長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ルーベ、嘆きの光』

2020-08-18 | 映画レビュー(る)

 かねてから「全ジャンルを撮りたい」と公言していたアルノー・デプレシャンが刑事モノに挑戦だ。舞台はベルギーとの国境に隣接するフランス北部の都市ルーベ。犯罪率が高く、市の75パーセントが問題地域に指定されており、45パーセントが貧困にあえぐというこの街で様々な事件と向き合う警察の面々が描かれていく。

 これまで恋愛や家族をモチーフに作品を撮ってきたデプレシャンだが、ジャンルミックスな『あの頃エッフェル塔の下で』ではポランスキーを思わせるミステリー描写を垣間見せており、いずれ撮るであろう本格サスペンス映画に期待はあった。だがハッキリ言わせてもらおう。人間誰しも得て不得手がある。デプレシャンはフィルムノワールの形式ばかりに囚われず、昨今のフランス映画同様、多民族国家の側面を描こうとしているがストリートに出たカメラはどうにも緊迫と躍動に乏しく、犯罪へと駆り立てた社会の搾取構造に対する糾弾もない。ひたすら自白の強要を繰り返す警察の描写が正しいのなら大変な問題だが、国家権力への不信も見受けられず、これでは同年カンヌを競ったラ・ジリ『レ・ミゼラブル』、マティ・ディオップ『アトランティックス』と並ぶと時代錯誤と言わざるを得ないだろう(カンヌの星取表ではほぼ最下位であった)。

 それでも俳優陣のさばき方には名匠ならではの巧さがあり、署長役ロシュディ・ゼムのインテリジェンスは本作のハートである。そして容疑者役サラ・フォレスティエが濡れて光る妙演で名女優への階段を上がれば、恋人役レア・セドゥも触発されたかのように国際派女優として格の大きさを見せた。近年のフィルモグラフィからもターニングポイントと呼べるベストアクトだろう。彼女らの間にある“ぬめり”が凡庸な本作に束の間の非凡さを与えていた。


『ルーベ、嘆きの光』19・仏
監督 アルノー・デプレシャン
出演 ロシュディ・ゼム、レア・セドゥ、サラ・フォレスティエ
※ビデオタイトル『ダブル・サスペクツ』※
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ルイの9番目の人生』

2020-03-10 | 映画レビュー(る)

 9歳の少年ルイは文字通り九死に一生の場面を経てきた。帝王切開で生まれ、全身骨折に遭い、そして映画の冒頭、断崖絶壁から海へと落ちていく。物語は昏睡状態に陥った彼の夢と遺された家族を往復するダークファンタジーだ。過激な描写で知られるフランスのホラー監督アレクサンドル・アジャはリズ・ジェンセンの同名小説を幻想的に映像化し、ジャンル映画監督として洗練を見せた。脚本は『侍女の物語』のニック役や、エル・ファニング主演『ティーン・スピリット』で監督デビューを飾ったマックス・ミンゲラが手掛けている(故アンソニー・ミンゲラ監督の息子!)。

 映画の見所はルイの母親に扮したサラ・ガドンだ。“世界で最も美しい顔”に選ばれた彼女の美貌が映画に妖艶な幻想性を与えており、物語の要となっていく。謎めいた女(ファムファタール)に男はなぜ“燃える”のか。このテーマは続く主演ドラマ『またの名をグレイス』で極められる事となる。


『ルイの9番目の人生』16・米、英、加
監督 アレクサンドル・アジャ
出演 ジェイミー・ドーナン、サラ・ガドン、アーロン・ポール、エイダン・ロングワース、オリヴァー・プラット
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ルディ・レイ・ムーア』

2019-11-24 | 映画レビュー(る)

