かねてから「全ジャンルを撮りたい」と公言していたアルノー・デプレシャンが刑事モノに挑戦だ。舞台はベルギーとの国境に隣接するフランス北部の都市ルーベ。犯罪率が高く、市の75パーセントが問題地域に指定されており、45パーセントが貧困にあえぐというこの街で様々な事件と向き合う警察の面々が描かれていく。
これまで恋愛や家族をモチーフに作品を撮ってきたデプレシャンだが、ジャンルミックスな『あの頃エッフェル塔の下で』ではポランスキーを思わせるミステリー描写を垣間見せており、いずれ撮るであろう本格サスペンス映画に期待はあった。だがハッキリ言わせてもらおう。人間誰しも得て不得手がある。デプレシャンはフィルムノワールの形式ばかりに囚われず、昨今のフランス映画同様、多民族国家の側面を描こうとしているがストリートに出たカメラはどうにも緊迫と躍動に乏しく、犯罪へと駆り立てた社会の搾取構造に対する糾弾もない。ひたすら自白の強要を繰り返す警察の描写が正しいのなら大変な問題だが、国家権力への不信も見受けられず、これでは同年カンヌを競ったラ・ジリ『レ・ミゼラブル』、マティ・ディオップ『アトランティックス』と並ぶと時代錯誤と言わざるを得ないだろう(カンヌの星取表ではほぼ最下位であった)。
それでも俳優陣のさばき方には名匠ならではの巧さがあり、署長役ロシュディ・ゼムのインテリジェンスは本作のハートである。そして容疑者役サラ・フォレスティエが濡れて光る妙演で名女優への階段を上がれば、恋人役レア・セドゥも触発されたかのように国際派女優として格の大きさを見せた。近年のフィルモグラフィからもターニングポイントと呼べるベストアクトだろう。彼女らの間にある“ぬめり”が凡庸な本作に束の間の非凡さを与えていた。
『ルーベ、嘆きの光』19・仏
監督 アルノー・デプレシャン
出演 ロシュディ・ゼム、レア・セドゥ、サラ・フォレスティエ
※ビデオタイトル『ダブル・サスペクツ』※