長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『この茫漠たる荒野で』

2021-02-14 | 映画レビュー(こ)

 『ブラディ・サンデー』『ユナイテッド93』『キャプテン・フィリップス』『7月22日』とこれまで近過去の事件を題材に、手持ちカメラと細かいカット割による“ドキュドラマタッチ”で現代を批評してきたポール・グリーングラス監督。最新作はトレードマークとも言えるその手法を封印し、ポーレット・ジルズによる2016年の小説『News of the World』を脚色した初の西部劇だ。しかし、1870年のアメリカ西部を舞台としながら、その荒野はついに連邦議事堂が暴徒によって占拠された2021年のアメリカと地続きである。この茫漠たる荒野を突き動かされるのが、『キャプテン・フィリップス』に続いて2度目のタッグとなるトム・ハンクスだ。

 ハンクスのこの10年余りのキャリアを振り返れば、アメリカの理念を体現するロールモデルを演じ続け、去る1月にはバイデン新大統領就任特別番組のホストの1人を務めるなど、今や“アメリカの父”とも言える貫禄である。アメリカの平等自由の理念を守ろうとする『ブリッジ・オブ・スパイ』、アメリカの“正しい保守性”を体現した『ハドソン川の奇跡』『ペンタゴン・ペーパーズ』では真なる報道を謳い、『幸せへのまわり道』はフレッド・ロジャーズを通じて現在のアメリカに必要な癒しを施した。『トイ・ストーリー』のカウボーイ人形ウディが、持ち主アンディの父親を象徴していることはシリーズ当初から言及されてきたことだ。そんなハンクスにアメリカの無知を演じさせたのがグリーングラスの『キャプテン・フィリップス』だった。貨物船の船長フィリップスは遥かソマリアの海で海賊に襲われ、命を脅かされる。アメリカのグローバリズムは地球の裏側で人々を搾取し、食べることもままならないやせ細った若者達によってハンクスは復讐されるのだ。彼のかつてない捨て身の演技は、その偉大なキャリアを更新した。

 『この茫漠たる荒野で』でハンクスは再び過酷な試練にさらされる。演じるキッド大尉はアメリカの辺境を巡業し、“世界のニュース”(=原題News of the World)として新聞の読み聞かせを行っている。ここでも人を繋ぐ縁としてニュースというナラティヴが重要な役割を果たす一方、権力者自らが発行する偏向記事の代読にNOを突き付ける下りには、フェイクニュースと陰謀論に呑まれ、約過半数がトランプに票を投じたというアメリカの現在を想起せずにはいられない。そんな旅路の中で、ハンクスは1人の少女と出会う。唯一無二のヘレナ・ゼンゲルが演じるジョハンナはドイツからの移民であり、幼い頃に両親をネイティヴアメリカンに殺され、誘拐されていた。既に母国語を話すこともできなければ、スプーンで食事をする文明も持ち合わせておらず、アメリカ荒野に取り残されたその姿からはトランプによって両親と引き離され、未だ再会が叶わない移民の子を想わずにはいられない。そんな子供を受けとめられるのかと、グリーングラスは“アメリカの父”トム・ハンクスを試すのである。

 描写を客観的に積み重ね、怒りを持って告発してきたこれまでのグリーングラス演出からすれば本作は直截的かも知れない。しかし時代が混迷し、映画もTVシリーズもハイコンテクスト化が極まった今こそ、この明朗な語り口が必要だろう。美しいカメラと簡潔な筆致、素晴らしい演技に支えられた巨匠の1本である。


『この茫漠たる荒野で』20・米
監督 ポール・グリーングラス
出演 トム・ハンクス、ヘレナ・ゼンゲル、マイケル・コヴィーノ、メア・ウィニンガム、エリザベス・マーヴェル、レイ・マッキノン、ビル・キャンプ

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