ストーカーはサスペンスの定番題目。古今東西、傑作駄作が途切れることなく作られ続けてきた。ざっと思い出せるだけでもデ・ニーロがプロ野球選手を追い詰める『ザ・ファン』や、同級生と名乗る見知らぬ男から執拗に親切を繰り返されるフランス映画『ハリー、見知らぬ友人』、一夜の情事が恐怖へ変わる『危険な情事』、監禁映画の元祖とも言える『コレクター』、そしてストーカー側へ主観が移ればトリュフォー監督の名作『アデルの恋の物語』だ。
『YOU』の主人公もストーカーのジョーだ。彼は経営する本屋に訪れた大学院生ベックに一目惚れし、偶然を装って再会しようと執拗にストーキングしていく。尾行、監視はもちろんスマートフォンの覗き見に、果ては不法侵入…特別なスキルも使わず難なく個人情報を入手していく手口には背筋が寒くなる。このドラマを見たらSNSに鍵をつけたり、パスワードを変えたくなる事は必至だ。ついにベックと再会したジョーだが、彼女にはベンジーという彼氏がいて…。
これでまだ第1話。『YOU』は既存の"ストーカーもの”に収まらず、そのプロットは二転三転し、ドラマのジャンルもサスペンスから恋愛モノ、果てはブラック・コメディにまで転調していく(第4話ラストは「あれ、こっち行くの??」と面食らう笑撃回だ)。製作陣が一体どんなスタンスにあるのかイマイチ判然としないこの奇妙なスリルに思わずビンジしてしまったではないか。
ジョーは気味の悪いストーカーとして登場するが近所に住むネグレクト少年へ救いの手を差し伸べる優しさも持っており、"ストーカー=気味の悪い変質者”で括り切れない複雑さがある。彼がベックの悪友たちを始末していく事で彼女の人生が上向いていく展開には黒い笑いがあり、中盤ついに2人は誰もが羨む理想的なカップルになってしまう。これはカップルの「あるある」を『ブレイキング・バッド』風に描いたブラック・コメディなのか?人殺してる以外はまったく問題ないじゃん!!
だが、生憎『YOU』はピークTVならではのツイストの効いたストーカー・サスペンスではないく、最終回タイトル「青ひげの城」からもその凡庸さは明らかだ。"青ひげ”とは前妻を殺害し、鍵のついた部屋に死体を隠していた童話の登場人物であり、ドラマのラスト2話はこの展開を踏襲している。これでは凡百のストーカーものと何ら変わりなく、果たして10時間をかけて語られるべき物語だったのかと疑問を抱かざるを得ない。
さらにジョーは女性を容姿で選ぶ差別的なルッキズムの持ち主でもある。シーズン継続のためとはいえ、ジョーに複雑な背景(里親からの虐待)を背負わせ、何ら断罪する事なく、むしろ同情的とも思える展開は時代錯誤ではないか。創作物が啓蒙的である必要はないが、僕らが生きる時代の皮膚感覚は共有して欲しいと思う。…とこんなに怒っているのもベック役エリザベス・レイルが好感度抜群だから!ジョーめ、なんてことしてくれたんだ!
『YOU-君がすべて-』
出演 ベン・バッジリー、エリザベス・レイル