2021年にジョエル・コーエンが単独監督作『マクベス』を発表して以来、事実上コーエン兄弟としての活動停止しているジョエルとイーサン。インタビューによればケンカ別れでも何でもなく、互いに興味の方向性が変わったことに由来する、キャリアと年齢に起因したごく自然な活動停止だという。今回、弟イーサンの単独作『ドライブアウェイ・ドールズ』が発表されたことで、逆説的にコーエン兄弟というユニットの作家性が解き明かされているのが興味深い。
振り返れば彼らの作風はシリアスとコメディ、クラシックフィルムとパルプノワールといったいくつもの対極的な要素が同居し、フィルモグラフィには犯罪劇もあればドタバタコメディも並ぶバラエティの豊かさだった。『マクベス』を観る限り、どうやらシネフィル気質の作風は兄ジョエルの趣味で、パルプノワールやナンセンスな笑いへの傾倒は弟イーサンの好みのようだ。『ドライブアウェイ・ドールズ』はギャングのカバンを取り違えてしまった若いレズビアンカップルの逃避行を描いたクライムコメディ。セックスに奔放な若いヒロインというキャラクター像こそコーエン兄弟のフィルモグラフィには珍しいとはいえ、マヌケな追跡者や笑いと表裏一体の暴力描写は兄弟の諸作に何度も登場したモチーフであり、彼らが互いの好きなものをシビアとも言えるバランス感覚で共存、相互検閲し、多くの傑作を生み出してきたことがよくわかる。
このバランスを失ってしまった本作は全く持って統制が取れていない。せめてもう少しでも笑わせてくれたら良いのだが、オフビートが過ぎるのだ。マーガレット・クアリーとジェラルディン・ヴィスワナサンの主演カップルは魅力的ではあるものの、それでもたった85分のランニングタイムをもたせられていない。“コーエン兄弟”というユニットにはこれから目指すべき高みもないように思えるが、アメリカ映画史上類を見ない兄弟監督のキャリアは事実上、終焉を迎えてしまったのだろうか?
『ドライブアウェイ・ドールズ』23・米
監督 イーサン・コーエン
出演 マーガレット・クアリー、ジェラルディン・ヴィスワナサン、ビーニー・フェルドスタイン、コールマン・ドミンゴ、ビル・キャンプ、マット・デイモン