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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ラクパ・シェルパ:エベレストの女王』

2025-01-17 | 映画レビュー(ら)

 未だ見ぬ驚くべき人物と巡り会えるのがドキュメンタリーの魅力の1つだ。ラクパ・シェルパが女性として最多9回のエベレスト登頂記録を持つことを、世界中の多くの人が知らなかった。本作はさらに10回目となる登頂に密着しながら波乱の人生を解き明かしていく。

 ネパールの少数民族シェルパに生まれたラクパは、多くがお見合い結婚をする風習の中、山を愛し、性別を偽ってエベレスト登山者の荷物運びとして青春時代を送る。そしてネパール人女性として初となるエベレスト登頂と生還に成功。多くの人が自尊心を得るためスポーツや芸術に取り組むが、ラクパにとってそれはエベレストの登頂だったのだ。以後、彼女は人生の困難に直面する度に山と対峙していく。

 天真爛漫、エネルギッシュなラクパに誰もが魅せられずにいられない。しかし一度、山を降りればアメリカの小都市に暮らす名もなきDV被害者である。ルーマニア人登山家だった夫との結婚生活、子どもたちに与えてしまったトラウマは8000メートルの登頂以上に困難を極めた。中でも物心がついた頃には父の暴力を目の当たりにしていたであろう長女の暗い眼差しは痛ましい。強靭なラクパだからこそ長年に渡り問題を抱え込んでしまったのではないだろうか。エベレストにすら拮抗する破格の人間性に圧倒される1本である。


『ラクパ・シェルパ:エベレストの女王』24・米
監督 ルーシー・ウォーカー
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『ラビング 愛という名前のふたり』

2024-11-07 | 映画レビュー(ら)

 1958年、バージニア州に暮らすリチャード・ラビングは長年の恋人ミルドレッドから妊娠を告げられ、結婚を申し込む。しかし、当時の州法では白人と黒人による異人種間の結婚は禁止されていた。2人はワシントンで式を挙げた後、極秘裏にバージニア州での新婚生活を始める…。

 ジェフ・ニコルズが2016年に手掛けた『ラビング』は、BLMやMe tooに代表される2010年代後半アイデンティティポリティクスの時代を先駆け、気鋭の先見性を証明している。だがニコルズの声はずっとひそやかだ。ただ愛し合う者と連れ添いたいと願うラビング夫妻の慎ましやかな人間性を捉え、彼らの目線を通じて時の公民権運動に併合されていく時代の転換点を描き出している。不器用ながら実直なリチャードに扮したジョエル・エドガートンは好調続きのフィルモグラフィでもとりわけ目を引く好演。時代に翻弄され、やがて大地に根を下ろすかのような逞しさを獲得するミルドレッド役ルース・ネッガはアカデミー主演女優賞にノミネートされた。

 然るべき語りの速度、偏見と実直が混在するアメリカのランドスケープ、抑制された名演を揃える『ラビング』は名匠の仕事とも言うべき堂々たる仕上がりである。しかし、ニコルズの才能がさらなる結実を見るのは『ザ・バイクライダーズ』まで7年を待つことになる。


『ラビング 愛という名前のふたり』16・英、米
監督 ジェフ・ニコルズ
出演 ジョエル・エドガートン、ルース・ネッガ、マートン・ソーカス、ニック・クロール
 
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『ラスト・リペア・ショップ』

2024-01-31 | 映画レビュー(ら)
 今年のアカデミー賞でドキュメンタリー賞候補のリストに目をやると、批評家賞で善戦した有力作が軒並み落選していることに驚く。そんな大番狂わせの中、短編ドキュメンタリー賞にノミネートされた『ラスト・リペア・ショップ』は受賞の最有力かもしれない。舞台はハリウッドのお膝元LA。小中高学校から送られてきた楽器を無償修理する職人たちが主人公だ。人には歴史がある。音楽や楽器との出会いを紐解けば、ある者は性的マイノリティであり、ある者は移民だ。ランニングタイム40分の本作は自ずとアメリカの成り立ち、かつてあった寛大さを浮かび上がらせる。一心不乱に楽器と向き合う子どもたちと織りなす合奏に、ブラスバンド出身の僕は胸熱くならずにはいられなかった。


『ラスト・リペア・ショップ』23・米
監督 ベン・プラウドフット、クリス・パワーズ
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『ライ・レーン』

2024-01-29 | 映画レビュー(ら)

 フレッシュでキュートな映画を求めているならイギリスからやってきた82分の小品『ライ・レーン』がうってつけだ。互いに失恋を経験したばかりの若者ヤズとドレがひょんなことからめぐり逢い、やがて恋におちていく。レイン・アレン・ミラー監督はお決まりのプロットに細部までコーディネートされた極彩色のプロダクションデザインを配し、出会いと恋の高揚を描き出す。古くは『アメリ』や劇中でも言及されるウェス・アンダーソン映画を想わせる箱庭感だが、ロンドンでもジャマイカ系が多く暮らすコミュニティのロケーションが主人公のみならず、本作の重要なアイデンティティである(劇中、同地域を描いた『スモール・アックス』の監督スティーヴ・マックイーンの名前も挙がる)。何より本作のオリジナリティを高めているのが、まるでヨルゴス・ランティモス映画のような奇妙なアングルのカメラだ(撮影監督はオラン・コラーディ)。

 英国インデペンデント映画賞では16部門にノミネート。英国アカデミー賞でも2部門で候補に挙がった。覚えておくべき新星の登場である。


『ライ・レーン』23・米
監督 レイン・アレン・ミラー
出演 ビビアン・オパラ、デビッド・ジョンソン
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『ラ・メゾン 小説家と娼婦』

2024-01-02 | 映画レビュー(ら)
 2年にも渡りベルリンの高級娼館で娼婦として潜入取材したエマ・ベッケルの小説“La Maison”は、フランスで賛否両論を巻き起こし、ベストセラーになったそうだが、アニッサ・ボンヌフォン監督はその魅力を掬い上げているとは言い難い。

 主人公エマは2冊の小説を上梓したものの、未だ駆け出しの作家。妹を頼ってベルリンを訪れた彼女は、興味本位で娼館での潜入取材を始める。当初は人間の欲望をテーマに構想していたが、それぞれに事情を抱え、自身の肉体の自由を行使する娼婦たちの姿にやがてエマは心打たれていく。映画としても2010年代後半からのアイデンティティポリティクスにおいても目新しさはなく、こんなことを2年もかけなければ理解できないヒロインの小説家としての不見識に目眩がする(エマの成長と気付き、娼婦仲間たちの素顔に焦点が当てられるべきと思うが、そもそも原作にもその視座はないのかもしれない)。

 娼婦という言葉の扇情性と、エロチックなフランス映画が未だ神通力を持ち、本国とタイムラグなく輸入される本邦の市場に閉口するばかりである。


『ラ・メゾン 小説家と娼婦』22・仏、ベルギー
監督 アニッサ・ボンヌフォン
出演 アナ・ジラルド、オーレ・アッティカ、ロッシ・デ・パルマ
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