長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ノースマン 導かれし復讐者』

2023-04-08 | 映画レビュー(の)

 オレ達はヴァルハラに召される途上で、夢か幻でも見ているのか?志のないアメコミ映画TVゲームのような3D映画、長たらしいだけの娯楽映画でスクリーンが占有される昨今、『ノースマン』はハリウッドにも野蛮で野心的な奴らがいることを思い出させてくれる奇跡のような映画だ。A24で2本のホラー映画(『ウィッチ』『ライトハウス』)を撮ったに過ぎない俊英ロバート・エガース監督は、オールスターキャストが揃った初のメジャー大作でも臆することなくその異才を発揮している。あぁ、オレはもうヴァルハラに召されたのか!?

 ヴァルハラは映画館のスクリーンにこそ現出する。未だ神話の名残がある北欧の大地を撮らえたシネマトグラフィーは粘り強いロングショットで眼を見張るようなアクションを実現し、『ゲーム・オブ・スローンズ』ですら逃げ出すバイオレンスにオレ達は只々呆気に取られるばかりである。エガースの耳の良い音響演出は過去2作でも観客の狼狽えさせたが、アートハウスからメインストリームへと格が上がれば当然、スペックの良い音響設備が呪術のように観客の脳髄を揺さぶる。エガースはわかり易さにも生易しさにも目をくれず、しかし物語は至ってシンプルな復讐譚、シェイクスピア調の正統派(『ハムレット』よろしくモノローグも多く、これを違和感なく演れてしまうアレクサンダー・スカルスガルドに惚れ惚れしてしまう)。それでいて古典的なプロットラインにはトキシックマスキュリニティを解体する現代的な語り直しも含まれ、やはり口頭伝承から材を得ているデヴィッド・ロウリーの『グリーン・ナイト』と静かに共鳴し合っている。

 エガースの元に集結したオールスターキャストはいずれもハリウッドの恐れ知らずばかりだ。イーサン・ホーク(しわがれ声に味が出てきた)もニコール・キッドマンもキャリアの初期から今に至るまでメインストリームとアートハウスを横断し、才能に磨きをかけてきた名優。エガースの前作『ライトハウス』に続いて出演するウィレム・デフォーがこの異才を手放すわけもなく、そしてほとんど常軌を逸したかのような主演アレクサンダー・スカルスガルドは時折、ダニエル・デイ=ルイスをも思わせる猛々しさでエガースの異能に応えてみせた。日本では『アムステルダム』『ザ・メニュー』と続いて4ヶ月間で3本目の出演作となったアニャ・テイラー・ジョイは、天下を取った今も出世作の監督エガースの元でオルタナティヴな輝きを見せ、これまでのどの若手女優とも異なる存在であることを改めて印象付けた。

 『ノースマン』は観客の足がすくむような獰猛さだが、ここには真のアーティスト達による果敢な挑戦があり、禍々しくも美しい映画だ。こんな映画がまだ出てくるのだから、ひょっとするとハリウッドにはまだ信じるべきヴァルハラが遺されているのかも知れない。


『ノースマン 導かれし復讐者』22・米
監督 ロバート・エガース
出演 アレクサンダー・スカルスガルド、アニャ・テイラー・ジョイ、ニコール・キッドマン、クレス・バング、イーサン・ホーク、ウィレム・デフォー、ビョーク
 
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『ノベンバー』

2023-02-17 | 映画レビュー(の)

 生き物とも機械ともつかない三足歩行の物体が牛をさらい、空に舞い上がる冒頭部から『ノベンバー』はライナル・サルネット監督の自由奔放なイメージが満載の1本だ。マルト・タニエルの美しいモノクロームを得たこの映画は、私達をファニーでグロテスクなエストニアの寒村に誘ってくれる。ここでは厳しい冬を前にして人々が互いの物を掠め盗りながら生きている。冒頭で牛をさらった魔導器具は“クラット”と呼ばれる使い魔で、人々は悪魔と魂を引き換えにして農耕具に命を与え、家事を手伝わせているのだ(クラットはやることがなくなると「仕事をくれ」と唾を吐く)。

 死者の日にはご先祖様があの世から還ってきて、サウナに入る。村にはドイツから公爵とその美しい娘がやってきて、青年ハンスは彼女に恋をする。彼は森の十字路で悪魔と契約すると、雪だるまをクラットに変える。遠い異国から雪となってやってきたこの使い魔は、美しい恋物語を歌う。そんなハンスに恋をするリーナは、なんとか彼の心を得ようと魔女を訪ねて…アンドルス・キヴィラクの原作からエピソードを抽出した本作はドラマツルギーよりも悪夢的で美しいイメージが優先され、映画館の闇に身を沈めてこそ堪能することができるだろう。


『ノベンバー』17・エストニア
監督 ライナル・サルネット
出演 レア・レスト、ヨルゲン・リーク、イエッテ・ローナ・エルマニス、アルヴォ・クマナギ、ディーター・ラーザー
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『NOPE ノープ』

2022-09-24 | 映画レビュー(の)

 まったく、いったいどうやったらこんな奇妙な映画が作れるんだ!
『ゲット・アウト』『アス』と唯一無二の独創的なホラー映画を撮り続けてきた異才ジョーダン・ピール監督の第3弾は、彼のトレードマークである人種差別や格差問題という社会的イシューはやや控え目に、劇場へ観客を呼び戻すべくスペクタクルこそを本懐とするSFホラーだ。

 ハリウッド郊外の砂漠地帯で撮影用のスタント馬を専門に調教しているヘイウッド牧場。主人公OJはここを父と2人で切り盛りしている。ところがある晴れた昼下がり、父は馬の上からガクリと崩れ落ちた。“飛行機事故”によって上空から降り注いだ金属片の1つが顔面を貫いたのだ。父を殺したのはコインで、またがっていた馬には鍵が突き刺さっていた。以来、相次ぐ怪異にOJは確信する。この上空に何かがいる。

 『ゲット・アウト』でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、ジョーダン・ピールと共に第一線へと躍り出たダニエル・カルーヤがOJに扮する。このわずか5年でアカデミー助演男優賞にも輝き(『ユダ&ブラックメシア』、すっかりスターとしての貫禄を身に付けていることに驚いた。カルーヤは『ゲット・アウト』でも“白人のガールフレンドを持つインテリジェンスな黒人青年”という、白人映画があまり表象してこなかった黒人像を演じてきたが、ここでも寡黙で口下手、しかし仕事に対する確固たるプリンシプルを持ったカウボーイに扮しており、ピールとの共犯関係によって映画における黒人のリプレゼンテーションを試みていることが伺える。もちろんユーモアも抜群で、中盤の最も恐ろしい場面で発せられる“NOPE”にはそりゃコレしか言えんよなと思わず笑い声が出てしまった。そんなカルーヤとピールのコラボレートによって生まれたカウボーイ(調教師)というキャラクターだからこそ、上空の未確認飛行物体の正体に気づき、それを御することができると信じるのである。

 この未確認飛行物体を“見上げる”という行為を通じて、人種とキャラクターの勾配関係を描いているのがピールならではだ。それを象徴するのが冒頭と中盤に挿入されるシットコム『ゴーディ、家に帰る』の撮影現場で起こった凄惨な事件である。「白人一家で共に育ってきたチンパンジー」という設定のゴーディが突如暴れだし、出演者を襲い始める。“猿”が黒人を揶揄する差別的なメタファーであることは言うまでもなく、白人の作り出した映像メディアによって笑うべき対象として搾取されてきたゴーディがついに怒りを露わにするのだ。唯一人、難を逃れた韓国系移民のジュープ(成人後をスティーヴン・ユアンが演じる)はゴーディを制することができたと思い込んでいるが、アメリカの差別構造で黒人よりもさらに下と見なされ、迫害を受けるのはアジア系だ。それにも関わらず“名誉白人”の如く自身を白人の倫理に近付けるのはここ日本でもよく見られる人種観だろう。愚かなジュープらの悲惨な末路は“絶対にこんな死に方はしたくない”名シーンだ。

 かくして未確認飛行物体の特ダネ映像を収めるべく、OJらの一大作戦が始まる。見られる側だったOJ達が見る=撮る側に転じれば、ここにはジョーダン・ピール流の映画史の再定義がある。劇中、OJの妹エメラルド(目の覚めるようなパフォーマンスのキキ・パーマー)によって“史上初の映画”として紹介されるのは、エドワード・マイブリッジが1870〜80年頃に撮影した馬に騎乗する黒人の連続写真だ。映画史上最初のスターは今や名前も定かではない黒人だったのだ。『NOPE』は後半、“絶対に見てはいけないモノを撮る”ことで“誰も撮ったことがない映画を撮る”という、映画史において排除された黒人たちの逆襲へと転調する。広大な砂漠と空をIMAXカメラが撮らえればいよいよスペクタクル性は増し、本作の影の主役として撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマの存在感が際立つ。かつて巨大なIMAXカメラで『テネット』の格闘シーンすらも手持ち撮影し、ジョーダン・ピールから「もしも未確認飛行物体を撮るなら何を使う?」と問われた彼はIMAX一択と答えたという。終盤、OJ達に手を貸す伝説の撮影監督ホルスト(年齢を重ね、苦み走った声に味が出たマイケル・ウィンコット)は何とIMAXカメラを持参して、まさにホイテマのペルソナそのものである。本作は劇場で見ることはもちろん、可能であればIMAXシアターの、それも前方での鑑賞をお勧めしたい。『ジョーズ』を観た人が海を怖れたように、『NOPE』を観た人が空を怖がってほしいと言うピールの狙い通り、IMAXの巨大スクリーンを見上げる行為は近年なかった映画的快楽だ。これ程まで”見る”という行為を意識させられる映画も滅多にないだろう。ジョーダン・ピールにしか作れない映画である。


『NOPE』22・米
監督 ジョーダン・ピール
出演 ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー、スティーヴン・ユアン、ブランドン・ペレア、マイケル・ウィンコット
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『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』

2021-10-09 | 映画レビュー(の)

 度重なる公開延期を経てついに公開された007最新作にして、ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンド引退作は僕たちの期待に応えてくれるのか?答えはイエスであり、ノーでもある。日本では半年ぶりに緊急事態宣言が解除された初日の10月1日に公開され、映画館は活気あふれる満席状態となった。コロナショックにより大作映画の公開が見送られた中、多くの人が大スクリーンで見るブロックバスター映画を待ちわびていたのだ。007というブランドはそんな人々の映画に対する欲求を満たしてくれる、まさに娯楽映画の王道だ。

 当初の監督ダニー・ボイルが離脱して以後、代打として登板したキャリー・ジョージ・フクナガ監督にとって彼のフィルモグラフィーを更新するような仕上がりではないものの、キャリアを破滅に導くような事態にはかろうじて陥っていない。前作『スペクター』から引き続き登場するマドレーヌのトラウマに始まり、アストンマーチンが大活躍を繰り広げるアバンタイトルからビリー・アイリッシュの主題歌まで一連のシークエンスは百点満点だ。近年、やや実験的な印象の強かったハンス・ジマー御大も楽しげにテーマ曲をかき鳴らしてくれる。

 本作最大の問題はシリーズ最長163分というランニングタイムにナラティヴとしての必然性がない事だろう。聞けば脚本は総勢6名の手が入り、フクナガ監督の言葉によれば撮影が終わってもなお執筆が続く混乱ぶりだったという。『トゥルー・ディテクティブ』4話分の長尺はダニエル・クレイグとの別れが惜しいために用意されたのではなく、脚本不在でスタートしたばかりに語るべき道筋が見つからなかった故なのだ。ユーモアも不発気味で、クレイグの指名でリライトを担当したフィービー・ウォーラー・ブリッジのセンスはわずかに感じられるばかりであり、才能が活かされているとは言い難い。アクションはフクナガ印の長回しがあるが、これと言ってエキサイトできなかった。

 もちろん、見るべきところはある。ボンドガール勢の中ではキューバの新人工作員パロマ役のアナ・デ・アルマスがまたしても好投。「今日が初日なんです」と初々しさを見せながら、酒も戦闘能力もボンドを上回る大活躍で、ご丁寧に「あたし、ここまでだからね」と退場する場面では誰もが「もうちょっといてよ!」と思ったハズだ。そして歴代随一の女嫌いでもあるダニエル・クレイグ版ボンドに年貢を納めさせたレア・セドゥはヨーロッパ女優の慣例の域を出なかった前作から一転、スクリーンに愛された映画女優の華で著しい躍進ぶりを見せている。
 ”ヘラクレス”と名付けられた毒物に冒され、土下座まで強いられるボンドを通して007シリーズのトキシックマスキュリニティを解体しようとする試みは成功しているとは言い難いものの、ダニエル・クレイグが追い求め続けたジェームズ・ボンドの人間性というテーマは1つの結末を見たように思う。クレイグはウォーラー・ブリッジによって女性キャラクターに主体性を与え、ジェームズ・ボンドのミソジニーを解体し、彼が愛する人のために殉じる結末に意義を与えたかったのではないだろうか。

 ともかく。かつて“青い目のボンドなんてボンドじゃない”とまで叩かれたクレイグの青い瞳にかけるクライマックスはシリーズを史上最高の成功に導いた彼への敬意に満ちており、15年の歴史の終幕に僕も感無量となった。ジェームズ・ボンドよ、君の瞳は青かった!


『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』21・米、英
監督 キャリー・ジョージ・フクナガ
出演 ダニエル・クレイグ、レア・セドゥ、ラミ・マレック、ラシャーナ・リンチ、レイフ・ファインズ、ベン・ウィショー、ナオミ・ハリス、ロリー・キニア、ジェフリー・ライト、アナ・デ・アルマス、クリストフ・ヴァルツ、ビリー・マグヌッセン
 

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『ノマドランド』

2021-04-16 | 映画レビュー(の)

 コロナ禍のため例年より2ヶ月遅い4月25日に開催される今年のアカデミー賞。長丁場の賞レースを独走しているのがクロエ・ジャオ監督による本作『ノマドランド』だ。作品賞はじめ6部門にノミネートされており、今年の大本命と目されている。
 だがおよそ”アカデミー賞らしい”作品ではない。配給は今はなき20世紀FOXのインデペンデント部門サーチライトピクチャーズ(現ディズニー傘下)が手掛け、ジョシュア・ジェームズ・リチャーズによる美しいカメラと、ルドヴィゴ・エイナウディのピアノ旋律に彩られた詩情あふれるアートハウス映画である。有名俳優はフランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーンしか出ておらず、玄人受けしてもアカデミー賞というメインストリームからは程遠く見える。

 2008年のリーマンショック以後、多くの会社が倒産し、マクドーマンド演じる主人公ファーンの暮らす企業城下町エンパイアも工場閉鎖により町そのものが消滅した。仕事を失くし、住む家も失くし、そして夫にも先立たれたファーンはわずかな荷物をバンに積み込み、季節労働者としてアメリカの荒野を旅する事となる。

 クロエ・ジャオは前作『ザ・ライダー』に引き続き、辺境からアメリカの現在を射抜く。市場原理から弾き出され、ノマド(=遊牧民)として暮らしているのはファーンだけではない。ジャオはマクドーマンドを実際のノマド達と交流させ、その様子をカメラに収めていく。ドキュメンタリーとフィクションの境界というジャオ独自のメソッドによって、マクドーマンドは自然主義演技の極地に到り、その深く刻まれた皺は乾いたアメリカの大地によく映えるのである。オスカーでは評価されにくい"静かな演技”だが、彼女の偉大なキャリアにまた新たな1ページが刻まれたと言っていいだろう。

 高齢化と生活苦という問題はここ日本でも深刻だが、ジャオは大企業による搾取や社会構造を糾弾することに重きを置いてはいない。果てしなく続く道のどこかで一期一会を繰り返し、広大な自然の恵みを享受するノマド達には人種や性別による格差もなく、限りない自由があるように見える。そんな彼らを通じてジャオは「アメリカ人とはなにか?」と問いかけるのである。アメリカの大地とは自由な魂を持った開拓移民たちによって切り拓かれたのではないか?アメリカの辺境に自由と美を見出すジャオの筆致は伝統的アメリカ映画のそれであり、中国系というルーツを持つ彼女にオスカーとして継承が行われるのはアメリカ映画史における重要なモーメントだ。アカデミーはこの機会を絶対に逃してはならない。

 とはいえ、クロエ・ジャオはまだ38歳、長編映画は3本目である。傑作をモノにしながらも未だ完成していない才能にこれからどんな作家へ成長するのかと期待してやまない(個人的には編集のリズムはまだ遅くて良いと思う)。そんな彼女の次回作はマーベル映画『エターナルズ』である。独自のメソッドと美しいシネマトグラフィーというアートハウス系作家を、『ザ・ライダー』の時点でメインストリームへと引き出したマーベル首脳陣の慧眼には恐れ入る。いったいどんな映画になるのか?こんなに興奮させられる才能は久しぶりだ。


『ノマドランド』20・米
監督 クロエ・ジャオ
出演 フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン
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