長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『お母さんが一緒』

2024-07-17 | 映画レビュー(お)

 ホームドラマチャンネルで放映されたTVシリーズの再編集版である本作が、奇しくも寡作の名匠・橋口亮輔9年ぶりの劇場長編映画となった。TVシリーズゆえバジェットの制約があり、ペヤンヌマキの原作戯曲から空間的な拡がりは得られていないものの、しかし橋口ならではの演出術で極上のアンサンブルが楽しめる1本である。

 3人姉妹が母親を連れて、親子水入らずの温泉旅行にやってくる。子供時代から家族旅行が機能しなかった彼女らにとって、中年のそれはなおのことだ。長女の弥生は東京で働くキャリアウーマンで、婚期はとうに逃して久しい。次女の愛美は若い時分にルックスをもてはやされたものの、30代も半ばとなる今はろくに定職も就かず、フラフラしている。唯1人、実家に残った三女の清美は誰にも知られずに結婚の準備を整えていた。タイトルロールでもある“お母さん”は画面に一切登場しない。彼女らの口論から伺い知れる姿はいわゆる“毒親”であり、中でも長女・弥生はそんな母の暴虐さを内面化してしまっている。

 さぁ、橋口演出の真骨頂だ。俳優を剥き出しにし、心の丈をくんずほぐれつに乱闘させる。図々しいまでのふてぶてしさで映画を貫通する江口のりこを筆頭に、舞台版からの連投で心得た内田慈の好演、注目株古川琴音らのアンサンブルに時に笑い転げ、時に居心地が悪くなること請け合い。それでいて家族、姉妹を讃歌するハートウォーミングな語り口は松竹が伝統とするホームドラマの文脈である。橋口が造作もなくプログラムピクチャーを撮っていることも嬉しい1作であった。


『お母さんが一緒』24・日
監督 橋口亮輔
出演 江口のりこ、内田慈、古川琴音、青山フォール勝ち
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『オッペンハイマー』(寄稿しました)

2024-04-09 | 映画レビュー(お)

 リアルサウンドにクリストファー・ノーラン監督作『オッペンハイマー』のレビューを寄稿しました。制御できない力、主人公に取り憑く亡霊といったノーラン映画おなじみのモチーフから、性格俳優をずらりと敷き詰めたキャスティングの魅力、映画ではケネス・ブラナーが演じた学者ニルス・ボーアの視点から描いた戯曲『コペンハーゲン』について、そして私たち観客の1人1人が厳然たる違いを意識せずにはいられない本作のテーマなどについて触れています。ぜひ御一読ください。


文中で触れている各作品のレビューはこちら

ポッドキャストでも解説をしています
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『カラーパープル』(1985年)

2024-03-18 | 映画レビュー(お)

 1986年第58回アカデミー賞で10部門11候補に挙がりながら監督のスピルバーグが選外となり、さらには全部門で受賞を逃した『カラーパープル』の全敗記録は未だオスカーウォッチャーの話題に上るアカデミー賞トリビアだ。無理もない結果である。アリス・ウォーカーのピューリッツァー賞受賞作を原作とする本作は、1900年代初頭の黒人社会を舞台にしたフェミニズム作品であり、徹底的に虐げられてきた彼女たちがわずかながらの自由を得るまでの物語をスピルバーグが撮ったことは“賞狙い”と叩かれた。当時のスピルバーグは“娯楽映画監督”からの脱却を図っており、この低迷は93年に『シンドラーのリスト』を撮るまで続くこととなる。どうにも感銘を呼ばない作品なのだ。

 また黒人男性が暴力的で愚鈍と描かれる本作を白人のスピルバーグが表象化することは現在の映画界ではまず起こり得ないし、無論スピルバーグもやらないだろう。ドメスティック・バイオレンスと性暴力にまみれた154分間の演出は信じがたいことに牧歌的ですらある。『アメリカン・フィクション』を観た後では、本作や原作小説が受容された当時の世相を想像するのは難くない(本作は北米だけでも9000万ドル超の興行収入を記録している)。

 しかしハリウッドのメインストリームで黒人が自らの物語を語ることができなかった時代である(スパイク・リーが『ドゥ・ザ・ライト・シング』を発表したのは4年後の1989年)。キャストにはウーピー・ゴールドバーグ、オプラ・ウィンフリー、ダニー・グローヴァー、音楽にはクインシー・ジョーンズといった才能が集結した。コメディエンヌのイメージが強いウーピーがここでは暴力を内面化し、自ら心を閉ざした主人公セリーを繊細に演じて驚かされる。現在ではアメリカを代表するオピニオンリーダーとなったオプラ・ウィンフリーも名演だ。後に本作はブロードウェイでミュージカル化され、2023年にはミュージカル映画として黒人監督のもとリメイク。時代の変遷に合わせ、再表象されていったのである。


『カラーパープル』85・米
監督 スティーヴン・スピルバーグ
出演 ウーピー・ゴールドバーグ、ダニー・グローヴァー、マーガレット・エイブリー、オプラ・ウィンフリー
 
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『終わらない週末』

2024-01-13 | 映画レビュー(お)

