2010年代以後、すこぶる女優のセレクトが良いプロデューサー・トムの慧眼でもあるだろう。イーサン・ハントとの丁々発止のやり取りをセクシーに、大人の魅力で演じてこんな一面もあったのかと驚かされた。そして悪役ポム・クレメンティーフといったら!彼女をハリウッドに紹介したのがジェームズ・ガンなら(『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のマンティス役)、ポムの才能を世界に知らしめたのはトムだ。サイドキック役をパンキッシュに、しかし悲哀も滲ませて思いがけないインパクトがあった。

 ハリウッドは現在『バービー』『オッペンハイマー』という、タイプの異なる2作品の“バーベンハイマー”現象によって歴史的な賑わいを見せている。予測値を下回るオープニング興行成績となった『デッドレコニング』は後塵を拝する形となったが、自身の作品はさておき、市場全体の活況を願って2作品のチケットを手にPRするトムの姿には、ハリウッド最後のスーパースターたる品格を感じずにはいられなかった。イーサン・ハントとは世界を守るために戦うヒーローであるのと同時に、いつだって目の前の仲間のために身体を張る男である。『デッドレコニング』では劇中、ある人物が「なぜ私を助けた?」と言う。そんなのトム・クルーズだからに決まってる!


『ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE』23・米
監督 クリストファー・マッカリー
出演 トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル、レベッカ・ファーガソン、サイモン・ペッグ、ヴィング・レイムス、イーサイ・モラレス、ポム・クレメンティーフ、ヴァネッサ・カービー、シェー・ウィガム、ヘンリー・ツェニー
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『M3GAN/ミーガン』

2023-06-24 | 映画レビュー(み)

 街を歩いていると小さな子供がスマートフォンやタブレットを熱心に操作している場面に出くわすことがある。使いなこなす様は大人顔負け。これ1台を持たせておけば子供連れの電車移動や買い物といった大人にとっての困難なミッションはぐっとハードルを下げ、少なくとも僕らが子供だった頃よりも子育てにまつわる手間はぐっと減るだろう。でも僕らの子供時代にはなかった代物だから、想像できないこともたくさんある。子供同士のLINEでイジメは起きてないだろうか?ネットを通じていったいどんな知識を得ているのだろう?スマホを手放して親子の会話をしてくれるだろうか?友達代わりにもなるこのデバイスが、果たして人を殺していてもウチの子は親の言うことを聞いてくれるだろうか?

 ブラムハウス製作による最新ホラー『M3GAN ミーガン』はそんな子供と大人のスマホ依存を巧みにカリカチュアした大ヒット作だ。不慮の事故で両親を亡くした少女ケイディは、おもちゃメーカーで開発を務める叔母ジェマの元に引き取られる。子育てなんて経験のないジェマにとってトラウマを抱えた幼い姪っ子の世話は容易いものではない。ジェマは開発中のお友達AIロボット“ミーガン”の実験も兼ね、ケイディの世話をロボットに託すのだが…。

 子供の遊び相手である人形が人を襲い始める、というプロットは『チャイルド・プレイ』をはじめこれまで何度も繰り返されてきたモチーフだが、『ミーガン』は近年のハリウッド映画でも群を抜いて巧妙な視覚効果によってゾッとするリアリティを獲得している。不気味にも滑稽にも陥らないミーガンの造形と、子役エイミー・ドナルドの類まれな身体能力によって、ミーガンは私たちの生活に入り込むテクノロジーの象徴として“アリだな”と思えてしまうのだ。映画はホラーでありながら意外やグロテスクなシーンは皆無の絶妙なさじ加減で、ケイディと同世代の子を持つ親が安心して一緒に見られるのは敏腕ジェイソン・ブラムならではの抜かりのなさだろう。本当に怖いのはスプラッターよりも私たちがテクノロジーに操られてしまうことなのだ。『ゲット・アウト』『パーフェクション』など、ホラー映画の目利きとも言うべきフィルモグラフィを持つアリソン・ウィリアムズがここではジェマに扮していることも特筆しておきたい。

 監督ジェラルド・ジョンストンはあの手この手で観客を怖がらせては笑わせ、しかもランニングタイムは102分という手際の良さ。クライマックスの思いがけない“ジェームズ・キャメロン感”に現在製作中の続編『M3GAN2.0』は“奴らは群れで来るのか?”と期待が募る。何よりゴーストを得たミーガンは広大なネットの向こうに逃げ込んだわけで、おっとこの話を掘り下げて哲学へ舵を切ったのが押井守の『イノセンス』じゃないか!といくらでも盛り上がれる快作である。


『M3GAN ミーガン』23・米
監督 ジェラルド・ジョンストン
出演 アリソン・ウィリアムズ、ヴァイオレット・マックグロー、エイミー・ドナルド
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『水の中のつぼみ』

2021-12-21 | 映画レビュー(み)

 15歳のマリーはシンクロナイズドスイミングの教室に通う年上の少女フロリアーヌに惹かれる。早熟のフロリアーヌは高嶺の花とも言うべき美しさで、マリーにはこの感情の出どころが判然としなかった。マリーは少しでも彼女の傍にいたいとシンクロ教室へ潜り込み、フロリアーヌとの距離を縮めていく。

 『燃ゆる女の肖像』セリーヌ・シアマ監督の長編デビュー作は女性によるエロスが肯定的に描かれている。プールサイドでマリーとフロリアーヌの間に通う、名も付けられぬ感情と欲動にこそ真のエロスが宿り、恋しさのあまり愛しい人の食べ終えたリンゴにかじりつく場面で僕は悶絶してしまった。シアマの実体験が基になっているという本作は、当時16〜17歳であったアデル・エネルの類稀なスター性、香り立つような美しさによって成立しており、後に2人は交際に発展。セリーヌ・シアマという作家にとってアデル・エネルが“燃ゆる女の肖像”である事がよくわかる。


『水の中のつぼみ』07・仏
監督 セリーヌ・シアマ
出演 ポーリーヌ・アキュアール、アデル・エネル、ルイーズ・ブラシェール
 
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