長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ラブ&デス』

2023-07-30 | 海外ドラマ(ら)
 
 1980年にテキサスで起こったキャンディ・モンゴメリーによる殺人事件はその特異性から世間の耳目を集め、近年も本作と同時期にジェシカ・ビール主演で『キャンディ 隠された狂気』としてTVシリーズ化されている。新たな視点を持ち込む名手デヴィッド・E・ケリーの脚本をレスリー・リンカ・グラッター、クラーク・ジョンソンの監督陣が有効に映像化できているとは必ずしも言い難いが、作品を再現ドラマ以上へと引き上げる主演エリザベス・オルセンの巧みな演技は必見だ。

 キャンディは2人の子供の母にして研究者の夫を持つ献身的な妻、地元の教会では合唱隊に所属する絵に描いたような模範的市民だった。だが、一見満ち足りた生活を送る彼女の内には、言葉に言い表せない何かが澱のように溜まっている。キャンディは信頼していた牧師の離婚をきっかけに、同じ合唱隊に所属するアラン・ゴアとの不倫関係に陥る欲望に取り憑かれていく。人間のあらゆる思考がソーシャルメディアを通じて視覚化される昨今、『ラブ&デス』は人間の言語化できない感情の曖昧さに注目している。おそらくキャンディ自身も、行動の瞬間は自身の思考を明確化できなかったのではないか。わずかな表情にあらゆるニュアンスを含ませるエリザベス・オルセンの演技は、スーパーヒーロー役では決して達成できないものだ。振り返れば彼女が注目されたのは2011年のショーン・ダーキン監督作『マーサ、あるいはマーシー・メイ』。カルト教団から脱出するもマインドコントロールが抜けきらず、現実と妄想の狭間を揺蕩う少女役だった。MCU入りは彼女にスターの地位を与えたものの、約10年に及ぶキャリアの拘束は演技的衝動を妨げたのか『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』での卒業以後、MCUに対してはやや批判的な発言が多い。『ラブ&デス』の多義的な心理表現を見れば、彼女が類まれな才能の持ち主であることは一目瞭然。エミー賞も期待されたが、リミテッドシリーズ偏重の昨今は候補枠も渋滞気味で、“映画俳優”であるオルセンは『戦慄の絆』のレイチェル・ワイズともども選外となっている。タイトル獲得はともかく、TVシリーズ見ずして俳優のキャリア更新を目撃できない時代であることは重ねて言っておこう。

 オルセンを囲んでジェシー・プレモンス、リリー・レーブ、トム・ペルフリー、エリザベス・マーベルら演技巧者が揃い、アンサンブルも充実。特にプレモンスはオルセンの演技メソッドに同調し、やはり言語化できない欲望と期待によって不倫関係を受け入れる男を実に巧妙に演じている。40年以上も前の出来事だけに検索してしまえば容易に事の顛末を知ることはできるが、まずは手ぶらでドラマに飛び込み、エリザベス・オルセンという逸材に驚愕してもらいたい。


『ラブ&デス』23・米
監督 レスリー・リンカ・グラッター、クラーク・ジョンソン
製作 デヴィッド・E・ケリー
出演 エリザベス・オルセン、ジェシー・プレモンス、リリー・レーブ、トム・ペルフリー、クリステン・リッター、パトリック・フュジット、エリザベス・マーベル
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『THE LAST OF US』(寄稿しました)

2023-03-17 | 海外ドラマ(ら)
 リアルサウンドにU-NEXTで配信中のTVシリーズ『THE LAST OF US』のリキャップを寄稿しました。同名PlayStationゲームを『チェルノブイリ』のクレイグ・メイジンが映像化、2023年最初の大ヒット作となりました。
第1話を見終えてのイントロダクションです↓

以下、各話ごとのリキャップはこちら↓
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ラヴクラフトカントリー』

2021-02-25 | 海外ドラマ(ら)
※このレビューは物語の展開に触れています※

 アメリカのTVシリーズが“PeakTV”と呼ばれる黄金期に突入して久しい。HBO、Netflixをはじめとしたストリーミングサービスによるオリジナルドラマ群は映画をも凌駕するクオリティで、ハリウッドが忌避するリスキーな題材に挑み続けた。それらは1話60分、1クール12話という従来のTVドラマのフォーマットを破壊し、2010年代後半からは#Me tooやBlack Lives Matterといったマイノリティの声を得て、そのナラティヴをさらに複雑化していったのである。

