
2020年、ハリウッドは韓国映画『パラサイト』に外国映画として初となるオスカー作品賞を与えた。長編デビュー作『吠える犬は噛まなない』からポン・ジュノの才能に心酔してきた我々からすれば、随分と遅い認知に思えたが、それでも天才監督に新たな栄誉が加わったことは素直に喜ばしかった。さぁ、オスカー監督というタイトルを得てハリウッドでどんな映画を撮るのか?決して駄作ではないものの、かつてワインスタインに苦しめられたハリウッドデビュー作『スノーピアサー』の雪辱を期待したのだが…。
ハリウッドはポン・ジュノにキャリアワーストを撮らせたことを恥じるべきだ。ついでに本作を絶賛している北米批評家も恥じ入るべきだ。彼らはきっと『殺人の追憶』『グエムル』『母なる証明』に打ちのめされたことがないのだろう。
ポン・ジュノのアイデアの枯渇を見るのはファンにとって苦痛以外の何物でもない。舞台は近未来。主人公ミッキーは悪友ティモと始めたマカロン店が倒産、凶悪なギャングから借金の取立に追われていた。命の危険を感じた彼は、元極右政治家の大富豪マーシャルが主導する惑星植民地化事業に応募。何の技能も持たないミッキーは謎の職種“エクスペンダブルズ”に志願する。それはありとあらゆる命の危機が伴う業務に携わり、死亡するや最新鋭3Dプリンター技術によってクローン再生される究極の使い捨て労働だった!
近年では『ウエストワールド』をはじめ、既にやり尽くされたアイデアをポン・ジュノは一向に転がすことができず、前半は延々と説明セリフに終始。狭苦しい宇宙船内では持ち前のダイナミックかつ流麗なカメラワークも生かされず、俳優のフィジカルが躍動することはない。時にオフビートなまでのユーモアセンスも不発、様々な方法で命を落とすミッキーの死に様は映画に不快なストレスを与え続けている。ミッキー17とミッキー18を1人2役のドッペルゲンガー芝居で見せるロバート・パティンソンや、益々キレ味の良いナオミ・アッキーら演技陣も映画を救うには至っていない。
極めつけは虚しいまでの同時代性の欠如、批評精神の鈍重さだ。マーシャルの支持層はMAGAよろしく赤い帽子を被り、現代アメリカ最高の名優であるマーク・ラファロがまるでサタデー・ナイト・ライブのコントのようなトランプモノマネ芸に終止する。『パラサイト』の世界制覇は超学歴・格差社会の韓国という“ローカル”のストーリーテリングに特化した結果の“グローバル”なナラティブであり、リベラルなハリウッドという“ローカル”に希釈されたポン・ジュノの批評精神は、一向に“グローバル”たり得ないのである。『オクジャ』の後半部分同様、アメリカへ渡ると途端に「いつか見たアメリカ映画の景色」を模倣しているのも虚しいばかり。宇宙の果てでミッキーは「なんでこんな仕事に就いてしまったのだろう」と嘆くが、それはきっとポン・ジュノも同じことだろう。
『ミッキー17』25・米
監督 ポン・ジュノ
出演 ロバート・パティンソン、ナオミ・アッキー、スティーブン・ユァン、トニ・コレット、マーク・ラファロ、アナマリア・ヴァルトロメイ