長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『恋するプリテンダー』

2024-05-11 | 映画レビュー(こ)

 世界興収2億ドルを突破し、Netflixのグローバルチャートでもトップを走る“ANYONE BUT YOU”が邦題『恋するプリテンダー』となってついに日本上陸だ。“邦高洋低”となって久しい日本の映画市場で、ロマンチックコメディが劇場公開されるのは珍しいこと。そもそもストリーミングプラットフォームが隆盛を極めて以後、ハリウッドでも随分と軽視されてきたジャンルである。新進の若手スターを充てがい、誰にもヒットを期待されない映画が大量にネットの海へと放流されてきた。だが振り返れば低予算でも息の長いロングヒットを狙い、ネットがない時代に口コミだけを頼りに語り継がれるの花形ジャンルの1つでもあったハズだ。『プリティ・ウーマン』『ノッティングヒルの恋人』『ベスト・フレンズ・ウェディング』『ユー・ガット・メール』etc.…今やジュリア・ロバーツを残してメグ・ライアンもキャメロン・ディアスも第一線を退いて長く、これら名作と並び語り継がれる作品は近年、現れていない。

 ところが、昨夏ロングヒットしたピクサーの『マイ・エレメント』がフタを開けてみれば往年のカルチャーギャップ×ロマンチックコメディだったように、潜在的には多くの観客に求められ続けてきたジャンルである(それもできるだけ“Woke”ではないものをだ)。『恋するプリテンダー』はとても2020年代の映画とは思えない、驚くほど“新しくない”90年代風ロマコメだ。監督は2010年のエマ・ストーンの出世作『小悪魔はなぜモテる?!』(原題“Easy A”)、2011年の『ステイ・フレンズ』というラブコメ快作の2本がピークだったウィル・グラックで、今や全くもって腰が重く、演出的に何か新しいことが行われているわけでもない。シェイクスピア喜劇『夏の夜の夢』や『から騒ぎ』をベースにしたプロットは良く言えば正統派、悪く言えばあからさま過ぎる筋立てで、とりわけ新しい感動を呼ぶワケでもない。

 でも、これでいいのだ。“政治的な正しさ”が過度に求められ、白人主導の異性愛映画までやり玉に挙げられかねない昨今。そもそも世界中の観客の心をときめかせ、ある時代までは共通言語として成立してきたのがハリウッド製ラブストーリーだったではないか。グレン・パウエル、シドニー・スウィーニーという新進白人スター、それも滴り落ちんばかりにセクシーな2人が互いの身体に触れる度に、観客は座席から飛び上がり、大笑いすることだろう。特にパウエルはコメディの間合いも実にシャープで、自らを笑うセンスがある。次々とギャグを決める彼は今年、恩師リンクレイターの『Hit Man』、ブロックバスターの続編『ツイスターズ』が待機中で、いよいよ主演スターとしてのブレイクは必至。本作の大ヒットを受けて、スウィーニーとはさらなる共演を模索しているとのことで、久々にスクリーンカップルの誕生である。

 一言付け加えるなら、ハリウッドのロマンス映画において年かさの男優にうら若い女優が相手役としてキャスティングされる年齢格差問題も近年、随分と議論されてきたが、本作では1997年生まれのシドニー・スウィーニーに対して1988年生まれのグレン・パウエルがしきりに“オジサン”と年齢をイジられる描写があり、そんな歳の差に意識的なラブコメ映画でもある。歳上のパウエルが「愛は待っているだけじゃダメなんだ」と走り出すお決まりのクライマックスは、わかっていても熱くならずにいられないではないか。というワケで90年代ハリウッド製ラブコメ映画で育った映画ファンは全員劇場に集合!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『こいつで今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』

2024-05-05 | 映画レビュー(こ)

 80年代にマイケル・ジャクソンの『今夜はビート・イット』や『BAD』の替え歌で一世を風靡したパロディ歌手ウィアード・アル・ヤンコビックが自らプロデュースした自伝映画を真に受けてはいけない。厳格な父の元で育てられたヤンコビックは幼くして「将来は有名な曲のパロディを唱う歌手になりたい!」と夢を抱き(そんな子供がいるのか?)、田舎を飛び出していく。1979年、ザ・ナックのヒット曲『マイ・シャローナ』をサンドイッチ作りの曲に替え歌した『マイ・ボローニャ』を自主制作し、これがラジオを通じてブレイク。しかし、替え歌では本物のミュージシャンと認められない焦りが、ヤンコビックを追い詰めていく。1984年『今夜もイート・イット』を発表。ところが程なくしてマイケル・ジャクソンが『今夜もビート・イット』を発売し、MVまで丸っきりそっくり。ヤンコビックの元には当時、人気急上昇中のマドンナ(ノリノリでモノマネするエヴァン・レイチェル・ウッドがキュート)が押しかけ、『ライク・ア・ヴァージン』の替え歌を作るように迫り、麻薬王パブロ・エスコバルは自身の誕生パーティで歌わせようとヤンコビックの誘拐を目論む…えええ??

