長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ドライブアウェイ・ドールズ』

2024-06-29 | 映画レビュー(と)

 2021年にジョエル・コーエンが単独監督作『マクベス』を発表して以来、事実上コーエン兄弟としての活動停止しているジョエルとイーサン。インタビューによればケンカ別れでも何でもなく、互いに興味の方向性が変わったことに由来する、キャリアと年齢に起因したごく自然な活動停止だという。今回、弟イーサンの単独作『ドライブアウェイ・ドールズ』が発表されたことで、逆説的にコーエン兄弟というユニットの作家性が解き明かされているのが興味深い。

 振り返れば彼らの作風はシリアスとコメディ、クラシックフィルムとパルプノワールといったいくつもの対極的な要素が同居し、フィルモグラフィには犯罪劇もあればドタバタコメディも並ぶバラエティの豊かさだった。『マクベス』を観る限り、どうやらシネフィル気質の作風は兄ジョエルの趣味で、パルプノワールやナンセンスな笑いへの傾倒は弟イーサンの好みのようだ。『ドライブアウェイ・ドールズ』はギャングのカバンを取り違えてしまった若いレズビアンカップルの逃避行を描いたクライムコメディ。セックスに奔放な若いヒロインというキャラクター像こそコーエン兄弟のフィルモグラフィには珍しいとはいえ、マヌケな追跡者や笑いと表裏一体の暴力描写は兄弟の諸作に何度も登場したモチーフであり、彼らが互いの好きなものをシビアとも言えるバランス感覚で共存、相互検閲し、多くの傑作を生み出してきたことがよくわかる。

 このバランスを失ってしまった本作は全く持って統制が取れていない。せめてもう少しでも笑わせてくれたら良いのだが、オフビートが過ぎるのだ。マーガレット・クアリーとジェラルディン・ヴィスワナサンの主演カップルは魅力的ではあるものの、それでもたった85分のランニングタイムをもたせられていない。“コーエン兄弟”というユニットにはこれから目指すべき高みもないように思えるが、アメリカ映画史上類を見ない兄弟監督のキャリアは事実上、終焉を迎えてしまったのだろうか?


『ドライブアウェイ・ドールズ』23・米
監督 イーサン・コーエン
出演 マーガレット・クアリー、ジェラルディン・ヴィスワナサン、ビーニー・フェルドスタイン、コールマン・ドミンゴ、ビル・キャンプ、マット・デイモン
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『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』

2023-12-30 | 映画レビュー(と)

 TikTokやインスタグラム等、SNSのショート動画に上げられるファニーで、しかし危険なチャレンジ映像の数々。ついつい見てしまう驚きや、「よせばいいのに…」と呆れてしまうこれらの中で、最近オーストラリア発のある映像が話題になっている。身体をイスに縛りつけられた若者と、眼の前には新聞紙で包まれたように見える石膏製の手。若者がそれを握り「TALK TO ME」「Let Me In」と唱えると、なんと霊がとり憑くのだ。ただし、制限時間は90秒。万が一、それを超えてしまうと…。

 そんな筋書きのソーシャルメディア時代を象徴するホラー映画が誕生したのはハリウッドではなく、オーストラリア。長編初監督作となる双子のフィリッポウ監督はなんとYouTuberだ。映画監督を目指してフッテージ製作を続けてきた彼らは一発アイデアに頼ることなく、実に手練れた演出でTikTokアカウントすら持っていないオジサンまで震え上がらせてくれる。全米ではA24の配給により2023年のサマーシーズンに公開。『ヘレディタリー』『ミッドサマー』を超え、同社の歴代ホラー作品最大のヒット作となった。

 主人公ミアは最愛の母を亡くしたばかり。死の真相は定かではなく、自殺であったと見受けられる事実に父は打ちひしがれ、遺された一家の絆は断絶した。親友ジェイドの家に入り浸り、日々をやり過ごすばかりのミアだが、周囲の目を気にする彼女はパーティーの場でも浮くばかり。そんな今宵のイベントは噂の降霊動画撮影で…。フィリッポウ兄弟の恐怖にはキリスト教圏では生まれ得ない、理不尽なまでの邪悪と人の悲しみに根ざした怪談特有の湿度があり、喪失の痛みをセルフケアできず、“手”に執着していく主人公のアディクトには、ベクトルは違えど子供のスマホ依存をホラーに転化した今年の大ヒット作『ミーガン』と並ぶ同時代性がある。ミアの陥る中毒はドラッグはもちろんのこと、度々命の危険に遭遇するSNSミーム作りも象徴し、それらの呪詛を高めているのは父親の弱さと、人知れず孤独を抱えた母の死なのだ(母子の不和というモチーフを煮詰め続けるアリ・アスターが本作を絶賛したのも頷ける)。主人公ミアの愛称がMeと同じ音の“Mi”とわかれば、タイトルの持つダブルミーニングに戦慄することだろう。

 ちなみにA24のオンラインストアでは劇中に登場する呪物ハンドを110ドルで買うことができる。
https://shop.a24films.com/products/talk-to-me-party-hand
こんな怖い映画見たら家に置けないよ!


『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』22・米
監督 ダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ
出演 ソフィー・ワイルド、アレクサンドラ・ジェンセン、ジョー・バード、オーティス・ダンジ、ミランダ・オットー
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『To Leslie トゥ・レスリー』

2023-07-20 | 映画レビュー(と)

 テキサス州の片田舎。レスリーはかつて19万ドル(約2500万円)の宝クジを当てた。その様子はニュースでも報じられ、彼女は一躍時の人となる。それから6年。手元には一銭も残っていない。仮住まいのモーテルも未払いで追い出された。冷たい雨に降りそぼる中、もはや居場所はどこにもない。レスリーは19万ドル全てをアルコールに使い切ってしまったのだ。

 荒野に面したテキサスの光景と、傑作TVシリーズ『ベター・コール・ソウル』に参加し、本作が長編映画初監督となる名手マイケル・モリスの行間の演出に、まるでソウルに電話できなかった人々を描く“アルバカーキの片隅で”とも言いたくなる小品である。だがこの119分というう然るべき映画時間の中で描かれる“ささやかさ”もまたアメリカ映画の文脈の1つではなかったか。ここには政治的に正しい、模範的な人物は誰1人として出てこない。レスリーは大金を飲み尽くしたばかりか、幼い我が子をネグレクトしたのだ。今や彼女は酒のためなら盗みもやるし、嘘もつく。周囲から与えられた善意も事もなげに無下にする。身近に居たら決して近づきたくない人物だが、しかし彼女を断罪することなど出来るだろうか?レスリーの愚行を町の人々は指差し、石を投げつける。社会的規範から外れた人間に対し、赤の他人が懲罰感情を募らせる光景は私たちもSNSでうんざりするほど目にしてきた。英国のカメレオン女優アンドレア・ライズボローが作り上げたあまりにも見事な人物造形は、私たちの中にもある愚かさと弱さを乱反射し、時に目を背けたくなる程だ。低予算映画ゆえ、ハリウッドスターを狙い撃ちしたオスカーキャンペーンが問題視されたものの、2022年のベストアクトであることに変わりはない。マイケル・モリスが“アルバカーキサーガ”さながらにポップソングでレスリーの心情を代弁するシーンは、本作のハイライトである。

 もう1人、特筆したいのがレスリーが身を寄せる場末のモーテル管理人に扮したマーク・マロンだ。コメディアン(映画スターを招くポッドキャスターでもある)としても名を馳せる彼の人間洞察から生み出された“旨味”はNetflixのコメディドラマ『GLOW』でも実証済み。ダメな女を見捨てられない男の優しさはレスリー同様、私たちにも実に沁みるのである。

 アメリカ映画が大作フランチャイズと低予算に二極化し、中規模のドラマ映画がTVシリーズへと変化したが、そのTVシリーズで偉大な成功を収めたマイケル・モリスが映画に還ってみれば、この繊細な機微が危うく誰の目にも留まらない所であった。つまらないオスカーキャンペーン規約など気にせずに、伝え合うべき1本である。


『To Leslie トゥ・レスリー』22・米
監督 マイケル・モリス
出演 アンドレア・ライズボロー、マーク・マロン、オーウェン・ティーグ、アリソン・ジャネイ、スティーヴン・ルート
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『トップガン マーヴェリック』(寄稿しました)

2022-06-21 | 映画レビュー(と)
 リアルサウンドに『トップガン マーヴェリック』のレビューを寄稿しました。冒頭部で重要な引用をされる83年のフィリップ・カウフマン監督作『ライトスタッフ』や、0年代以後トムの重要なクリエイティブパートナーであるクリストファー・マッカリーの存在、トムのキャリアを総括する自己言及的な作風について書きました。ぜひ御一読ください。

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『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』

2022-06-06 | 映画レビュー(と)

 2020年代にサム・ライミがマーベル映画を監督してるって一体どんなマルチバースだよ!と驚いてしまうが、そこはさすがケヴィン・ファイギ。前作の監督スコット・デリクソンの離脱による酔狂の人選ではない。近年も『ドント・ブリーズ』や『クロール 凶暴領域』など、ホラーの巨匠として精力的にプロデュースを続けてきたサム・ライミも62歳。正直なところ映画監督としては“過去の人”であり、その作風は古臭さくもある。しかしそれがこれまでにないレトロな風味をMCUにもたらしており、126分という上映時間は近年ハイコンテクスト、大作化が顕著なハリウッド映画において娯楽映画を極めた巨匠ならではの的確な塩梅とも映った。これくらいの“肩の凝らない”ハリウッド映画なんて久しぶりではないか。

 本作には随所にサム・ライミ映画のセルフオマージュが散りばめられており、往年のファンは爆笑必至。若い観客からすれば「あのオッサン達はなんであんなに喜んでるんだ」と不思議に見えるだろうが、世代を超えたポップカルチャーの結節もMCUの魅力だろう。ツボがいまいちわからなかった観客は、これをきっかけに過去のサム・ライミ作品にアクセスすれば良いのだ。
 また、壮大なロードマップの下、若手や職人監督を積極的に起用してブランドカラーを統一してきたMCUが、ここで評価の確立した巨匠格のライミを起用し、その作風を大いに反映させているのは重要な転換点だ。今後も名の通った監督が登板し、映画史にコミットするようなMCU映画が生まれることも起こり得るのではないか。ライバルのDCが半ばユニバース構想を諦め、監督の作家性を重視することで傑作をモノにしている今、既に大成功を納めているMCUが挑戦する価値は十二分にある。

 本作のもう1つの魅力がワンダに託された仄暗さだ。秘密結社ヒドラで改造人間として育てられ、アベンジャーズ合流後もその能力ゆえに世間から危険視され(『シビル・ウォー』)、唯一の理解者ヴィジョンを失い(『インフィニティ・ウォー』)、哀しみから自閉した彼女が(『ワンダヴィジョン』)、最強の魔女スカーレット・ウィッチとしてドクター・ストレンジの前に立ちはだかる。MCUはこれまでヒーローが苦しんできた力を才能(=Gift)として肯定し、あのハルクですら自己実現を成し得てきたが、異能ゆえの哀しみを描いてきたのもまたこのジャンルである(永井豪や石ノ森章太郎など、日本の漫画にこそ馴染みのある文脈かも知れない)。インディーズ映画『マーサ、あるいはマーシー・メイ』で注目されたエリザベス・オルセンはワンダが持つ苦しみを陽性のMCUに持ち込み、『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』は彼女の映画である。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でキャリア最高の演技を見せたばかりのベネディクト・カンバーバッチもさすがのスターパワーだが、本作の要は何をおいてもオルセンだ。ワンダの心の変遷を十二分に味わうためにもTVシリーズ『ワンダヴィジョン』は予習必須だろう(ファイギは「TVシリーズを見ていなくとも大丈夫」と発言していたが、そんな事ないじゃん!)。

 もちろん、126分という上映時間ではMCUのハイコンテクストが過剰積載な感はある。マルチバースを横断する力を持った少女アメリカ・チャベスは、その象徴的な名前からも多くの文脈を持って然るべきキャラクターだ。ドクター・ストレンジが彼女にエールを送る場面は分断と対立、そしてパンデミックによって疲弊した現在のアメリカへ向けられたものに見えた。またサプライズ扱いされていたプロフェッサーXら“イルミナティ”の面々が噛ませ犬で終わったのはいささか拍子抜けである。

 もっともこんな些細な不満はミッドクレジットシーンで吹き飛んでしまった。次元の間から現れたのは…なんとシャーリーズ・セロン!とんでもないビッグネームのMCU合流に僕は思わず座席から立ち上がりかけてしまった。いやはや、まだまだお楽しみは続くようだ。


『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』22・米
監督 サム・ライミ
出演 ベネディクト・カンバーバッチ、エリザベス・オルセン、ベネディクト・ウォン、レイチェル・マクアダムス、ソーチー・ゴメス、キウェテル・イジョフォー、ヘイリー・アトウェル、ラシャーナ・リンチ、ジョン・クラシンスキー、パトリック・スチュワート
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