長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ロードハウス 孤独の街』

2024-05-07 | 映画レビュー(ろ)

 ジリ貧のハリウッドは相も変わらず続編、リメイクの量産に勤しんでいるが、今度は誰も振り返らない1989年のパトリック・スウェイジ主演作『ロードハウス 孤独の街』に手を出した。ラジー賞では5部門にノミネートされた駄作なら、さすがにオリジナルを下回るような事にはならないと踏んだのだろう。結果は大当たりだ。監督ダグ・リーマンと主演ジェイク・ギレンホールは『ロードハウス』を極上のB級映画へと仕上げ、123分間なんともいい湯加減が続くチルな1本である。近年『アンビュランス』『コヴェナント』など、“普通のハリウッド映画”に意識的なギレンホールは終始ニヤケ顔のゴキゲンっぷりだ。

 闇ボクシングに生きる主人公ダルトンを紹介する冒頭部からいい力の抜け具合である。彼の名を聞くやむくつけきの大男は逃げ出し、ナイフで刺されてもどこ吹く風のダルトンに悪漢も尻尾を巻く。ダグ・リーマン、ギレンホールのコンビは終始この調子で、舞台をフロリダキーズのロードハウスに移してからはさらにオフビートな笑いがタップリ。本作は心地よい週末の夜気を感じながら、ビール片手にダラダラ見るのが一番で、劇場公開を見送り配信スルーへ舵を切った背景には、案外レンタルビデオ時代の復古精神もあったのかもしれない。

 当然、こんなオフビートな映画にシリアスな悪役など登場するワケもなく、ハリウッド娯楽映画のクリシェのような小悪党にビリー・マグヌッセンがピタリとハマり、アイルランドの男性総合格闘家コナー・マクレガーがギレンホールにとって不足のないチャームを発揮したことは製作陣にとって嬉しい誤算だったろう。ギレンホールの役柄は驚異的な肉体改造の割に不発に終わったボクシング映画『サウスポー』を想起させ、『ロードハウス』という思わぬ副産物が生まれたことも今となっては悪くないハズだ。ちなみにパトリック・スウェイジ番には続編『ロードハウス2 復讐の鉄拳』がある。ダルトンのぶらり用心棒旅を観たいと思うのは僕だけではないだろう。


『ロードハウス 孤独の街』24・米
監督 ダグ・リーマン
出演 ジェイク・ギレンホール、ダニエラ・メルシオール、コナー・マクレガー、ビリー・マグヌッセン
※Prime Videoで独占配信中※
 
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『ロスト・ドーター』

2022-02-15 | 映画レビュー(ろ)

 近年、俳優達が相次いで監督デビューを果たし、そのいずれもが傑作というムーブメントが続いているが、2021年は2人の俳優監督に注目が集まった。共にNetflixからリリースされている『PASSING』のレベッカ・ホールと、本作『ロスト・ドーター』のマギー・ギレンホールだ。ギレンホールはエレナ・フェッランテの原作小説を自ら脚色し、ヴェネチア映画祭で脚本賞を受賞。そしてアカデミー賞では脚色賞にノミネートされている。その多才に驚かされるばかりだが、HBOのTVシリーズ『DEUCE ポルノストートinNY』で既にエピソード監督を務めており、満を持しての長編映画デビューだったのだ。その語り口は自信に満ちており、『ダークナイト』『クレイジー・ハート』等で知られるバイプレーヤーらしく、役者の使い方もすこぶる巧い。本作でオスカー候補に挙がったオリヴィア・コールマン、ジェシー・バックリーらはもとより、主人公の心を揺さぶるヒッチハイカー役でイタリアの女優アルバ・ロルバケルをキャスティングする所に非凡なセンスがある。アルバケルが登場する場面だけ物語が異様な浮き上がり方を見せるのだ。

 映画の舞台は真夏のギリシャ。ここにイギリスから大学教授のレダがバカンスに訪れる。せっかくの海辺のリゾートというのに開放感に浸っているような様子はなく、他人を避け、頑なだ。『女王陛下のお気に入り』『ファーザー』と名演の続くオリヴィア・コールマンは罪悪感から千々に乱れたレダの心理を演じ、名優の仕事ぶりである。ギレンホールは主人公の心に寄せては返すメランコリーと回想を触感的に演出しており、観客に容易な感情移入を許さない。ヨーロッパを舞台としているためか、ミステリアスで謎めいたストーリーテリングはアメリカの映画監督よりもミヒャエル・ハネケやフランソワ・オゾンなど欧州の映画作家の影響を色濃く感じさせる。レダは同じビーチでくつろぐ若い母親ニーナ(ダコタ・ジョンソン)に強い関心を抱いていくのだが…。

 回想シーンで若き日のレダを演じるのはジェシー・バックリー。クイと上がった口角で時にニヒルに、時に邪悪に、時に悲壮に演じ分けてきた彼女がここでは子育てに忙殺され、学術研究に没頭できず口元を歪める。レダはかつて衝動的に家を飛び出し、数年間子どもたちを捨てたのだ。子供を愛せず、自分自身の生き方を求めた彼女を世の母性信仰が抑圧し、晴れることのない罪悪感を抱せる。ニーナに自身と同じものを見出したレダは言う「自由に生きればいいのよ。これは決して治らない」。マギー・ギレンホールもまた女であるが故にこの『ロスト・ドーター』に強いシンパシーを抱いたのではないか。

 わずかばかりの救いはレダの電話に応える娘たちの明るい声だ。「ママ、なんで電話をくれないの?生きてるか死んでるかくらい教えてよ」「生きてるわ」。原作では「死んでるわ」という言うセリフをギレンホールは反転させる。そう、自由に生きるために罪と憂鬱を背負う必要なんてないのだ。


『ロスト・ドーター』21・米、ギリシャ
監督 マギー・ギレンホール
出演 オリヴィア・コールマン、ジェシー・バックリー、ダコタ・ジョンソン、エド・ハリス、ピーター・サースガード、ポール・メスカル、ダグマーラ・ドミンスク、アルバ・ロルバケル
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『ローガン・ラッキー』

2020-11-17 | 映画レビュー(ろ)

 2013年の『サイド・エフェクト』を最後に、“映画監督”引退宣言をしていたスティーブン・ソダーバーグ。2017年の本作『ローガン・ラッキー』で復帰となるまでの4年間、彼はデヴィッド・フィンチャーと並んでTV界へと進出していた。2013年に手掛けたTVムービー『恋するリベラーチェ』はエミー賞を席巻。2014年にはTVシリーズ『The Knick』をプロデュースしている。巨匠2人の活躍は今日に至るPeakTVに大きな影響を与えたと言えるだろう。

 そんなインターバルを経た復帰作はお得意の犯罪コメディだ。大金強奪を目論む男達のスットコドッコイな騒動は、完全犯罪のプロットが何とも小気味良く、兄弟に扮したチャニング・テイタム、アダム・ドライバーのユーモラスなケミカルも好調。爆破のプロ、ジョー・バングに扮したダニエル・クレイグは「あぁ、ジェームズ・ボンドになる前はキモイ役者だったなぁ」と思い出させてくれる怪演だ。

 この手の映画には珍しく、強盗計画を企てる兄弟の前には凶悪な犯罪者も執拗な刑事も現れない。職にあぶれ、元妻からバカにされる兄と、退役軍人で片手が義手の弟にとって彼らを軽んじる社会こそが敵なのだ。そして舞台となるノースカロライナ州は都市部から見捨てられた人々の住む、トランプの大票田である。そんな題材選び1つ取っても、『オーシャンズ11』からグッと肩の力が抜けた洗練だ。ソダーバーグ、第3章の始まりである。


『ローガン・ラッキー』17・米
監督 スティーブン・ソダーバーグ
出演 チャニング・テイタム、アダム・ドライバー、ダニエル・クレイグ、ライリー・キーオ、ケイティ・ホームズ、ヒラリー・スワンク
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『ロスト・マネー 偽りの報酬』

2020-06-02 | 映画レビュー(ろ)

 『それでも夜は明ける』でアカデミー作品賞に輝いたスティーヴ・マックイーン監督待望の最新作はこれまでとは打って変わってオールスターのケイパー映画だ。強盗に失敗し、無残に命を落とした夫たちに代わって遺された妻たちがヤマを踏む。原題は“Widosw=未亡人たち”。脚本は『ゴーン・ガール』『シャープ・オブジェクツ』のギリアン・フリンと来れば単なるジャンルムービーでない事は容易に想像がつくだろう。強盗稼業という道楽に生きる男たちの影で内助の功という枷をはめられてきた女達が、より洗練された手口で自尊心を身に着けていく。主犯格にド迫力のヴィオラ・デイビス。近年、半ばセルフパロディのようにタフネスを演じ続けてきたミシェル・ロドリゲスが本来の実力を発揮し、エリザベス・デビッキが美人ゆえの薄幸を見せる。シンシア・エリヴォは翌年『ハリエット』でアカデミー主演女優賞にノミネートされる快進撃の幕開けとなった。
デイビスの夫役にはリーアム・ニーソン。中盤、大きなサプライズが用意されており、改めてこの人の芝居はカリスマ的善人よりも怖い人の方が映える事がよくわかる。

 ここに『アトランタ』のブライアン・タイリー・ヘンリー、『ゲット・アウト』のダニエル・カルーヤら近年、上り調子のアフリカ系俳優も合流。特にカルーヤは登場する度に画面を凍らせる怪演だ。

 これだけの布陣が出来上がったのもオスカー獲得後のマックイーンと、痛快娯楽作になるであろう本作への期待があったからと思われるが、マックイーンのクールな映像美は本作をアート映画へと押し上げており、フリンの脚色も#Me too以後の映画としてテーマが直接すぎたきらいがある。デイビス、ロドリゲス、デビッキ、エリヴォという顔ぶれが揃ったのならTVシリーズの尺でじっくりとドラマを見たかった。
マックイーンのオスカー獲得はまさにPeakTVが勃興した2013年。6年ぶりの新作は奇しくもハリウッドのトレンドの変遷を感じさせる結果に終わっている。


『ロスト・マネー 偽りの報酬』18・米
監督 スティーヴ・マックイーン
出演 ヴィオラ・デイビス、ミシェル・ロドリゲス、エリザベス・デビッキ、シンシア・エリヴォ、コリン・ファレル、ブライアン・タイリー・ヘンリー、ダニエル・カルーヤ、ジャッキー・ウィーヴァー、キャリー・クーン、ロバート・デュバル、リーアム・ニーソン
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『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』

2020-02-03 | 映画レビュー(ろ)

 父の死をきっかけに故郷へと帰省したロニート。厳格なユダヤ教コミュニティ(おそらく最も排他的なハシディズムと思われる)で育った彼女はその閉そく性から逃れ、写真家として自立していた。彼女は父の後継者となったかつての友人ダヴィッドと、その妻エスティに再会する。ロニートとエスティはかつて激しく愛し合い、同性愛ゆえに迫害されたのだった。

同性愛や女性に対する理不尽な抑圧はイスラム原理主義のものが有名だが、西欧諸国の宗教原理主義にも同様に存在しており、殊にユダヤ教のハシディズムは厳しい。既婚女性は人前で地毛をさらす事は許されず、均一的なカツラの着用を義務付けられる。強固なコミュニティが互助社会を形成する一方、その教育は狭義的であり、インターネットすら許されない。毎週金曜には互いの意志とは関係なく性行為が強要される。人権無視も甚だしい厳格さによってコミュニティを離脱する者がいても、社会的に自立できないようにシステム化されているのだ。これらの仕組みについてはNetflixのドキュメンタリー『ワン・オブ・アス』が詳しいので、ぜひとも本作のサブテキストとしてもらいたい。

 そんな息をするのも苦しい社会では同性愛はおろか、女性として生きていく事もままらない。主演レイチェル・ワイズ、レイチェル・マクアダムスの抑制された演技が素晴らしい。特にマクアダムスは従来の陽性のオーラを消し去り、かつてロニートに置き去りにされ、失意の中でダヴィッドと結婚したエスティの絶望と孤独を切実に演じている。まるで水面に顔を出し、大きく息を吸うかのように互いを求め合うラブシーンを見よ。『ナチュラル・ウーマン』でアカデミー外国語映画賞を獲得した南米出身セバスティアン・レリオ監督の性愛描写は匂いすら錯覚させる濃密さであり、『アデル、ブルーは熱い色』を上回るエロティシズムである。ワイズ、マクアダムス共にキャリアの充実を示す名演だ。

 原題は“Disobedience”=不服従。彼女らの愛が特殊なコミュニティの特殊な物語でないことは言わずもがなである。


『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』17・米、英、アイルランド
監督 セバスティアン・レリオ
出演 レイチェル・ワイズ、レイチェル・マクアダムス、アレッサンドロ・ニヴォラ
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