1975年のブラックスプロイテーション『ドールマイト』製作の裏側を描く本作はエディ・マーフィの久々の快投もあって実に愉快な映画に仕上がった。

スターを夢見ながら昼はCD屋の副店長を務め、夜はライブハウスで前座に甘んじる主人公ルディ。とうに若者とは言えぬ年齢であり、すっかり腹も出てきたが、それでもスターを目指してネタ探しに余念がない。彼はホームレスの与太話をブラッシュアップし、独自のリズムとFワード、そしてケバケバしい衣装でお笑い芸人“ドールマイト”としてカルト的な人気を博すことになる。
 2006年の『ドリームガールズ』で大復活を遂げたエディ・マーフィだったがオスカーでは惜敗し、授賞式を途中で抜け出してからというもの、その後13年間は再び無為なキャリアを歩む事となってしまった。
だが侮ってはいけない。ドールマイトよろしく舞台に立てばスピード感あふれる天性の話芸で耳目を集め、そのカリスマ性は映画を輝かせる。出っ張った腹は彼の円熟であり、再びオスカー候補が囁かれるのも納得だ。Netflixがまさかの『ビバリーヒルズ・コップ』第4弾にGOサインを出したのも大いに頷ける。

サブカル的な人気を得たルディはこれを足掛かりに全国区へ躍り出ようと映画製作に乗り出す。劇場で映画を見てもスクリーンには白人ばかりだからだ(そりゃニール・サイモンの『おかしな二人』じゃ無理もない)。
 ルディは舞台音源を収めたレコードの印税を元手に映画を撮り始める。スタッフ、キャストは手弁当も同然だ。周りを巻き込むルディのお祭り騒ぎはマーフィのスター性そのものであり、彼に引かれて活気あふれるキャストアンサンブルの中ではとりわけウェズリー・スナイプスがいい。彼演じるダーヴィル・マーティンは当時、『ローズマリーの赤ちゃん』に(端役で)も出演した新進俳優であり、スナイプスの気取ったコメディ演技はマーフィ以上の瞬間風速的笑いを呼ぶ。数々の駄作アクションと脱税事件ですっかり忘れていたが、達者な人なのだ(カサヴェテスを引用する場面は最高!)。

クレイグ・ブリュワーはこれまでも人間の創作衝動を描いてきた監督だ。ブレイク作『ハッスル&フロウ』ではポン引きがラッパーを目指し、娼婦たちにバックコーラスを歌わせる。録音を聞いた娼婦は自分のものとは思えぬ歌声の美しさに感動し、思わず涙をこぼす…忘れられない名シーンだ。
本作でも夫の不貞に苦しめられ、家を飛び出し女(ダヴァイン・ジョイ・ランがいい)がスクリーンに自らの居場所を見出し、窮地のルディを救う「あなたはスターよ」。

熱くならなきゃ人生じゃない。ましてやショウほど素敵な商売はないのだ。腹の出てきた中年すら燃焼させる快作である。


『ルディ・レイ・ムーア』19・米
監督 クレイグ・ブリュワー
出演 エディ・マーフィ、ウェズリー・スナイプス、キーガン・マイケル・キー、マイク・エップス、クレイグ・ロビンソン、タイタス・バージェス、ダヴァイン・ジョイ・ラン
※Netflixで独占配信中※
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『LUSY ルーシー』

2018-01-27 | 映画レビュー(る)

僕が中学生くらいの頃、リュック・ベッソンといえば映画ファンにとってイケてる監督の1人だった。『サブウェイ』『グラン・ブルー』『ニキータ』『レオン』(『フィフィス・エレメント』『ジャンヌ・ダルク』も嫌いじゃない)とどれもカルト的な人気作だ。今ではとても信じられないがベネックス、カラックスらと名を連ね“フレンチニューウェーブ”と呼ばれていた時期もあった。
ところが、『TAXI』で本格的に製作サイドに回り始めた頃から俄然、魅力を失い始めた。フランス映画界に反旗を翻したそのハリウッド志向は猛烈にダサく、彼が率いる製作会社ヨーロッパ・コープのラインナップは非常に魅力に乏しいものだった。

いつしか矜持のように公言してきた“監督作10本で引退”という宣言も撤回され、ついにキャリア最大のヒット作となる本作『LUSY ルーシー』に至るワケだが、目も眩むような大駄作である。場当たり的な脚本、不必要なバイオレンス描写、勿体ぶった演出とどこを取ってもリュック・ベッソンの脳が1%も機能していない事は明らかな稚拙さだ。天下のスカジョを招いてベッソンがやった事といえばおっぱいを揉むくらいで劇中、ムダに2回もあの谷間に手を突っ込んでいる。中学生か!!

