長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アボット・エレメンタリー』

2024-02-18 | 海外ドラマ(あ)

 エミー賞の歴代受賞作を見渡せば、ドラマ部門は強力な作品がブレイク後、シリーズ終了まで独占し続けるのが通例だが、コメディ部門に至ってはここ数年、次々と覇者が入れ替わる激戦区であり、多様な発展をし続けているジャンルと言える。2017年に『Veep』が勇退後、2018年には『マーベラス・ミセス・メイゼル』、19年に『フリーバッグ』、2020年は『シッツ・クリーク』が最終シーズンで栄冠に輝き、21〜22年はAppleTV+の『テッド・ラッソ』が連覇。23年は新たなる覇者『The Bear』に取って代わられている。

 21年に放送がスタートした『アボット・エレメンタリー』もそんなコメディ全盛期の一角を担う作品だ。フィラデルフィアの公立小学校を舞台に、ドキュメンタリーの撮影が入っているという設定のモキュメンタリーで、俳優陣が時折、カメラ目線になるのが可笑しい。活気あふれるアンサンブルの俳優陣ではとりわけベテラン教師に扮したシェリル・リー・ラルフのリアルな佇まいが素晴らしく、彼女は本作の至宝である。目立ちたがりでセクハラ気質な校長に扮したジャネル・ジェームズの破壊力も抜群だ。

 ショーランナー兼主演を務めるクインタ・ブランソンはInstagramで“Girl Who Has Never Been on a Nice Date”というシリーズを作ってブレイクしたというユニークな経歴の持ち主。フィラデルフィアのリアルな人種構成が日本の視聴者には目新しい一方、常に予算不足に悩む公立小学校の実態は教師不足の本邦も決して無縁ではなく、奮闘する教師たちへのリスペクトに満ちた本作はややお行儀が良すぎるものの、愛すべき1本である。


『アボット・エレメンタリー』21・米
製作 クインタ・ブランソン
出演 クインタ・ブランソン、ジャネル・ジェームズ、タイラー・ジェームズ・ウィリアムズ、シェリル・リー・ラルフ、リサ・アン・ウォルター、クリス・ペルフェティ
※ディズニープラスで配信中※
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『ある結婚の風景』(寄稿しました)

2022-01-04 | 海外ドラマ(あ)

リアルサウンドにHBO製作、オスカー・アイザック、ジェシカ・チャステイン主演のTVシリーズ『ある結婚の風景』のレビューを寄稿しました。1974年にベルイマン監督によって創られた同名TVシリーズのリメイクです。
記事中では同じく『ある結婚の風景』の実質的リメイクとなる『マスター・オブ・ゼロ』シーズン3『愛のモーメント』についても触れています。ぜひ御一読ください。


『マスター・オブ・ゼロ』についてはこちらでも書いています。
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『ある家族の肖像/アイ・ノウ・ディス・マッチ・イズ・トゥルー』

2021-03-29 | 海外ドラマ(あ)

 いつだってデレク・シアンフランスの作品は僕らの心のひだに触れ、胸をかきむしりたくなるような激情を引き起こしてきた。離婚経験がなくても、幼少期に両親の別離がなくても『ブルー・バレンタイン』が拭い去れない爪痕を残したのは、それが個人史を超え、神話的とも言える厳かさを宿していたからではないだろうか。初のTVシリーズとなる本作は、そんなシアンフランスのナラティヴが然るべき時間で語られた最高傑作だ。

 物語は統合失調症を患うトーマスが、図書館で自身の右手を切り落とす場面から始まる。長年、兄の介護を続けてきた双子の弟ドミニクは彼を入院させようと奔走するが、空いているのは劣悪な環境で知られるハッチ法医学研究所だけだ。そして兄のために忙殺されるドミニクもまた私生活に問題を抱えていた。そんなある日、ドミニクは亡き祖父の遺したイタリア語の自伝を見つけ、翻訳を依頼するのだが…。

 近年、アメリカ映画やTVシリーズは家族という価値観に疑問を呈し続けてきた。大統領にまで上り詰めたあの男は「アメリカを再び偉大にする」と宣ったが、果たしてアメリカが正しかった時などあるのだろうか?憎しみによって大きく分断された規範なき社会において、今一度、家族の在り方が問い直されている。『シャープ・オブジェクツ』『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』、そして『ヘレディタリー』とそのいずれもが恐怖のモチーフとして家族を描いている。そして息詰まるような演出を見せる本作ではハッキリと「呪いだ」という言葉で家族の宿怨が表現されている。本当の父を知らず、自身と全く同じ顔をした双子のトーマスに人生の大半を奪われたドミニクは、身の上の不幸の元凶がイタリア語で書かれた祖父の自伝にあるのではと思い込んでいく。口にするのもおぞましい予兆を孕んだこの日記の存在は、得体の知れない恐怖となって物語を終盤まで支配する。

 重厚なシアンフランス演出に応え、トーマスとドミニクを1人2役で演じたマーク・ラファロは本作でエミー賞他、各賞を独占した。心身的に追い詰められたトーマスの混乱と、それを受け止め、耐え忍ぶドミニクを両立させるという並外れたパフォーマンスであり、ラファロの全キャリアにおいても最高作である。彼は役に合わせて身体を作るのではなく、人格をゼロから作り上げる“性格俳優”であり、これほどまでに追い詰められた人間心理を演じたことはなかった。どちらかといえば彼には常に世間体に縛られない自由奔放さ、“天然っぽさ”があり、それは近年のMCUにおける自己実現してしまった超人ハルク像にも繋がっているように思う。
ラファロのキャリアで本作に最も近いのは、彼が一躍注目された2000年のケネス・ロナガン監督作『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』ではないだろうか。ローラ・リニー扮する姉と不仲が続いた不肖の弟役で、彼の自由な気風が姉に変化をもたらす一方、常にどこか生きづらさを抱えた寂しさがつきまとって見えた。彼にとって“兄弟”という関係性が重要なインスピレーションであることは、後述する。

 ラファロを囲んだ女優陣のアンサンブルが素晴らしい。日記の翻訳を請け負う大学講師役でジュリエット・ルイスが出てきて驚いた。『ギルバート・グレイプ』や『カリフォルニア』、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』で90年代前半にエキセントリックな魅力を発揮した彼女も40代。魅力はそのまま、本作では図々しいオバチャンを演じて笑わせてくれる。やはり90年代に活躍したロージー・オドネルがソーシャルワーカー役で登場し、すっかり味のある中年俳優になっていることにも驚かされた。
 ドミニクの恋人役には対照的な2女優が配されており、イモージェン・プーツが見せる悲壮には胸が痛む。そして悲劇的な別離に至った元妻デッサにはキャスリン・ハーンが扮している。彼女がいかに名女優かは続く『ワンダヴィジョン』を見ても明らかだろう。『プライベート・ライフ』で見せたリアルな生活感と足腰の据わった実直さは並みのハリウッドスターでは醸し出せない。彼女もジュリエット・ルイスと同い年。こういう遅咲きの女優がメインストリームに出てくるところにアメリカ映画の面白さがある。

 物語は『ブルー・バレンタイン』同様、過去と現在を何度も往復し、若きドミニクがデッサとの希望に満ちた未来を思い描いていた様子を映し出していく。それは見る者に個人史を引き寄せ、悔恨の念を抱かせるかも知れない。しかし常に過去とは不可分な存在であり、本作もまた運命と自由意志についての物語である。どれだけ打ちのめされようとも、人は生き続け、自ら選択した先に“少しだけの真実”があるのだ。そうしてドミニクは家族であることの呪いから解放されていくのである。

 本作は2人の人物に献辞が捧げられている。それはシアンフランスの弟と、そして拳銃事故によって他界したラファロの弟である。“最もパーソナルなことが最もクリエイティブ”であり、本作の偉大さはそんな個人的動機や個人史を超越し、神話的とも言える普遍性を獲得したことにあるのではないだろうか。


『ある家族の肖像/アイ・ノウ・ディス・マッチ・イズ・トゥルー』 20・米
監督 デレク・シアンフランス
出演 マーク・ラファロ、キャスリン・ハーン、イモージェン・プーツ、メリッサ・レオ、ジョン・プロカチーノ、ロブ・ヒューベル、マイケル・グレイアイズ、ゲイブ・フェイジオ、ジュリエット・ルイス、ロージー・オドネル

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『アンダン 時を超える者』

2020-08-02 | 海外ドラマ(あ)
※このレビューは物語の結末に触れています※

 統合失調症の女性を主人公にしたSFアニメ…こんな企画まで通ってしまうのだからPeakTVの充実たるや。主人公アルマは交通事故をきっかけに亡き父の姿が見えるようになる。父は時空を超える力で自分の死の真相を探ってほしいと言うのだが…。

 『アンダン』の大きな特徴は俳優の動きをトレースしてアニメーションを付ける“ロトスコープ”という撮影技法だ。日常描写にアニメ演出を施す事で、世界がぐにゃりと歪むような効果があり、2000年代にはリチャード・リンクレイターが夢の階層を無限に彷徨う哲学アニメ『ウェイキング・ライフ』と、フィリップ・K・ディック原作『スキャナー・ダークリー』という彼ならではの実験精神に満ちた傑作をモノにしている。

アルマのタイムトラベルはタイムマシン等の機械を使わず、その精神だけが時空を超えるものであり、やがて僕らはこれが夢か現か、はたまたアルマの狂気なのかわからなくなっていく。ロトスコープはそんな心の曖昧さを表現するにはピッタリの技法なのだ。

 幼い頃のアルマには精神疾患に苦しんだ祖母がおり、「いつか自分も同じようになるのでは?」と恐怖を抱いていた。個人的な話だが、統合失調症の家族を持つ者が医学的根拠がないにも関わらず遺伝を恐れる事は、ある。近年、メンタルヘルスをテーマとした作品は多く、NetflixのTVシリーズ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』やアリ・アスター監督の『へレディタリー』といったホラー作品では文字通り“呪い”として描かれ、『ユーフォリア』『最高に素晴らしいこと』といった青春モノでは恋人との別離よりも切実な問題とされていた

 『アンダン』はテーマと手法が合致した作品であり、ロトスコープの必然は物語が終盤に近付くにつれて明らかとなっていく。これは人生に疲れ、亡き父を想うアルマの心の旅であり、家族や恋人の協力を得て病いを受け入れるまでを描いたパーソナルな物語なのだ。

 アルマ役は『アリータ』で主人公のモーションキャプチャーを演じたローサ・サラザール。今回も所謂“中の人”だが、台詞回しには『ロシアン・ドール』のナターシャ・リオンを思わせるキレがあり、ぜひとも生身の芝居が見てみたい人だ。父親役のボブ・オデンカークは今や名優の貫禄である。

部屋の電気を消して、できれば静かな夜更けにじっくりと見てほしい。このドラマはきっとあなたを新たな覚醒に誘うだろう。


『アンダン 時を超える者』19・米
製作 ラファエル・ボブ・ワクスバーグ、ケイト・パーディ
出演 ローサ・サラザール、ボブ・オデンカーク、アンジェリーク・カブラル


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『アウトサイダー』

2020-07-03 | 海外ドラマ(あ)
※このレビューは物語の結末に触れています※

 凄惨な殺人事件の記事を読んだ時に覚えるあの悪寒に近い。一体誰が、何のためにこんな怖ろしい事をしたのか。こうして書いている今も解決の報を聞かないあの事件はどうなったのかと頭を過り、得体の知れない気分になる。この世には考えの及ばない、邪悪な物事が確実に存在する。『アウトサイダー』はそんなドラマだ。

 冒頭、少年の惨殺死体が発見される。無造作に打ち捨てられたそれはまるで獣に屠れたかのようだ。ラルフ刑事が捜査にあたり、やがて彼自身も交流のあった教師テリーが逮捕される。しかしテリーには犯行当時、およそ100キロ離れた場所で衆人環視の下イベントに出席中という鉄壁のアリバイがあった。

 原作は巨匠スティーブン・キング。『IT』『ドクター・スリープ』『ペット・セメタリー』など近年、再び映像化ブームを迎えている御大だが、やや懐古的なそれらと本作が異なるのは2020年現在進行形の“最新版キング”である点だろう。原作は日本未刊行の最新作で、製作は意外やキング作品初映像化となるHBO。スタッフには『ミスター・メルセデス』『キャッスルロック』といった近年のキング原作TVドラマを手がけている“キングフリーク”が結集した。第7話、9話の脚色は『ミスティック・リバー』で知られる人気作家デニス・ルヘインという異色の顔合わせも実現している。そして第1話、2話の監督と製作総指揮を務めるのがNetflixの犯罪ドラマ『オザークへようこそ』で映像作家としての才能を開花させ、エミー賞では監督賞にも輝いたたジェイソン・ベイトマンだ。彼の冷ややかでダークな映像センスが本シリーズの大きな指針となっており、本当に怖いモノを見せない厭~な演出はこれまでのキング作品にない面白さを生んでいる。

【ここからネタバレ!】


 『アウトサイダー』は『ミスター・メルセデス』のような犯罪スリラーとして幕を開けながらシーズン中盤以後、“それ”の存在を明らかにし、ゴシックホラーへと転調していく。劇中“thing”、そしてスペイン圏の魔物である“エル・クーコ”の名で呼ばれる“それ”は人から人へと乗り移り、姿を模して殺人を繰り返していたのだ。
『IT』のペニー・ワイズなど、これまでもキング作品には象徴的な魔物が多数登場してきたが、本作の“それ”が決定的に違うのはあくまで観念的で、姿の見えない存在である事だ。人は人知の及ばぬ邪悪に如何に立ち向かうのか、という一連のテーマをリアリズムで描いている事に本作の面白さがある。

 その作品世界をキング小説映像化史上最高ともいえる名バイプレーヤー陣が支えている。主人公ラルフに『スター・ウォーズ/ローグ・ワン』のベン・メンデルソーン、その妻にメア・ウィニンガム。弁護士役に『ナイト・オブ・キリング』のビル・キャンプ、後半重要な役どころでパディ・コンシダインも登場する。監督ベイトマンも重要容疑者テリー役でお得意の小市民芝居を披露だ。彼らの抑制された演技アンサンブルはジャンルもののそれを超えた名演であり、特に“それ”の存在を知らされる第5話の憔悴と緊迫が素晴らしい。


 そして物語をリードするのが第3話から登場し、実質上の主人公となる私立探偵ホリー役のシンシア・エリヴォだ。アカデミー主演女優賞にノミネートされた『ハリエット』を挙げるまでもなく既にトニー賞、エミー賞ホルダーのカメレオン女優であり、彼女の妙演が現実と怪談を橋渡ししていく。第六感ともいうべき特殊能力によって事件の本質を捉えるホリーはどこか浮世離れしているが、キング作品では社会から疎外された存在が常にこの世の真実を捉えてきた。そして本来、白人であるホリーを黒人に変更した意図は終幕でより鮮明となる。そう、彼女はメインキャスト中、唯一の有色人種なのだ。Black Lives Matterによって世界が激動する現在、「アウトサイダーだけがアウトサイダーを見抜ける」という彼女の台詞は思わぬ形で立体性を増した。何よりコロナショックで揺れる2020年の今、邪悪が“伝染する”という設定は僕らが最も身近に感じる恐怖だろう。ホリーは言う「今は悪の感染源を辿るのではなく、誰が感染しているのかを探り当てるべきだ」。

 『アウトサイダー』は思わぬ形で同時代性を獲得し、巨匠キングの衰えぬ才能を証明した。キングファンはもちろん、近年の映像化作品を見てきた映画ファンもぜひ本作で御大への認識をアップデートしてほしい。


『アウトサイダー』20・米
監督 ジェイソン・ベイトマン、他
出演 ベン・メンデルソーン、シンシア・エリヴォ、ジェレミー・ボブ、メア・ウィニンガム、ビル・キャンプ、パディ・コンシダイン

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