 NYに暮らす白人の一家が、週末を過ごそうとハンプトンの海岸へやって来る。真っ白な砂浜に、透き通った青空。絶好のバケーション日和だが、心なしか観光客が少ない。水平線に目をやると大きなタンカーが見える。やがてそれは…TVシリーズ『MR. ROBOT/ミスター・ロボット』『ホームカミング』で知られるサム・エスメイル監督の新作は141分の間、いったい何が起きているのかさっぱりわからない。携帯の電波が途切れ、インターネットは繋がらない。テレビもラジオも何かがあったことを示唆しているが、もはやその機能を果たしていない。そんな夜、戸口に裕福な身なりの黒人父娘が現れれば、ジュリア・ロバーツとイーサン・ホーク扮する夫婦はいよいよ心穏ではいられなくなる。彼らの話によれば、どうやら大規模なブラックアウトによって都市部は機能マヒに陥っているらしい。何かがおかしい。

 シャマランなら寓意に走り、ジョーダン・ピールなら意地悪く人種差別を風刺するところだが、エスメイルの偏執病的スリラー(マック・クエイルのスコアが素晴らしい)が不気味に形を成すのは、2024年のアメリカ大統領選挙を前にしたリベラルに内在する不安だ。生活インフラから締め出され、テスラは自動運転機能を失い、ストリーミングで映画を観ることもできなくなる。他国がアメリカを狙ったテロだとまことしやかに囁かれるが、北朝鮮にイラン、ロシアetc.とこれだけ世界中で恨みを買えば、今や誰が牙を向けているのか皆目、見当がつかない。そうして混乱に陥った国内で次に起こるのは…。

 Z世代の娘は90年代をして「呑気な時代ね」と揶揄する。そんな大人たちへの風刺はジュリア・ロバーツ、イーサン・ホーク、ケビン・ベーコンという80年代後半〜90年代前半にキャリアを築いた俳優たちのキャスティングからも明らかで、マハーシャラ・アリの役柄は当初デンゼル・ワシントンが配役されていた。『ホームカミング』に続くエスメイルとのタッグとなったロバーツは豪華キャストの中でもテーマを担う巧演であり、“サスペンスが似合わない”と酷評され続けたのも今や昔。ロバーツ演じるアマンダの「人が嫌い」というセリフこそ、この得体の知れない恐怖の根源だろう。本作のプロデューサーを務めるのはバラク&ミシェルのオバマ夫妻。彼らの主宰する製作会社Higher Groundは今年、Netflixで『ラスティン』も発表。こちらは公民権運動とアメリカの民主主義について紐解く夫妻ならではの政治映画だったが、『終わらない週末』には毎年、年間ベスト小説をアナウンスするオバマならではの文学的趣味が先立って見えるのも面白い。元大統領が政治家を辞めて映画プロデューサーに転身し、アメリカ内戦の不安を風刺する文化レベルに驚かずにはいられない。

 2024年にはA24が5000万ドルものバジェットをかけたアレックス・ガーランド監督の新作、その名もずばり『Civil War』が待機。2023年末に現れた『終わらない週末』はまさに“2024年前夜”の映画となった。果たしてこの不安に終わりはあるのか?劇中、末娘はストリーミングで観続けていた『フレンズ』の最終回が観たくて仕方がないと言う。始まった物語は完結しなければならない。ポップカルチャーは不安な時代に人を繋ぐ、生きる縁(よすが)だ。


『終わらない週末』23・米
監督 サム・エスメイル
出演 ジュリア・ロバーツ、イーサン・ホーク、マハーシャラ・アリ、ケビン・ベーコン、ファラ・マッケンジー、チャーリー・エバンス
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『鴛鴦歌合戦』

2023-10-10 | 映画レビュー(お)
 最近では2023年に上演された宝塚花組版をきっかけに本作を見た人も少なくないだろう。1939年の白黒映画を見るのは身構えてしまいそうになるところだが、マキノ雅弘という娯楽映画の塩梅を心得た者による小気味の良い1作だ。上映時間はたったの69分!長尺化が進む近年とは娯楽映画の考え方が異なることがよくわかる。

 長屋に暮らすイケメン浪人、禮三郎を巡って繰り広げられる恋の空騒ぎに、全編に渡って歌が散りばめられた本作は“オペレッタ時代劇”というジャンルに分類されるそうだ。小江戸をスウィンギングする楽曲の楽しさとカメラの移動、モノクロを超えた色彩設計の鮮やかさに、これを1週間で作れてしまう当時の日本映画のプロダクション力を伺い知ることができる。宝塚版はトップスターの柚香光、星風まどかがキャラクターのアップデートに成功。市川春代のおぼこさを取り入れた星風は独自のキャラクターを仕立て上げ、大いに笑いを誘っていた。柚香光も時代劇6大スターと称された片岡千恵蔵に劣らぬ格好良さ。公演時間の関係から本作をさらに30分長くしている宝塚版に足りないものがあるとすれば、それはお春の父親を演じた志村喬の存在か。騒動の発端となる傘張り浪人をのんしゃらんと演じ、困った人だがどうにも憎めない愛嬌を見せてさすがのサポーティングアクトである。

 公開当時はさほど評価されなかった本作だが、1985年のマキノ雅弘レトロスペクティブを経て再評価され、現在ではオペレッタ時代劇の傑作の1本に数えられている。この時代の作品群を掘り起こしてみたいと思わせてくれる逸品だ。


『鴛鴦歌合戦』1939・日
監督 マキノ正博
出演 片岡千恵蔵、市川春代、志村喬、ディック・ミネ、服部富子
 
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