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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『エミリア・ペレス』

2025-04-04 | 映画レビュー(え)


 カンヌ映画祭で主要キャスト4名に女優賞が与えられたのを皮切りに、アカデミー賞では非英語映画として歴代最多13部門でノミネートされた本作。カーラ・ソフィア・ガスコンがトランスジェンダーとして初のオスカー主演女優賞候補に挙がるなど話題に事欠かない本作だが、果たして2024年を代表する傑作かというと怪しいところだ。舞台はメキシコ、主人公リタ(そう、誰がどう見ても主演はゾーイ・サルダナである)はマフィアら犯罪者を弁護する悪徳弁護士。彼女は巨大ドラッグカルテルの麻薬王マニタスに誘拐され、驚くべきオファー受ける。抗争に疲れ果てた彼は自らの死を偽り、性転換して女性としての人生を歩みたいと言うのだ。

 『リード・マイ・リップス』『真夜中のピアニスト』『預言者』を手掛け、
『ディーパンの闘い』でカンヌ映画祭パルムドールを受賞した現代フレンチノワールの巨匠ジャック・オディアールは、この奇妙な物語を何とミュージカル映画に仕立て上げた。全編スペイン語が飛び交い、舞台はメキシコ。トランスジェンダーを中心に愛と犯罪を歌って踊ろうだなんてこれまで見たことがない。本作でオスカー助演女優賞に輝いたゾーイ・サルダナは、地声の歌唱がミュージカルとドラマを繋ぎ合わせる優雅なフィジカルパフォーマンスを披露。オーディアールは前作『パリ13区』で脚本に『燃ゆる女の肖像』セリーヌ・シアマを迎えロマンス映画を創るなど、老いて益々旺盛である。

 性転換後、マニタスは名前をエミリア・ペレスへと変え、遠縁の従姉弟を偽って妻ジェシと子どもらに接触。再び共に生活を始めていく。本作でディズニーアイドルから大人の女優へと脱皮したセレーナ・ゴメス演じるジェシは、夫の死を乗り越え、新しい男と人生を歩み出そうとするが、エミリア・ペレス=マニタスがそれを許さない。彼女はなおも男性的な所有欲でジェシを支配しようとするのだ。

 この映画はいったいなんなんだ?オーディアールは暴力に生きた男がその性(さが)から抜け出せないとノワールの文脈で描こうとしたのかも知れないが、それではトランスジェンダーもメキシコもさらにはミュージカルも借り物でしかない。殺伐としたマフィア社会から抜け出そうとするマニタスの性転換は身心の不一致ではなく、ミドルエイジクライシスからの逃避に映る。自身の奥底に隠された暴力性を垣間見せるガスコンは目を引く瞬間はあるものの、これでは“属性”故の過大評価と揶揄されかねないだろう。『エミリア・ペレス』はあらゆる要素が本質的な意味を持たず、まるで混ぜ物だらけの紛い物だ。


『エミリア・ペレス』24・仏
監督 ジャック・オディアール
出演 ゾーイ・サルダナ、カーラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアナ・パス、エドガー・ラミレス
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『エイリアン:ロムルス』

2024-09-29 | 映画レビュー(え)

 監督、主演女優がノータッチのシリーズ第3弾『クワイエット・プレイス:DAY1』や、28年前の誰も覚えていない大ヒット作の続編『ツイスターズ』、そしてすっかり路頭に迷ってしまった挙げ句のシリーズ最新作『エイリアン:ロムルス』と、今年のサマーシーズンはハリウッドの正気を疑うようなタイトルばかり。ところがフタを開けてみればいずれも入念な企画開発がされた堂々たる娯楽映画で、特大級のヒットに繋がったのは嬉しい誤算であった。本作『エイリアン:ロムルス』は当初、ディズニープラスでの配信スルーが予定されていたものの、『ドント・ブリーズ』で知られるウルグアイ出身のホラー監督フェデ・アルバレスの熱意によって撮影初日に劇場公開が決まったという。

 シリーズの大ファンであるアルバレスはエイリアンをプレデターと戦わせるような事もしなければ、人類の起源を探るなんて大風呂敷を拡げることもなく、第1作『エイリアン』から『エイリアン2』までの間、コールドスリープしたリプリーが約50年間漂流していたシリーズの空白期間に目を留めた。主人公はウェイランド・ユタニ社の運営する植民地惑星で働く若者たち。日照時間ゼロの過酷な労働環境から逃れるべく、彼らは衛星軌道上に打ち捨てられた廃ステーション“ロムルス”に忍び込む。おそらく国家すら超えるであろう邪悪な巨大企業は、第1作でノストロモ号の船外に放り出されたエイリアンを回収、培養実験を続けていたのだ。映画を1979年から86年の間に作られたように見せかけるプロダクションデザインは、宇宙世紀のディストピアを作り上げシリーズの世界観を拡張。思えばアルバレスの『ドント・ブリーズ』もまた荒廃した“ラストベルト”デトロイトを舞台に、追い詰められた若者たちが女性の身体性を奪う“怪物”と死闘を繰り広げる映画だった。

 アルバレスは既に手垢の付いたクリーチャーの魅力を掘り下げる事にも余念がない。傑作ホラー映画の条件の1つが「絶対にこんな死に方はしたくない」であれば、本当に恐ろしいのは成体(ゼノモーフ)よりも寄生体フェイスハガーだろう。シリーズの最多の見せ場を与えて前半を盛り上げる。そして長年の疑問だったチェストバスターからビッグチャップへの変態シーンで、映画史上最高のモンスター“エイリアン”に暗黒の輝きを取り戻しているのだ。細部のディテールにも抜かりがなく、真空状態を演出する宇宙空間のリアリティやエイリアンの酸性血液まで扱いは徹底。ファンには不評の『プロメテウス』まで拾うサービスっぷりに、古参ファンとしては頭が下がるばかりだ。

 アルバレスはそんなうるさ型のファンの肩を揉みながら、シリーズを知らない若い観客を取り込むことに注力している。79年『エイリアン』はシガーニー・ウィーバーを筆頭にジョン・ハート、イアン・ホルム、ハリー・ディーン・スタントンら名性格俳優を揃えたアンサンブル劇であり、そのキャスティング方針は以後のシリーズにも継承。本作では『プリシラ』でヴェネチア映画祭女優賞を獲得し、『シビル・ウォー』でも主役級の役柄を演じている若手演技派ケイリー・スピーニーを抜擢。ウィーバーとは対称的に少女の面影すらある彼女だが、劣らぬ受けの芝居の巧さで映画の恐怖を引き立て、アクションシークエンスでは自身の磁場を作り出すフィジカルの持ち主である。彼女を囲んでアンドロイドのアンディ役を昨年、インディーズで最も高い評価を受けた映画『ライ・レーン』の主演デヴィッド・ジョンソンが好投。ケイ役イザベラ・メルセードは来年『The Last Of Us』シーズン2のメインキャストを務めている。

 ディズニーはこの再び金が成った木で即座にフランチャイズを再開したいところだろうが(2025年には奇才ノア・ホーリーによるTVシリーズがリリース)、頼もしいことにアルバレスはオリジナルシリーズに倣って6年程度の開発期間を儲けると発言している。願わくば逸材ケイリー・スピーニーをもってリプリーに劣らぬキャラクターアークを築き上げてほしいところだ。


『エイリアン:ロムルス』24・米
監督 フェデ・アルバレス
出演 ケイリー・スピーニー、デヴィッド・ジョンソン、イザベラ・メルセード、アーチー・ルノー、スパイク・ファーン、エイリーン・ウー
 
 
 
 
 
 
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『エリザベート1878』

2023-08-29 | 映画レビュー(え)

 1898年にイタリア人無政府主義者の凶刃に倒れたオーストリア皇后エリザベート。ヨーロッパ随一の美貌と謳われ、悲劇的な運命を辿った彼女は今なお多くの人を魅了して止まず、ウィーン発の人気ミュージカルは1996年の宝塚初演に始まり、日本では今や東宝の定番演目の1つだ。『ファントム・スレッド』で名を馳せたルクセンブルク出身の女優ヴィッキー・クリープスもまたエリザベートに魅せられた1人だった様子で、主演・エグゼクティブプロデューサーを兼任する彼女は本作の企画を自ら監督マリー・クロイツァーに持ち込んだという。『エリザベート1878』は非業の死に先駆けること20年前、40歳のエリザベートの1878年をスケッチし、彼女の知られざる内面を解き明かそうとする。

 一見するとエリザベートは容易に感情移入できない人物だが、日本では日比谷のTOHOシネマズシャンテがメイン館、原題“Cosage”に対してエリザベートの名を冠した邦題といい、配給会社が主要ターゲットとなる観客の予備知識を当てにしているのは明らかだろう。本作の舞台となる1878年はミュージカル版で言うと2幕冒頭、第一子を亡くし、待望の皇位継承者である第三子ルドルフもまた姑ゾフィー大后に事実上の養育権を奪われた失意の時期であることは知っておいてもいい。乗馬を愛した活発な少女は皇帝フランツ・ヨーゼフに見初められたばかりに暗く陰湿な王室に囚われ、その心を折られてしまったのだ(ミュージカル版に登場する黄泉の国の帝王トートはそんな彼女の心の闇から生まれたのかも知れない)。

 ヴィッキー・クリープスはエリザベートの深刻なうつ状態を体現し、ミュージカル版でも言及されていない中年期のメンタルヘルスから伝説を補完していく。それはしばしば比較される英国のダイアナ元妃の悲劇も思わせ、クリステン・スチュワートの『スペンサー』とも呼応。クリープスとクロイツァーはエリザベートの悲劇に酔いしれることなく、彼女の心の彷徨を通じてせめて映画の中だけではと救済をもたらしている。2人の才媛による敬意に満ちた評人伝だ。


『エリザベート1878』22・オーストリア、ルクセンブルク、独、仏
監督 マリー・クロイツァー
出演 ヴィッキー・クリープス、フロリアン・タイヒトマスター、カタリーナ・ローレンツ、アルマ・ハスーン、マヌエル・ルバイ、フィネガン・オールドフィールド 
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『AIR/エア』

2023-05-11 | 映画レビュー(え)

 “監督”ベン・アフレックが復活だ。2007年の監督デビュー作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』以後、2009年の『ザ・タウン』、そしてアカデミー作品賞に輝いた2012年作『アルゴ』と人気スターから一転、俳優監督として第2のキャリアを歩み始めた彼だったが、2016年の監督第4作『夜を生きる』で興行、批評共に初めて黒星がついて以後、DC映画のバットマン役など気のない俳優業が続いた。その間、アルコール依存症を告白。長年連れ添ったジェニファー・ガーナーと離婚し、再びキャリアを破壊しかねないドン底の状態を経験。いつまで経っても監督新作を撮らないことに「また同じ轍を踏むのか」と失望にも近い気持ちを抱き続けたファンは僕だけではなかったハズだ。6年ぶりの監督新作『AIR/エア』はそんな不安を払拭し、彼の才能に微塵の疑いもないことを証明する傑作である。

 1984年、ナイキのバスケットボール部門は業績不振にあえいでいた。ソニー・ヴァッカロ(マット・デイモン)はバスケットボールリーグを主催したこともある業界きっての目利きであり、無二のギャンブル好き。彼は自らの直感を信じて当時、プロリーグでの実績がなかったマイケル・ジョーダンのために後の“Airジョーダン”を立ち上げようとする。イノベーションに必要なのは研鑽された知見と、大胆な決断力、そして相手の心を強く揺さぶる熱意と言葉。『AIR/エア』はビジネスパーソンにとって教則本のような映画だ。ナイキがジョーダンの選考候補にも入っていない事を知るとソニーは単身、実家の両親のもとへ飛び込みの営業をかける。

 アフレックの演出は主演スターであるからこそ知る演技巧者達を重用したキャスティングと、優れた脚本家ならではのオーセンティックなストーリーテリング。活力に満ち満ちたディレクションにカメラはグングン駆動し、登場人物全員に素晴らしいダイアログが用意され、俳優陣は献身的なアンサンブルだ。初めて鬱陶しくないと思えたクリス・タッカーに、アフレックと同じく素晴らしい監督でもあるジェイソン・ベイトマン。マイケル・ジョーダンの母親に扮した偉大なヴィオラ・デイヴィスの登場に姿勢を正した観客は僕だけではないだろう。アフレック自身も近年『最後の決闘裁判』『僕を育ててくれたテンダー・バー』など助演で光る俳優へ成長、好サポートである。

 本作が第1回長編映画となる若手アレックス・コンヴェリーの脚本を得て、アフレックはなぜ80年代のビジネス成功秘話を2023年の現在(いま)に描いたのか?フランチャイズ映画とスーパーヒーローが市場を独占し、ヒット予測するアルゴリズムによって座組とギャラが組まれ、映画製作に野心と冒険心を失くしたハリウッドに対するアンチテーゼだ。パンデミックとストリーミングサービスによって興行収益からの成功報酬というシステムも破壊された今、マイケル・ジョーダンが自身の名を冠することで売上の一部を得るという、80年代当時前例のない契約に、映画におけるクリエイターズエコノミーとは何かと考えずにいられないのである。多くの監督がハリウッドの衰退を前に、自身の幼少期を題材としたエッセイから映画について考察しているのに対し、この思いもよらぬ角度からスリーポイントシュートを決める『AIR/エア』は、映画産業における商品の価値と作者への配分という、今後のハリウッドの行く末を決める脚本家組合のストをも先駆けた。何より監督ベン・アフレックによる“伝統的なアメリカ映画”を作り続けていこうという宣言でもある。さぁ、アフレックよ、迷うことなく次へ進め!


『AIR/エア』23・米
監督 ベン・アフレック
出演 マット・デイモン、ジェイソン・ベイトマン、ヴィオラ・デイヴィス、クリス・タッカー、クリス・メッシーナ、ベン・アフレック
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『エンパイア・オブ・ザ・ライト』

2023-04-17 | 映画レビュー(え)

 サム・メンデス監督の新作もまた“自身と映画”についてのエッセイ映画だ。1980年代イギリスの寂れた港町。海沿いに建つ映画館“エンパイア劇場”のマネージャーを務めるヒラリーは、精神病院から退院したばかり。日々、自身の心と身体に折り合いをつけて働くばかりか、支配人からのレイプに耐え続け、映画館で働きながら映画に心を割く余裕なんてない。そんなある日、大学進学を諦め、バイトにやってきた青年スティーヴンと出会い、2人は恋におちていく。

 『ロスト・ドーター』に続き張り詰めったメソッドを維持するオリヴィア・コールマンはヒラリーに幾重もの層を与え、スティーヴン共々観客は彼女に対して興味を抱かずにはいられない。スティーヴン役のマイケル・ウォードは清廉なブレイクスルー。気難しい映写技師役トビー・ジョーンズや憎々しげなコリン・ファースら、メンデス演出の下、キャスト陣は良心的なアンサンブルを披露している。エンパイア劇場はまるで大きな舞台に建てられたセットのように荘厳で、メンデスらしいシンメトリーの機能美を湛えており、シネコン以外の映画館にまつわる記憶を持つ観客のノスタルジーを大いにくすぐる事だろう。一方でロジャー・ディーキンスの撮らえる町の風景は、経済衰退によって映画館という文化的財産を失った地方都市の現実を突きつける。本作の時代背景となる1980年代のイギリスは、サッチャーによる新自由主義によって大量の失業者を生んだ。『エンパイア・オブ・ザ・ライト』のランドスケープは日本の地方都市に生まれ育った82年生まれの筆者に突き刺さった。

 多くの“映画についての映画”同様、登場人物が観客よりも先に映画に感動しているのは頂けない。『エンパイア・オブ・ザ・ライト』が観客の心をざわつかせるのは、もっと何気ない場面だ。ヒラリーは入院したスティーヴンを見舞いに病院に訪れると、そこで働く彼の母親と出会う。「この間、息子とビーチへ行った方ですか?」という問にヒラリーが答えた瞬間、母親が浮かべる“これが初めてではない”という表情。母よりもさらに歳上の女性を求めるスティーヴンの内に一体どんな想いがあったのか。ここにメンデスならではの鋭利で繊細な人間心理の機微がある。もっとこんなドキリとするシーンが見たかった。


『エンパイア・オブ・ザ・ライト』22・英、米
監督 サム・メンデス
出演 オリヴィア・コールマン、マイケル・ウォード、トビー・ジョーンズ、コリン・ファース
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