長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『フェラーリ』

2024-07-18 | 映画レビュー(ふ)

 前作『ブラックハット』から8年ぶりとなるマイケル・マン監督の最新作は、度重なる主演俳優の交代劇に見舞われ、構想から実に30年を経たことで筆圧を弱めてしまった感はある。創業から10年を迎えた1958年のフェラーリに焦点を絞る本作は、伝記ドラマに彼らしいモチーフが垣間見える一方、常に“男性的”と評されてきた作風を自ら解体している。常に男と男の対決を描いてきたマンが、今回フェラーリの好敵手に選んだのは妻ラウラ。男の戦いの影で度々、涙を呑まされてきた女が、ここではフェラーリの喉元を締め付け、文字通りに生殺与奪を握っている。愛人との間に息子をもうけ、二重生活を送るフェラーリにラウラは銃を突きつけるのだ。エキセントリックな役柄が堂に入ったペネロペ・クルスはレパートリーの安易な再演に留まらず、まさに大女優の貫禄である。老け役に挑み、さらに名優への階段を登るアダム・ドライバーと双璧を成した。

 エリック・メッサーシュミットの素晴らしいカメラを得たマンはイタリアの町並みを魅力的に撮りあげるも、ここにはトレードマークの夜景は存在せず、またヴァル・キルマーやクリストファー・プラマーに相当する“三番手”も不在。これまでのマイケル・マン映画を構成してきた様式美はなく、果たしてこれを81歳の巨匠の挑戦と見るか、衰えと見るか。フェラーリの強権はクライマックスで多くの人命を奪ったが、しかし歴史に名を残したのは彼である。マイケル・マンほどの作家が今更、男性性を批判的に取り上げる必要があったのだろうか?度重なる製作の見送りが、本作の然るべき出走タイミングを失してしまったようだ。


『フェラーリ』23・米
監督 マイケル・マン
出演 アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリー、サラ・ガドン、ジャック・オコンネル、パトリック・デンプシー
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『フローラとマックス』

2024-07-12 | 映画レビュー(ふ)

 自伝的青春映画『シング・ストリート』、アンソロジーTVシリーズ『モダン・ラブ』を経て、ジョン・カーニーが再びアイルランドの市井に帰ってきた。ダブリンに暮らすシングルマザーのフローラは17歳の時に息子マックスを産み、彼が思春期を迎えた今も遊び方は変わらない。そんな母をマックスが快く思うわけもなく、2人の間は月並み以上にコミュニケーションが断絶している。元バンドマンの夫イアンはよそに女を作って別居中だ。あたしの人生、いったい何なんだ?誰かに好かれたい。誰かに尊敬されたい。往々にして芸術行為のきっかけは俗っぽいものである。フローラはYouTubeで見つけたアメリカ在住のイケメンミュージシャンから、ギターのレッスンを受け始める。

 はじめこそ軟派な気持ちで始めたフローラだが、上達し、内なる芸術性を発見する喜びに目覚めることで、意外や自身にアレンジャーの才能があることに気付き始める。カーニーは本作でもまた名もなき人々と芸術の不可分性を描き、U2のボノを父に持つ主演イブ・ヒューソンのフローラ像は小気味がいい。ギター講師のジェフを演じるのはジョゼフ・ゴードン・レヴィット。2010年代前半まではハリウッドを背負う次期スター候補と目されてきた彼が、夢破れた者の悲哀を体現する中年の渋みは味わい深いものがある。

 フローラが自身の内なる音に耳を澄ませれば、やがて息子との間にも言葉が通う。部屋に閉じ籠もる息子はなんとPCでトラック作りをしていた。マックスもまたモテたいがために音楽をやっていたのが微笑ましく、気づけば元夫イアンも巻き込んでのバンド結成だ。『シング・ストリート』で主人公の兄を好演したジャック・レイナーがイアンを演じ、またしてもウンチクをかましているのが可笑しい。ジョン・カーニーは大きくも慎ましやかな筆致で、音楽がもたらす幸福を描き出してくれるのである。


『フローラとマックス』23・米
監督 ジョン・カーニー
出演 イブ・ヒューソン、ジャック・レイナー、オーレン・キンラン、ジョゼフ・ゴードン・レヴィット
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『マッドマックス:フュリオサ』

2024-07-03 | 映画レビュー(ふ)

 世界中で大熱狂をもって迎えられたシリーズ30年ぶりの新作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』から早9年。フュリオサを主人公とするプリクエル『マッドマックス:フュリオサ』に心のV8エンジンを鳴らして待ち侘びたファンは多いだろうが、まずはその回転数を抑え、偉大なるジョージ・ミラーの声に耳を傾けてもらいたい。『フュリオサ』は狂騒的な『怒りのデス・ロード』と全く異なるタイプの映画であり、こちらのチューニングを誤ればその真価を見失いかねない。全米ボックスオフィスでは期待値を大きく下回り、シリーズの終了が事実上確定したかのような報道だが、たった週末3日間で映画の価値を決めてしまうハリウッドの悪しき慣習には困ったものである。

 『フュリオサ』は『怒りのデス・ロード』で創り上げられた世界観を補強・拡大し、壮大な叙事詩として語りあげようとする野心作だ。人類最後の楽園“緑の地”に生まれた幼いフュリオサは野党集団に誘拐され、故郷への旅路は壮絶を極めることとなる。全5章、2時間28分を物語るミラーのストーリーテリングは泰然自若。それでいてアクションシーンは老いてなおタイトであり、『マッドマックス2』で既に完成していたメソッドを反復、さらなる過剰化を遂げている。砂塵にまみれた顔をさらす俳優たちは誰1人として映画の神話的スケールに引けを取っておらず、序盤を並々ならぬ迫力で牽引するフュリオサの母ジャバサ役のチャーリー・フレイザーはいつまででも観ていたいほどだ。

 そして凶悪バイカー軍団の総長ディメンタスを演じるクリス・ヘムズワースは嬉しい驚きである。マーベル映画では一切、耳にすることのなかったオーストラリア訛で演じられるこの狂った雷神は、面白いことにイモータン・ジョーのような巨悪ではない。人心を掌握するために奇矯な行動にこそ出るものの、有象無象を束ねるカリスマ性には乏しく、この世の狂気に抗いきれないのだ。MCU初期メンバーは近年、『オッペンハイマー』のロバート・ダウニー・Jrを筆頭に、『哀れなるものたち』のマーク・ラファロ、『グレイマン』『ナイブズ・アウト』のクリス・エヴァンスらが喜々として悪役を演じ、新境地を開拓。本作のヘムズワースもまたスターバリューを得たからこその出演であり、地元の伝説的シリーズでヴィランを演じる彼にはオージー俳優としての本懐とも言うべき輝きがあった。

 映画が約3分の1を過ぎた所でようやくアニャ・テイラー=ジョイが登場するも、なんとセリフは30個しかない。フュリオサが長きに渡って耐え忍んできた怒りを表現するために言葉は必要ではない。常に反逆者を演じ続けてきたアニャの鋭い眼光が多くを語り、限られたセリフ(ほとんど叫びといっていい)には爆発的なエモーションが宿っている。復讐の果てに流す涙には心引き裂かれずにいられないではないか。もちろん、『怒りのデス・ロード』でのシャーリーズ・セロンを補強することにもなり、あらゆる場面でキャラクターに蓄積と情感をもたらしている。

 そしてこの復讐劇こそが1979年に始まった『マッドマックス』第1作の主題である。原題“Furiosa:A Mad Max saga”と題された本作はシリーズを現代の神話へと昇華させ、原点へと回帰。伝説の環を閉じるのである。


『マッドマックス:フュリオサ』24・米、豪
監督 ジョージ・ミラー
出演 アニャ・テイラー=ジョイ、クリス・ヘムズワース、トム・バーク
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『世界の人々 ふたりのおばあちゃん』

2024-06-22 | 映画レビュー(ふ)
 第96回アカデミー短編ドキュメンタリー賞ノミネート作。結婚によって親戚同士となった2人のおばあちゃんは意気投合。まるで姉妹のような仲睦まじさで、互いの連れ合いが先立った今は一緒に暮らしている。眠る時はなんとベッドも同じだ。2人は人生観も死生観もまるで異なるが、人間がひとつ屋根の下で共に暮らすにはさほど重要でないのかも知れない。コロナ禍のロックダウン中に撮影された本作は孫ショーン・ワン監督が祖母たちへの愛を込めた、微笑ましいプライベートフィルムである。


『世界の人々 ふたりのおばあちゃん』23・米
監督 ショーン・ワン
※ディズニープラスで配信中※
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『フィンガーネイルズ』

2023-11-08 | 映画レビュー(ふ)

 ジェシー・バックリー(『ロスト・ドーター』、リズ・アーメド(『サウンド・オブ・メタル』)、そして傑作TVシリーズ『The Bear』のジェレミー・アレン・ホワイトらが一同に会するとなれば、映画ファンには放っておけない1本だ。近未来、人類は互いの愛情を数値化できるようになり、人々は真実の愛を求めて検査に列をなしていた。検査方法はカップルの指の爪を同時に抜くことだ。

 愛のために己の目玉を捧げるヨルゴス・ランティモスのような意地の悪さはないの安心してほしい。相手の名前でこっそり相性診断をしたことがある人なら、どんなに頑張っても10回までしか調べられない未来世界に戸惑うことだろう。そもそも愛とは数値にできなければ言葉にもならないのではないか?ジェシー・バックリー演じるアナはジェレミー・アレン・ホワイト扮する恋人のライアンと安定した生活を送っている。ところが職場の同僚アミール(アーメド)に心惹かれた事から、ライアンとの愛情度100パーセントという数字が信じられなくなる。『ユーフォリア』などサム・レヴィンソン組の名撮影監督マルセル・レーヴの暖かみに満ちたカメラの中で(面白いことにフィルムを模してスクラッチが付けられている)、恋の高揚を抱き始めたバックリーの口角、想いを胸に留めるアーメドの無言の佇まいにこそ、愛の予兆は宿るのだ。


『フィンガーネイルズ』23・米
監督 クリストス・ニク
出演 ジェシー・バックリー、リズ・アーメド、ジェレミー・アレン・ホワイト
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