長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ツイスターズ』

2024-08-17 | 映画レビュー(つ)

 1996年のパニックディザスター映画『ツイスター』。原案マイケル・クライトン、製作総指揮スティーブン・スピルバーグ、監督ヤン・デ・ボン(『スピード』)という、当時のビッグネームが揃ったこの作品は年間興行収入第2位となる4億9447万ドルを記録する大ヒットとなった。しかし、この年の年間ランキングを見渡せば1位には『インデペンデンス・デイ』など、批評的に見向きもされなかった作品ばかりが並び、アカデミー賞ではハーベイ・ワインスタインのミラマックス社によるインデペンデント作品が台頭。ハリウッドメジャー凋落の始まりだったと位置づけることもできる。

 もはや誰も覚えていなければ、誰も期待していない続編を約30年ぶりに製作する…企画がアナウンスされた当初はハリウッドのジリ貧ぶりに目眩を覚えたが、いや待ってほしい。『ツイスターズ』は『クワイエット・プレイス:DAY1』に続き、丁寧に企画開発がされたハリウッドフランチャイズの傑作だ。原案は80〜90年代のハリウッド娯楽作を意欲的にアップロードする『トップガン マーヴェリック』のジョセフ・コシンスキー。竜巻を主題にしたディザスター映画ながら、映画館を出る頃には(驚くべきことに)観客の心を満たしているのは魅力的なキャラクターと、竜巻級の上昇気流でスターダムを駆け上がるデイジー・エドガー=ジョーンズの存在だ。

 英国生まれ、26才になるジョーンズは2020年の傑作TVシリーズ『ノーマル・ピープル』でヒロインを繊細に演じ、注目を集めた。共演のポール・メスカルがその後『ロスト・ドーター』『アフターサン』などインデペンデント映画で実力を発揮していった一方、ジョーンズはずっとメジャー志向だ。彼女が本作で演じるケイトは気象学の天才で、直感で気象を読む謂わば“天気の子”。美人で頭も良く、何一つ欠点のないヒロインを何の違和感もなく成立させているジョーンズは、まさにEF5級の存在感で映画の中心に風を吹かせている。

 そんな彼女を一目見れば、ストームチェイスで100万フォロワーを誇る人気YouTuberのタイラーも心奪われずにはいられない。長年、ハリウッドは動画配信者を最初の犠牲者にするなど、下品な小悪党として描き続けてきたが、いい加減に彼らが“格上”と認めたようだ。『恋するプリテンダー』『ヒットマン』、そして『ツイスターズ』と今年ハットトリックを決めたグレン・パウエルは、ジョーンズと共にTwisters級の破壊力である。

 1980年代に韓国からアメリカへ渡った自身の幼少期を描く『ミナリ』でアカデミー賞にノミネートされたリー・アイザック・チョンは、大草原と広い空の下で往年のスクリューボール・コメディ風に男女のケミカルを描くが、そのディテールは現代的だ。NYから来た調査チームの資金源を辿ればそこには善意に付け込んだ金満癒着があり、方や理解し難いと思われたYouTuber達には性根の優しさがある。この秋の選挙でどちらに投票するか容易に想像がつくキャラクター達を、『ツイスターズ』は“気象変動”という言葉はおくびにも出さず、1つの目的の下に団結させる。ジョーンズ、パウエルにアンソニー・ラモスも加わった男女のトライアングルは今年『パストライブス』『チャレンジャーズ』にも見られたが、非ロマンス映画である本作が最も現代社会と接続している。

 分断がさけばれ始めた2010年代後半以後、アメリカ映画において辺境はいわば見捨てられた土地として時に否定的に、また忘却された存在として描かれてきた。しかしリー・アイザック・チョンはこの辺境を美しく撮らえており、カントリーサイドがこれほど肯定的に描かれたアメリカ映画は久しぶりだろう。タイラーが竜巻に魅せられた理由を語る素晴らしいダイアログは、ディザスター映画に気象ロマンの魅力を湛え、中でも竜巻の吹き戻しに揺れる稲穂を撮らえたショットはこの地に生きる者だけが知る自然の神秘として映る。

 ケイトの母親にわずかながら気候変動を匂わすダイアログがあるものの、結びで語られる「それでも私はここに住んでいる」という言葉こそ聞き逃してはならない。『ツイスターズ』で度々、描かれる被災地の光景は地震大国である日本に住む観客にとって無縁ではないだろう。どんな辺境に住もうとそこにルーツや生業、住むべき理由があるのなら居続けられる事が多様性ではないか。

 『ツイスターズ』は今年1番の夏休み映画だ。普段ならあまりお勧めしないが、4D上映は必見である。風に吹かれ、雨に降られる竜巻の臨場感は映画の魅力を何倍にも増している。そしてスクリーンいっぱいに映える映画スターの上昇気流に、久々にハリウッド娯楽映画の高揚感を味わえるはずだ。


『ツイスターズ』24・米
監督 リー・アイザック・チョン
出演 デイジー・エドガー=ジョーンズ、グレン・パウエル、アンソニー・ラモス、ブランドン・ペレア、キーナン・シプカ、デビッド・コレンスウェット、モーラ・ティアニー、サッシャ・レイン、ハリー・ハッデン=パットン、ダリル・マコーマック、ケイティ・オブライアン、ニック・ドダーニ
 
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『追想』

2019-02-16 | 映画レビュー(つ)

2007年に発表されたイアン・マキューアンの小説『初夜』の映画化である本作は然るべき時を経て映像化されたと言っていいだろう。舞台は1962年のイギリス。エドワードとフローレンスは結婚式を終え、ここチェジルビーチのホテルにやって来た。互いへの愛とこれからの将来への不安、そしてついに初夜を迎える高揚と恐怖が2人を包み、時は刻一刻と過ぎていく。そしてついにベッドへ身を横たえた時、とりとめもない言葉のやり取りが破局の引き金を引いてしまうのだった。

エドワードとフローレンスは婚前行為に及ぶこともなく、純潔を誓い合ってきた。想いと性欲が暴発するエドワードも、恐怖で頑ななフローレンスも圧倒的に性知識が不足しており、それがすれ違いを呼ぶ原因となってしまう。厳格な宗教教育と社会通念がそうさせたのであり、彼らの背後には多くの男女が傷つき、時に望まぬセックスをした事か想像に難くない。スウィンギングロンドン、フリーセックス革命前夜とも言える時代設定がより悲壮感を際立たせる。

フローレンスに初夜を強いるエドワードの暴力性、慄く彼女にかける言葉はあまりに心ない。妻が夫の所有物として認識されていた時代だからこそ、エドワードはフローレンスが性的にも受け入れてくれるのは当然の事と認識しているのだ。それは時代が課した“男らしさ”であり、絡め取られたエドワードは取り返しのつかない代償を背負ってしまう。

セックスの恐怖を告白したフローレンスの言葉にはセクシャリティの曖昧さ、混乱も感じ取れる。当時、それを正しく導く道標などあるはずもなく、望まぬセックスを強いられる事はもちろん、自身のセクシャリティすら破壊された人も決して少なくはなかっただろう。描かれない物語が重層的に浮かび上がる筆致こそマキューアンならではの雄弁さである(本作では脚色も兼任している)。

 フローレンス役はシアーシャ・ローナン。美しくも寒々しいチェジルビーチで苦しみを吐き出す名演は旬の女優ならではの充実である。


『追想』18・英
監督 ドミニク・クック
出演 シアーシャ・ローナン、ビリー・ハウル、エミリー・ワトソン
 
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