 ジョーダン・ピール、J・J・エイブラムス、そして新鋭ミシャ・グリーンによる『ラヴクラフトカントリー』はそんな2010年代PeakTVの到達点とも言える野心作だ。タイトルにある“ラヴクラフト”とは、1920~30年代に多くの怪奇・幻想SF小説を遺した作家H・P・ラヴクラフト。彼の描いた古代の怪物や異次元の神が登場する一連の作品は「クトゥルフ神話」として体系化されており、その背景には有色人種に対する病的なまでの恐怖、差別心があったと言われている。本作はそんなラヴクラフト作品に黒人差別問題をマッシュアップした“人種差別ホラー”なのだ。

 第1話冒頭にこんな場面がある。主人公アティカスがバスの中でエドガー・ライス・バローズによる『火星のプリンセス』を読んでいると、居合わせた老婦人が「その作家は差別主義者よね」と窘め、彼は慌てて「でも作品はいいんだ」と取り繕う。時代の更新と共に作家のみならず優れた芸術作品までも封印する“キャンセルカルチャー”に対し、再定義を試みようとする本作の象徴的シーンだ

【コンテクストの集合体】

 『ラヴクラフトカントリー』の最大の特徴はストーリーよりもコンテクストを優先した独自の構成だ。1960年代のアメリカ南部を舞台に、白人至上主義と古代の魔術を描いたオカルトホラーのプロットは、いわゆる“B級”のセンを敢えて狙って演出されており、製作ジョーダン・ピールが大きな影響を受けた『トワイライト・ゾーン』風のオムニバス形式で各話毎に演出もガラリと異なる。リアルな人種差別を描いたかと思いきやお化け屋敷ホラーに変わり、はたまた第4話ではインディ・ジョーンズ風のアドベンチャーになり、第7話では何と時空を超えたSFに転調する。ただ筋を追っているだけでも楽しめはするが、何より魅力なのはさり気ないセリフやカット、人物配置、演出に込められた膨大な“意味”だ。例えば、前述のバスで出くわした老婦人は白人に席を譲らなかったことから逮捕され、後のモンゴメリー・バス・ボイコット事件の発端となったローザ・パークスである。コンテクストの数々がBlack Lives Matterに揺れる現代を映し、前提知識があればあるほどさらに楽しめる、知的好奇心を喚起した作りになっているのだ。日本では配給権を持つスターチャンネルが、映画評論家町山智浩氏による全話解説をSpotifyのポッドキャストで配信中。ぜひ視聴後に併せて聞いてほしい。

【ブラックフェミニズム】

 シーズン後半、『ラブクラフトカントリー』は人種差別のみならずLGBTQ、そしてフェミニズムといったあらゆるマイノリティの声を包括し、変容していく。第5話『怪事』は、黒人歌手ルビーが黒魔術師クリスティーナから与えられた謎の薬によって白人女性へと変身、憧れのデパートで働くことになる。白人になった途端、雇用待遇が変わる一方、白人になっても女であることが差別を呼ぶ。地獄のマジョリティ体験を描くこの寓意に満ちたエピソードは、『獣の棲む家』でも名演を見せたウンミ・モサクの湿度の高い存在感、そして『マッドマックス/怒りのデス・ロード』以来の当たり役となる妖艶なアビー・リーによって屈指の異色回となった。白人男性の肉体を介して人種とセクシャリティを超えていく2人の関係性に注目だ。

 第6話『テグで会いましょう』は一転、なんと舞台は朝鮮戦争下の韓国に話が飛ぶ。ジェイミー・チャン演じるジアは野戦病院で看護師として働く一方、夜な夜な男を床に誘い、血祭りにあげる。彼女の正体は百人の男の命を奪うよう呪いをかけられた九尾の狐。ある日、アメリカ軍が看護師達にスパイ容疑をかけ、ジアは親友を殺されてしまう。友の命を奪ったのは従軍中のアティカスだった。両親の虐待による心身の傷をジュディ・ガーランドに象徴し、九尾の狐伝説とマッシュアップした本作はそれまでの被差別者の視点から一転、誰もが持ち得る人間の加害性について言及した超絶技巧の脚本である。

 そして『ラヴクラフトカントリー』がもっともブッ飛ぶのが第7話『私はヒッポライタ』だ。次元の間に呑み込まれた1950年代の主婦ヒッポライタは、ある時は1920年代のパリでジョゼフィン・ベイカーと踊り、またある時はアマゾネス軍団の戦士となって戦い、そしてある時は宇宙に飛び立つ冒険家となる。これまでの人生を“ジョージの妻”という役割に費やしてきた彼女が、望んだ自分になることを描いたブラックフェミニズムの傑作回だ。ちなみに彼女をあらゆる次元にワープさせるスーパーアフロヘア宇宙人の役名はなんとBeyond C' est=ビヨンセ!!

【Rewind1921】

 ホラー濃度で言えば、ミシャ・グリーン監督回の第8話『黒人少年ボボ』がもっとも怖かった。白人黒魔術軍団によって呪いをかけられたダイアナに、ジョーダン・ピール監督『アス』を思わせる奇怪な双子の悪霊が襲い掛かる。
 このエピソード冒頭で描かれる葬儀は当時、白人に因縁をつけられた結果、凄惨なリンチによって殺されてしまったエメット・ティル少年の葬式であり、その会場で演説をしているのはマルコムXの所属するNOI(ネイション・オブ・イスラム)。この事件をボブ・ディランが歌にしており…と同時期リリースの
『あの夜、マイアミで』と重なる要素も多く、2020年はあらゆる角度から黒人の近代史が再検証されたことがわかる。

 その極めつけが第9話『バック・トゥ・1921』だ。1921年、白人至上主義者によってオクラホマ州タルサの黒人たちが虐殺され、長きに渡って隠蔽された“タルサ大虐殺”は、2019年にもHBO版『ウォッチメン』で描かれたアメリカ史の暗黒面だ。魔導書を取り戻すべくタイムスリップしたアティカス達は、ここで虐殺事件を追体験することになる。詩人ソニア・サンチェスの美しいリリックをBGMに、『ザ・ナイト・オブ』の名優マイケル・ケネス・ウィリアムズが実際に亡くなった人々を追悼するこの場面で『ラヴクラフトカントリー』はついにピークに到達する。

 正直なところ、ショーランナーであるミシャ・グリーンの鬼気迫る構成力に、職人監督たちの力量が追い付かない場面や、肝心の本筋がそれほど面白く見えないという欠点はある。圧倒的な第9話と最終回を比べてもそれは明らかだ。文化・歴史的教養がなければ作品の半分も理解できない構成が果たして正解なのかも、評価に困るところである。
 だが、製作が噂されるシーズン2で『ラヴクラフトカントリー』はさらなる10年を切り拓いてくれることだろう。トランプが去ったとはいえアメリカの負った傷は癒えず、コロナショックを経て混迷はさらに深まった。魔物たちと共に描かれるべき文脈は、まだまだ多いのだ。


『ラヴクラフトカントリー』20・米
監督 ミシャ・グリーン
出演 ジョナサン・メジャーズ、ジャニー・スモレット・ベル、コートニー・B・ヴァンス、マイケル・ケネス・ウィリアムズ、ウンミ・モサク、アビー・リー
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ラチェッド』

2020-10-18 | 海外ドラマ(ら)

 不朽の名作『カッコーの巣の上で』に登場し、映画史上屈指の悪役と言われるラチェッド婦長の前日譚…これを聞いてネタ不足のハリウッドもついにここまで来たかと悪寒が走った。しかしショーランナーは当代随一の名プロデューサー、ライアン・マーフィーである。この酔狂のような企画も彼ならではの大胆な解釈の下、現代を捉えるのではと期待した。オリジナル映画でラチェッド婦長を演じたルイーズ・フレッチャーはアカデミー主演女優賞を獲得。今回演じるのは『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』でエミー賞に輝いた名女優サラ・ポールソンだ。不足はない。

 今回のTVシリーズ版の舞台は戦後間もない1950年代。ミルドレッド・ラチェッドが州立精神病院ルシアへ面接に訪れる所から物語は始まる。ここには牧師4人を殺したエドモンド・トールソンが収監されており、心神喪失による無罪か、はたまた死刑かと社会の注目が集まっていた。

 ライアン・マーフィーはNetflixと専属契約を結び、今年だけでも『ハリウッド』『ボーイズ・イン・ザ・バンド』など計5本の映画、ドラマをリリースする予定になっている。働き過ぎやしないか。キューブリックを思わせる病院内の神経質なプロダクションデザインやバーナード・ハーマン調の音楽にサイコロジカルホラーを目指している事はわかるが、いやいや既に同じ座組で『アメリカン・ホラー・ストーリー精神科病棟』をやっているではないか。過剰なライティングとグロテスクなショック描写はやり過ぎギリギリで、サラ・ポールソンとライバル婦長役ジュディ・デイヴィスが冷蔵庫の桃を巡って口喧嘩するシーンは「いったい何を見せられてるんだ」と笑いが出てしまった。ラチェッドが同性愛者だったという展開はマーフィーらしい現代的アレンジだが、正直な所まとまってはいない。

 この“名作の前日譚”という商法でこれまで何本も作られてきたが、必然性を持った作品はほとんど皆無だろう。そもそも、『カッコーの巣の上で』で管理社会の象徴として登場する冷血ラチェッドに物語を持たせる必要があったのだろうか?もちろんマーフィーは何か物語を見出しているのだろが、このシーズン1で夢中になれる要素は見つからなかった。


『ラチェッド』20・米
製作 ライアン・マーフィ
出演 サラ・ポールソン、フィン・ウィットロック、シンシア・ニクソン、ジョン・ジョン・ブリオネス、ジュディ・デイヴィス、シャロン・ストーン、コリー・ストール
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『LOVE』

2020-06-15 | 海外ドラマ(ら)

 『40歳の童貞男』『無ケーカクの命中男』等で知られるジャド・アパトウ製作のラブコメディ。LAに住むちょっと冴えない男ガスとちょっと性格にナン有りな女ミッキーの恋愛を描く。

 2時間の劇映画ではどうにもドラマチックだったりロマンチックが過ぎてしまうジャンルだが、1話30分のドラマシリーズなら出会いから交際を始めるまで、そこからさらに関係が発展していく様をじっくりと描く事ができる。何より本作ではそれぞれに生活があり、仕事があり、友人がいる日常を描いており、恋愛が日々の営みと地続きにあることを僕たちに教えてくれる。次第に登場人物が自分の友人のように愛しく思えてきてしまう”見心地”の良さがいい。

 アパトウ監督のラブコメディではボンクラな主人公が身の丈以上のイイ女をうっかり落としてしまい、精神的成長を促されていく事が多い。本作ではそんな既存のラブコメディの定型を反転させているのが新機軸だ。ガスは見た目は冴えないが(ウディ・アレン似)心根の優しい男で、友達想いのイイ奴だ。方やミッキーはハスッパでセクシーだが、物にも人にも依存体質なちょっとメンドくさい女の子で、彼女の成長がドラマの主軸になってくる。ハスキーボイスが親しみやすいジリアン・ジェイコブスがミッキーを気さくに好演。親しみも煩わしさも同居させて、ガール・ネクスト・ドアな魅力がある(劇中のファッションがすごくオシャレで可愛い!)。

 最新ツールはトレンディドラマの必須アイテムでもある。本作では度々、スマートホンでメッセージのやり取りやInstagramが使用されるが、30を過ぎたオッサンの筆者からすると、既読やSNSの更新にやきもきさせられる現代の恋愛は地獄だなぁとしか思えない(笑)

 彼らがそこそこ仕事をしながら、いつも楽しく遊んでいるのがいい(ガスの「主題歌のない映画に勝手に主題歌をつける」という遊びは笑える)。でもどこかで「自分の人生、このままでいいのか」という漠然とした不安がつきまとっている。ミッキーのルームメイトのバーティは30を過ぎてオーストラリアからLAに上京してきたが、仕事もそこそこだし、特に人生の伴侶に選ぶような恋人もいない。ガスは映画製作の道を志していたが、我慢弱い性格が祟って今は子役の家庭教師に甘んじている。ミッキーは自分の性格を何とかしたいが、ずるずると流されてしまう。
 S3E7で登場するある人物のセリフが強烈だ。“30を過ぎて新しい仕事を始めるには遅く、離婚するには遅くい”。ここで『LOVE』が実は30代のモラトリアムを描いたトレンディドラマである事がわかる。これからの人生に迷える30代の男女こそより好きになれる作品ではないだろうか。


『LOVE』16~18・米
製作 ジャド・アパトゥ、他
出演 ポール・ラスト、ジリアン・ジェイコブス、クローディア・オドハティ、アイリス・アパトゥ、ブレット・ゲルマン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする