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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『Flow』

2025-03-24 | 映画レビュー(ふ)

 2024年、最も目の醒めるような映画体験はラトビアからやって来た。人類文明が水没した世界を1匹の黒猫が旅する。ここには安易な擬人化もなければ台詞もない。アニメーションの原初表現が動物たちに魂を宿らせ、観客を目覚めさせるのだ。

 映像技術の向上のみならず、アイデンティティポリティクスの時代を経てアニメーション映画のストーリーテリングは多様化したが、あまりにも多くのイシューを背負い、絵よりも言葉で語る“口数”が多くなり過ぎてはいないだろうか。2019年の前作『Away』をたった1人で撮り上げた1994年生まれギンツ・ジルバロディス監督の洗練にハリウッドも帽子を脱ぎ、本作はアカデミー賞の長編アニメーション映画賞に輝いた。

 驚くべきはそのカメラワークだ。猫の目線の高さが徹底され、多くの場面はカットが割られることなく、まさに猫のような滑らかさで移動していく。そこから見えてくるのはかつてあった人類文明の痕跡だ。猫を愛した芸術家のアトリエ、水没した巨大都市、何かしらの信仰が行われていた岩山…人類が姿を消して久しく、度々隆起する水位に同年『野生の島のロズ』同様、地球温暖化の影響が見て取れる。

 黒猫は突如、押し寄せた津波にさらわれ、一艘の小舟にしがみつく。そこに乗り合わせたのはカピパラ、犬、猿、鳥という全く異なる動物たち。皆、思い思いに振る舞いケンカも絶えない。でも、みんな違ってそれでいいのだ。いつしか物言わぬ彼らに個性が見え、観客には言葉が聞こえてくる。彼らが手に手を取って生きていけるのなら、きっと私たちにもやれるはずなのだ。


『Flow』24・ラトビア、仏、ベルギー
監督 ギンツ・ジルバロディス
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『ブルータリスト』(寄稿しました)

2025-02-23 | 映画レビュー(ふ)
 Niewに『ブルータリスト』について寄稿しました。3時間35分の大作ゆえに鑑賞後は言語化しにくい本作。重層的なテーマを読み解くヒントは監督ブラディ・コーベットの過去作にある?そして偶然にも同時期公開となる『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』との精神的類似に注目しています。他、オスカーにノミネートされた各見どころを紹介。映画を観る前に読んでもらっても大丈夫。ぜひ御一読ください。


記事内で触れている各作品のレビューはこちら

この他、当ブログの年間ベスト10第1位に選出しています。



3月3日発売の月刊シナリオ4月号の連載『洋画時評』でも本作のレビューを寄稿しています。
コメント (2)
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『フリーダ 愛と痛みを生きた肖像』

2025-02-18 | 映画レビュー(ふ)

 メキシコが生んだシュルレアリスム作家フリーダ・カーロ。遺された手記や写真、フィルム等の貴重な資料から彼女の生涯を辿ったドキュメンタリー。若くして負った大事故の傷、国民的画家ディエゴ・リベラとの波乱万丈な結婚生活、そんな心身のストレスと相対しながら生まれていったシュールな自画像…彼女の肉筆から人物像を読み解く語り口は紋切り型かもしれないが、初めてフリーダを知る観客には的確に機能するだろう。彼女の伝記映画ではサルマ・ハエック主演『フリーダ』が有名だが、今再び映像化するなら主演にメリッサ・バレラはどうだろうか。鮮烈な美を放つ若きフリーダの写真には、彼女が生きた激動の時代と、トロツキーら多くの著名人と関係を結んだ愛への希求を思わずにはいられなかった。


『フリーダ 愛と痛みを生きた肖像』24・米
監督 カルラ・グディエレス
 
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『ブリッツ ロンドン大空襲』

2024-11-24 | 映画レビュー(ふ)

 1940年、ナチス・ドイツの電撃的な空襲攻撃(Blitz)に苦しめられるロンドン市街を舞台にした『ブリッツ』は、これまでのスティーヴ・マックィーン監督作に比べアンマッチな題材に思えるかもしれない。9歳の少年ジョージは集団疎開に出されるも母を想い、1人列車を飛び降りる。マックィーン版母をたずねて三千里?いいや、戦火のロンドンを彷徨う旅路はジョージに底なしの哀しみを突きつけ、マックイーンの筆致はディケンズを思わせる古典的な趣すらある。何よりジョージの存在はこれまで語られることのなかった“第二次大戦下のロンドンに生きる黒人”である。前作『スモール・アックス』に続き、スティーブ・マックイーンのアイデンティティの探求でもあるのだ。

 自ら脚本も手掛けるマックイーンは、戦争映画に描かれることのなかった人々を活写していく。男たちが出兵した後、女たちが軍需工場で爆弾の製造に携わった。彼女らはたまたまやってきたラジオの生放送で声を上げる「地下鉄をシェルターとして使わせろ!」。大戦時、ロンドンの地下鉄がシェルターとして機能したことは知られているが、日々空襲がある中でも市民生活を維持させた行政は、業務外での構内利用を良しとしなかったのだ。そしてこんな最中にもあらゆる場面で人種差別は横行し、マックイーンは語る言葉を持たなかった多くの人々に物語を与えようとする。ジョージが地下鉄の先にこの世を去った人々を見る夢現は、バリー・ジェンキンス監督の傑作TVシリーズ『地下鉄道』への返歌にも思えた。

 近年、実験精神に磨きのかかるハンス・ジマーのスコアと共に、画面の隅々に至るまで美意識を貫くマックイーンの下、ジョージの母親リタに扮したシアーシャ・ローナンが屹立している。いかなる時も映画の中心で美を司るローナンは、決してスクリーンタイムが長いわけでも演技的に大きな見せ場があるワケでもない。しかし、今年30才を迎えた天才はマックイーンが描く母性への畏敬をまとい、フィルムを支配する“映画女優”の風格をまとい始めているのだ。

 本作は劇場公開されることなく、AppleTV+での限定配信である。宣伝を全くしないAppleによってスティーヴ・マックィーンの新作がアーカイブに並列されるのは歯がゆい。熱心な映画ファンにはぜひとも声を上げてもらいたいところだ。


『ブリッツ ロンドン大空襲』24・英、米
監督 スティーヴ・マックィーン
出演 シアーシャ・ローナン、エリオット・ヘファーナン、ハリス・ディキンソン、ベンジャミン・クレメンティン、キャシー・バーク、ポール・ウェラ、スティーブン・グレアム、リー・ギル
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『プリシラ』

2024-10-16 | 映画レビュー(ふ)

 1959年9月13日、プリシラは父の転勤先である西ドイツで兵役中の人気スター、エルヴィス・プレスリーと出会う。プレスリー24歳、プリシラ14歳の時だった。人気歌手との交際は世界中の女性が羨むシンデレラストーリーだったが、『ヴァージン・スーサイズ』『ロスト・イン・トランスレーション』『マリー・アントワネット』と常に囚われの少女を描き続けてきたソフィア・コッポラは、プリシラにも同じ憂鬱を見出している。心だけ連れ去られたかのような音信不通の遠距離恋愛生活。プリシラの心を繋ぎ止めようとするエルヴィスの甘い言葉は尊大な自己愛にも裏打ちされている。8年の長すぎる春を終えれば今度は妻、そして母親として彼女はプレスリーの実家グレイスランドに囚われ続けていく…。

 2024年『シビル・ウォー』『エイリアン:ロムルス』で動的存在感を見せたケイリー・スピーニーの小柄な身体は、実際のエルヴィスよりもずっと背の高い身長193センチのジェイコブ・エロルディと並ぶことでプリシラの孤独とあどけなさを色濃くする。スピーニーは前述の2作とは異なる心理演技を披露しており、本作でヴェネチア映画祭女優賞を獲得。エロルディは歌唱もダンスも再現することはなく、出世作『ユーフォリア』で見せたサイコパス的なニュアンスをプレスリーにもたらしている。

 プリシラが囚われ続けている最中、プレスリーにはいったい何が起きていたのか?薬物への依存が極まり、過労で疲弊していた彼もまたマネージメントを務める“大佐”に囚われていたが、本作にトム・パーカーは登場しない。バズ・ラーマン監督、オースティン・バトラー主演の2022年作『エルヴィス』が『プリシラ』のA面であり、描かれない各自キャラクターアークは2作を合わせることで明確になってくる。


『プリシラ』23・米
監督 ソフィア・コッポラ
出演 ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ
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