それでもスカジョはジャンル映画における自身のアイコン化を十分に心得ており、アクションヒロインとしてお色気とカッコ良さを発揮、駄作を救おうと奮闘している。後半の『攻殻機動隊』な展開は本作が実写化のきっかけになったのではと思えなくもない(ベッソンは士郎先生に金払え!)。

ムダに豪華なキャスティングにも“ハリウッドいてこましたる”というベッソンのドヤ顔が見えてイラつくのだが、さすがのモーガン・フリーマンも支離滅裂な脚本に困惑したのか、ひたすら呆気に取られた顔をするだけだ(いつも以上の省エネ演技で歴戦のロケ弁役者ぶりに新たな1ページを加えてはいる)。悪役にチェ・ミンシクを招聘するヨーロッパ・コープのプロデュース力は買うが冒頭、血まみれで登場するミンシク兄貴がとんだ噛ませ犬で終わるのも“ベッソンわかってねぇなぁ”とガッカリ来るのである。最後はルーシーと同じく脳機能を覚醒させ、超能力大決戦になれば文句もなかったよ!!

『LUSY ルーシー』14・仏
監督 リュック・ベッソン
出演 スカーレット・ヨハンソン、モーガン・フリーマン、チェ・ミンシク
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ルーム』

2016-12-04 | 映画レビュー(る)

 4畳ほどの狭い部屋にトイレもベッドもお風呂もキッチンも揃っている。そこには“ママ”と5歳になるジャックが仲良く暮らしている。外界との接点は電子ロックで固く閉じられたドアと小さな天窓のみ。世界はこの“部屋”を残して滅んでしまったのだろうか?

『ルーム』は先の予想がつかないスリリングな映画だ。まるで宇宙に浮かんでいるかのような“部屋”を描く序盤の寓意性から一転、サスペンスへと転調する。ママは誘拐され、7年間この部屋に監禁されているのだ(そしてジャックの出自も観客は自ずと知る事になる)。息詰まる脱出劇。しかし、映画が本題に入るのは数多の誘拐劇が描いてこなかった脱出後からである。

加熱するマスコミ報道、両親の不和。誘拐を期に離婚してしまった父がジャックの存在を受け容れられない葛藤をレニー・アブラハムソン監督は何気ない食卓シーンに不穏な空気を漂わせる事で描出する事に成功している(父役ウィリアム・H・メイシー、母役ジョアン・アレンの的確な助演は言わずもがな)。

原作者エマ・ドナヒューが自ら手掛けた脚本は5歳児の目を通して世界の美しさを肯定し、現実の過酷さを直視しようとする。“部屋”はジャックにとって5年間続いてきた子宮であり、ママと2人の時間はそれがセカイの全てだった。だが世界は広い。美しいものに溢れ、無限のように空が広がり、理不尽に晒され、そして自分の足で歩いて行かなくてはならない。大人ですら忘れていた生きる事の現実をまっさらな純真さで体現したジェイコブ・トレンブレイ君こそが本作の主役であり、この映画のスピリットに他ならない。

 一体、彼にどこまで理解させて撮影したのか興味は尽きないが、母親役のブリー・ラーソンはブレイク作
『ショート・ターム』と変わらぬ実直さでトレンブレイ君から演技を引き出し、困難な役に立ち向かっている。思いがけず早咲きした若きオスカー女優の今後に期待だ。


『ルーム』15・加、アイルランド
監督 レニー・アブラハムソン
出演 ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイ、ジョアン・アレン、ウィリアム・H・メイシー
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする