長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『13人の命』

2022-10-01 | 映画レビュー(し)

 2022年サマーシーズンに観るべきハリウッド映画は残念ながら劇場ではなくストリーミングにあったようだ。刺激的でユニークな『グレイマン』『プレデター ザ・プレイ』といったアクション映画、そしてひと昔前、いや少なくとも95年なら『アポロ13』同様、ヒットもあり得たかも知れない実録レスキューもの『13人の命』が自宅のTVやスマートフォンの画面でひっそりと観客に届けられた。株主のリスク回避のためにスクリーンからストリーミングへと映画のプラットフォームが移行することは、市場と観客の可能性を奪っている。記憶に新しい2018年にタイで起こった救出劇を描く本作は事件の性格からもグローバルな興行的ポテンシャルを持っていたのではないか。

 少年サッカーチームのコーチを含む13人がタムルアン洞窟を探検中、突如の豪雨によって洞窟が浸水。入口から数キロ先の地点で脱出できなくなってしまう。タイ海軍の精鋭ダイバーが救出に当たるが、浸水ヶ所は流れが早いゼロ視界状態で、さらにはせり出した鍾乳石によって大人1人が通るのもやっとな難所と化していた。タイ政府の要請により英国の洞窟探検ダイバー、リチャード・スタントンとジョン・ヴォランセンが救出作戦に加わることになる。
 事件発生から全員救出までを描くロン・ハワード監督はまさに職人芸とも言うべき手際の良さだ。余計な感傷もドラマチックな脚色も削ぎ落とし、淡々と事件の経過を積み上げるストイックな筆致で2時間半という長尺を一向に意識させない(近年のイーストウッド作品を思わせるものがある)。全編ほぼ水中シーンという製作的難度をクリアできたのもベテランのハワードならではと思われるが、この“閉所”が最大の見せ場になっていることにも驚かされる。視界ゼロの泥水の中、酸素ボンベが岩肌にこすれ続ける様は劇場の暗闇と音響で体感したら卒倒モノだ。

 ハワードのリアリズム演出に俳優陣も献身的なアンサンブルで応え、ヴィゴ・モーテンセン、コリン・ファレルがスターオーラを消し去っていることに驚かされた。中でもファレルは近年、作品によって全く異なる印象を残す性格演技に磨きがかかっており(なんせこの前作が『THE BATMAN』のペンギン役である)、子持ちの人情派プロダイバーを自然体で演じているのが新鮮だった。今年は盟友マーティン・マクドノー監督の新作『インシェリン島の精霊』でヴェネチア映画祭の男優賞を受賞しており、ひょっとすると念願のオスカー候補に手が届くかも知れない。ハワード、モーテンセン、ファレルらの献身と敬意が救助に当たった人々のプロフェッショナリズムを浮かび上がらせ、清々しい読後感の映画となった。


『13人の命』22・米
監督 ロン・ハワード
出演 ヴィゴ・モーテンセン、コリン・ファレル、ジョエル・エドガートン
 
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