 そんなワケで最低限は元ネタを知っておいた方がこの“パロディ映画”は楽しめる。ヤンコビックを演じるのは『ハリー・ポッター』シリーズを卒業後、すっかりオルタナティブでシャレのわかる男になったダニエル・ラドクリフ。元ハリー・ポッターがヤンコビック役!?というキャスティングも含めて、ヤンコビックらしいおふざけの1本である。


『こいつで今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』22・米
監督 エリック・アペル
出演 ダニエル・ラドクリフ、エヴァン・レイチェル・ウッド
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『コヴェナント 約束の救出』

2024-02-27 | 映画レビュー(こ)

 1998年の『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』でデビューして以来、『スナッチ』『ジェントルメン』『キャッシュトラック』など一貫してクライムアクション映画を撮り続けてきた監督ガイ・リッチー。『シャーロック・ホームズ』シリーズや『アラジン』などで手堅く興行的成功も収めつつ、気付けば55歳。もはや立派なベテランの域である。本作『コヴェナント』は培われてきた経験と技術による最高作だ。

 舞台は2018年のアフガニスタン。武装勢力タリバンの拠点を捜索、殲滅し続けていたアメリカ軍は多くの現地通訳者を雇い、作戦行動に従事させてきた。主人公キンリー曹長(ジェイク・ギレンホール)の部隊にも戦死した前任者に代わり新たな通訳者がやって来る。ダール・サリム演じるアーメッドは4ヶ国語に精通。かつてはタリバンにも協力し、現地の事情を知り尽くしている。アフガニスタン人への敵意を隠そうともしないキンリーと、持ち前のインテリジェンスで不服従の精神を見せ続けるアーメッド。多くの人物が入り乱れる群像犯罪モノを撮ってきたガイ・リッチーにとって、たった2人の人物を対立させ、次第に歩み寄らせるのは造作もない事だ。十割打者ギレンホールと素晴らしいダール・サリムはわずかな目線、言葉、そして極限状況のアクションによって互いに固い絆で結ばれる男たちを見事に演じている。

 作戦の失敗により部隊は2人を残して全滅。キンリー自身も瀕死の重傷を負い、アーメッドは120キロ先の米軍基地を目指して、タリバンの支配地域を文字通り担ぎながら脱出を試みる事となる。ランニングタイム123分をさばくガイ・リッチーの演出は観客の生理を心得たベテランのそれであり、アーメッドの気の遠くなるような道程は観る者にストレスを与え続ける。アーメッドの献身はどこから来ているのか?アメリカ軍が現地通訳者に与えた“誓約=Covenant”とはアメリカへのビザだ。しかし2021年8月30日、アフガニスタンでの作戦行動を終了した米軍はほとんど夜逃げ同然で撤退する。世界中が目にしたのはタリバンの報復を恐れ、軍用機にしがみつく多くのアフガニスタン人の姿だった。ガイ・リッチーはアメリカの対外政策を明確に批判しており、エンドクレジットでは米軍撤退後に家族共々タリバンに殺された通訳者の数が300人を超えるとされている。

 映画の後半はアフガニスタンに残されたアーメッドを救うべく、キンリーが再び戦地へと舞い戻る。PTSDと罪悪感に苦しめられたギレンホールが、誓約を果たさんとする姿は圧巻だ。ガイ・リッチーの簡潔な人物描写は、そんなキンリーに恩義を返せと迫られる人々も垣間見せ、私たちはこの映画の向こうにいくつもの果たされるべき誓約が残されているのだと知る。日本政府もまた多くの現地協力者を残してアフガニスタンを去ったことを、今一度思い出しておくべきだろう。


『コヴェナント 約束の救出』23・英、スペイン
監督 ガイ・リッチー
出演 ジェイク・ギレンホール、ダール・サリム、エミリー・ビーチャム、ジョニー・リー・ミラー、アレクサンダー・ルドウィグ、アントニー・スター
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『コット、はじまりの夏』

2024-02-16 | 映画レビュー(こ)

 2022年のアカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされた本作は、美しい映像と慎ましやかな出演陣による真心のこもった映画だ。舞台は1981年のアイルランド。劇中、時代についての言及がないだけにもう20年は前の風景にも思えるが、当時の農村地域はまさに世界から隔絶されたような環境だったのかもしれない。9歳の少女コットの家は農業を営むも、父は酒浸りでろくに働かず、母は幾人目かの子供を身ごもり、完全なネグレクト状態にある。コットはいつもお腹を空かしており、お風呂にも入れてもらえないのか足は黒ずみ、服はいつも同じだ。姉や級友たちに蔑まれる環境も影響しているのだろう。コットは識字や発話にも問題を抱えているように見える。そんな彼女は母が出産を迎えるひと夏の間、親戚のもとへ里子に出されることになる。

 劇中、コットの読む本が『ハイジ』であることからも明らかなように、本作はアイルランドを舞台にした現代版ハイジだが、見るべきは彼女を迎え入れる大人たちの姿にある。この映画の至宝とも言うべきキャリー・クロウリーとアンドリュー・ベネットが扮する老夫婦は素朴で心優しく、しかしその奥底では傷を抱えている。誰もの心がそうと決まっていながら、その一声を発することができない終幕の緊迫と、観客に開かれたクライマックスは静かな余韻を湛える。『コット』は傷つき、老いた夫婦がコットによって再生し、試される物語でもあるのだ。


『コット はじまりの夏』22・アイルランド
監督 コルム・バレード
出演 キャサリン・クリンチ、キャリー・クロウリー、アンドリュー・ベネット
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ゴジラ−1.0』

2023-12-22 | 映画レビュー(こ)

 驚くべきことが起こっている。山崎貴監督作『ゴジラ−1.0』が北米公開され、字幕付きの外国語映画としては歴代2位のオープニング興収を記録。アメリカで公開された日本映画としては歴代1位の大ヒットを飛ばし、12月11日時点で総興収は2500万ドルを超えているのだ。さらに注目すべきは批評家からも大絶賛を集めていることで、年末に発表される各批評家賞では視覚効果賞のみならず、外国語映画賞でも本作の名前が挙げられ、アカデミー賞の視覚効果賞1次先行も突破している。近年、“モンスターヴァース”として展開されてきたハリウッド版ゴジラシリーズでは再現し得ない、製作費1500万ドルのセンス・オブ・ワンダーに全米が脱帽している格好なのだ。
 最も重要なことは本作の北米配給を東宝自らが行っていることだろう。コンテンツホルダーに正しく利益が配分される様は、2023年上半期に任天堂自らが『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』をヒットさせたように、ハリウッドが弱体化した今年を象徴するトピックである。

 ここ日本では山崎のネームバリュー故かネガティブな評価も多く、確かに手放しでは褒められない部分もあるにはある。VFXマンでもある山崎のフィルモグラフィを見渡せば、大ヒット漫画やベストセラー小説から、ドラえもん、ドラゴンクエストといった人気IPに頼ったものまで実に節操がなく、『ゴジラ−1.0』も巻頭早々、ろくなタメもなく出トチリのような出現をするゴジラの姿に“借り物感”はつきまとう。

 しかし、ハリウッド製“モンスターヴァース”が怪獣プロレスであるのに対し、山崎の単独脚本としてクレジットされている本作の肝は人間ドラマにこそある。終戦直後、特攻に怖気づいた主人公敷島(神木隆之介)は機体の不調を偽り、整備基地へ帰還。その夜、ゴジラの襲撃によって整備兵たちが皆殺しにされるのを、怯え立ちすくみ見るばかりだった。やがて終戦を迎え、帰国。焼け野原の東京に両親は既に亡く、敷島には生き残ってしまった罪悪感だけがつきまとう。ここから日本が復興へと向かう数年間をスケッチした筆致には、戦後多くの人々の口述によって伝えられてきた人生の重みと真実があり、中でも夫婦同然に一つ屋根の下で暮らす敷島と典子(浜辺美波)が床を分けているディテールには抉られるような衝撃があった。戦争のPTSDが正確に検証されてこなかった日本だが、この痛みは幾度も自国民を戦地へと送り、当人のみならずその家族までもが苦しむ歴史を繰り返してきたアメリカの観客に、身近な描写として受け容れられたのではないだろうか。神木の誠意ある熱演には観る者の胸を強く打つものがある(おっと、ゴジラよりも強烈な安藤サクラも忘れてはならない)。

 ゴジラはそんな戦争の傷痕、戦争という歴史の負債(=マイナス)として具現化し、愚かにも過ちを忘れ、今なお殺戮を繰り返す人類の前に現れては破壊の限りを尽くし、ついには東京にもキノコ雲を出現させて、黒い雨を降らせるのである。2023年、原爆の父と呼ばれたオッペンハイマー博士の伝記映画『オッペンハイマー』が異例の大ヒットを飛ばした全米市場において、このヴィジュアルインパクトが放たれた意義は非常に大きい。

 映画は中盤の銀座でのカタストロフを経て、ゴジラ撃退という定番プロットに入るとこだわりの薄い山崎のストーリーテリングではやや物足りないが、「戦争責任を問う作劇がない」とする批評は本作を“正しさ”だけで測り過ぎだろう。かつて特攻をお涙頂戴の愛国映画に仕立てた山崎が、ここでは政治の無策無能を事ある毎に揶揄し、「政治が頼りにならないなら」と帰還兵たちが勝手連で対ゴジラ作戦に挑む“なしくずし”とも言える国民性、メンタリティを描こうとしている。それは彼の地の虐殺を指をくわえて見るばかりのアメリカの観客により響いたのかもしれない。北米での大ヒットは『ゴジラ−1.0』という映画に、新たな一面を加えた。2023年の記憶されるべきモーメントである。
 

『ゴジラ−1.0』23・日
監督 山崎貴
出演 神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、田中美央、遠藤雄弥、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする