長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アソーカ』

2024-08-06 | 海外ドラマ(あ)

 遠い昔、遥か彼方の1977年。後に『エピソード4 新たなる希望』と名付けられる『スター・ウォーズ』第1作目が公開された頃、人々はオビ・ワン・ケノービの口から語られる“クローン戦争”と呼ばれる大戦や宇宙の守護者であるジェダイの騎士、アナキン・スカイウォーカーを殺したダース・ベイダーの存在に未だ見ぬ銀河の深淵を想い、それはファンセオリーと公式見解の入り混じった口承伝説として語り継がれていった。『スター・ウォーズ』は少なくともこの時点ではミステリアスなフォースを持っていた。

 『エピソード6 ジェダイの帰還』の直後に位置するTVシリーズ『アソーカ』は、フランチャイズの新たな方向性を決定付ける重要な転換点だ。かつては長編実写映画を全作見ていればスター・ウォーズファンを名乗ることができたが、今やディズニープラスに乱立するTVシリーズも欠かさず見ていなければ口にすることも憚られる。ところが本作『アソーカ』はさらにファンの忠誠度を試してくる。2014年〜15年にかけて製作されたTVアニメシリーズ『スター・ウォーズ 反乱者たち』、さらには2008年から12年間に渡って続いた『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』を見ていることが大前提となっているのだ。ショーランナーのデイヴ・フィローニらは「初見のファンでも大丈夫」と公言しているが、意味深に演出された(しかし、何も行間を生み出してはいない)場面の数々に古参ファンは歯噛みすること間違いないだろう。

 ディズニーによるルーカスフィルム買収後、フランチャイズのさらなる継続を狙って製作された続3部作が賛否両論、いやどちらかと言えば不評に終わった後、ディズニーは暗黒面のファンダムを怖れ、観客のノスタルジーに依存する全くもって冒険心のないシリーズ継続に執心してきた。『アソーカ』は40年以上に及ぶうるさ型のスター・ウォーズファンではなく、『クローン・ウォーズ』と『反乱者たち』をリアルタイムで見たファンに目を向け、まるで辺境の惑星に籠もったルーク・スカイウォーカーの如く自閉している。おそらく『ジェダイの帰還』から『フォースの覚醒』に至る30年間を、『マンダロリアン』に始まる一大TVシリーズとして作り上げるのがディズニーとルーカスフィルム、そしてデイヴ・フィローニによる構想なのだろう。『クローン・ウォーズ』『反乱者たち』を観てきた若きファンで『アソーカ』を否定する人は誰1人いないハズだ。しかしうるさ型のオールドファンである筆者は、まるでライトセーバーで真っ二つにされたような気分になってしまったのである。


『アソーカ』23・米
監督 デイヴ・フィローニ、他
出演 ロザリオ・ドーソン、ナターシャ・リュー・ボルディッツォ、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、レイ・スティーヴンソン、デイヴィッド・テナント、ラース・ミケルセン、ヘイデン・クリステンセン
※ディズニープラスで独占配信中※
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『アボット・エレメンタリー』

2024-02-18 | 海外ドラマ(あ)

 エミー賞の歴代受賞作を見渡せば、ドラマ部門は強力な作品がブレイク後、シリーズ終了まで独占し続けるのが通例だが、コメディ部門に至ってはここ数年、次々と覇者が入れ替わる激戦区であり、多様な発展をし続けているジャンルと言える。2017年に『Veep』が勇退後、2018年には『マーベラス・ミセス・メイゼル』、19年に『フリーバッグ』、2020年は『シッツ・クリーク』が最終シーズンで栄冠に輝き、21〜22年はAppleTV+の『テッド・ラッソ』が連覇。23年は新たなる覇者『The Bear』に取って代わられている。

 21年に放送がスタートした『アボット・エレメンタリー』もそんなコメディ全盛期の一角を担う作品だ。フィラデルフィアの公立小学校を舞台に、ドキュメンタリーの撮影が入っているという設定のモキュメンタリーで、俳優陣が時折、カメラ目線になるのが可笑しい。活気あふれるアンサンブルの俳優陣ではとりわけベテラン教師に扮したシェリル・リー・ラルフのリアルな佇まいが素晴らしく、彼女は本作の至宝である。目立ちたがりでセクハラ気質な校長に扮したジャネル・ジェームズの破壊力も抜群だ。

 ショーランナー兼主演を務めるクインタ・ブランソンはInstagramで“Girl Who Has Never Been on a Nice Date”というシリーズを作ってブレイクしたというユニークな経歴の持ち主。フィラデルフィアのリアルな人種構成が日本の視聴者には目新しい一方、常に予算不足に悩む公立小学校の実態は教師不足の本邦も決して無縁ではなく、奮闘する教師たちへのリスペクトに満ちた本作はややお行儀が良すぎるものの、愛すべき1本である。


『アボット・エレメンタリー』21・米
製作 クインタ・ブランソン
出演 クインタ・ブランソン、ジャネル・ジェームズ、タイラー・ジェームズ・ウィリアムズ、シェリル・リー・ラルフ、リサ・アン・ウォルター、クリス・ペルフェティ
※ディズニープラスで配信中※
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『ある結婚の風景』(寄稿しました)

2022-01-04 | 海外ドラマ(あ)

リアルサウンドにHBO製作、オスカー・アイザック、ジェシカ・チャステイン主演のTVシリーズ『ある結婚の風景』のレビューを寄稿しました。1974年にベルイマン監督によって創られた同名TVシリーズのリメイクです。
記事中では同じく『ある結婚の風景』の実質的リメイクとなる『マスター・オブ・ゼロ』シーズン3『愛のモーメント』についても触れています。ぜひ御一読ください。


『マスター・オブ・ゼロ』についてはこちらでも書いています。
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『ある家族の肖像/アイ・ノウ・ディス・マッチ・イズ・トゥルー』

2021-03-29 | 海外ドラマ(あ)

 いつだってデレク・シアンフランスの作品は僕らの心のひだに触れ、胸をかきむしりたくなるような激情を引き起こしてきた。離婚経験がなくても、幼少期に両親の別離がなくても『ブルー・バレンタイン』が拭い去れない爪痕を残したのは、それが個人史を超え、神話的とも言える厳かさを宿していたからではないだろうか。初のTVシリーズとなる本作は、そんなシアンフランスのナラティヴが然るべき時間で語られた最高傑作だ。

 物語は統合失調症を患うトーマスが、図書館で自身の右手を切り落とす場面から始まる。長年、兄の介護を続けてきた双子の弟ドミニクは彼を入院させようと奔走するが、空いているのは劣悪な環境で知られるハッチ法医学研究所だけだ。そして兄のために忙殺されるドミニクもまた私生活に問題を抱えていた。そんなある日、ドミニクは亡き祖父の遺したイタリア語の自伝を見つけ、翻訳を依頼するのだが…。

 近年、アメリカ映画やTVシリーズは家族という価値観に疑問を呈し続けてきた。大統領にまで上り詰めたあの男は「アメリカを再び偉大にする」と宣ったが、果たしてアメリカが正しかった時などあるのだろうか?憎しみによって大きく分断された規範なき社会において、今一度、家族の在り方が問い直されている。『シャープ・オブジェクツ』『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』、そして『ヘレディタリー』とそのいずれもが恐怖のモチーフとして家族を描いている。そして息詰まるような演出を見せる本作ではハッキリと「呪いだ」という言葉で家族の宿怨が表現されている。本当の父を知らず、自身と全く同じ顔をした双子のトーマスに人生の大半を奪われたドミニクは、身の上の不幸の元凶がイタリア語で書かれた祖父の自伝にあるのではと思い込んでいく。口にするのもおぞましい予兆を孕んだこの日記の存在は、得体の知れない恐怖となって物語を終盤まで支配する。

 重厚なシアンフランス演出に応え、トーマスとドミニクを1人2役で演じたマーク・ラファロは本作でエミー賞他、各賞を独占した。心身的に追い詰められたトーマスの混乱と、それを受け止め、耐え忍ぶドミニクを両立させるという並外れたパフォーマンスであり、ラファロの全キャリアにおいても最高作である。彼は役に合わせて身体を作るのではなく、人格をゼロから作り上げる“性格俳優”であり、これほどまでに追い詰められた人間心理を演じたことはなかった。どちらかといえば彼には常に世間体に縛られない自由奔放さ、“天然っぽさ”があり、それは近年のMCUにおける自己実現してしまった超人ハルク像にも繋がっているように思う。
ラファロのキャリアで本作に最も近いのは、彼が一躍注目された2000年のケネス・ロナガン監督作『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』ではないだろうか。ローラ・リニー扮する姉と不仲が続いた不肖の弟役で、彼の自由な気風が姉に変化をもたらす一方、常にどこか生きづらさを抱えた寂しさがつきまとって見えた。彼にとって“兄弟”という関係性が重要なインスピレーションであることは、後述する。

 ラファロを囲んだ女優陣のアンサンブルが素晴らしい。日記の翻訳を請け負う大学講師役でジュリエット・ルイスが出てきて驚いた。『ギルバート・グレイプ』や『カリフォルニア』、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』で90年代前半にエキセントリックな魅力を発揮した彼女も40代。魅力はそのまま、本作では図々しいオバチャンを演じて笑わせてくれる。やはり90年代に活躍したロージー・オドネルがソーシャルワーカー役で登場し、すっかり味のある中年俳優になっていることにも驚かされた。
 ドミニクの恋人役には対照的な2女優が配されており、イモージェン・プーツが見せる悲壮には胸が痛む。そして悲劇的な別離に至った元妻デッサにはキャスリン・ハーンが扮している。彼女がいかに名女優かは続く『ワンダヴィジョン』を見ても明らかだろう。『プライベート・ライフ』で見せたリアルな生活感と足腰の据わった実直さは並みのハリウッドスターでは醸し出せない。彼女もジュリエット・ルイスと同い年。こういう遅咲きの女優がメインストリームに出てくるところにアメリカ映画の面白さがある。

 物語は『ブルー・バレンタイン』同様、過去と現在を何度も往復し、若きドミニクがデッサとの希望に満ちた未来を思い描いていた様子を映し出していく。それは見る者に個人史を引き寄せ、悔恨の念を抱かせるかも知れない。しかし常に過去とは不可分な存在であり、本作もまた運命と自由意志についての物語である。どれだけ打ちのめされようとも、人は生き続け、自ら選択した先に“少しだけの真実”があるのだ。そうしてドミニクは家族であることの呪いから解放されていくのである。

 本作は2人の人物に献辞が捧げられている。それはシアンフランスの弟と、そして拳銃事故によって他界したラファロの弟である。“最もパーソナルなことが最もクリエイティブ”であり、本作の偉大さはそんな個人的動機や個人史を超越し、神話的とも言える普遍性を獲得したことにあるのではないだろうか。


『ある家族の肖像/アイ・ノウ・ディス・マッチ・イズ・トゥルー』 20・米
監督 デレク・シアンフランス
出演 マーク・ラファロ、キャスリン・ハーン、イモージェン・プーツ、メリッサ・レオ、ジョン・プロカチーノ、ロブ・ヒューベル、マイケル・グレイアイズ、ゲイブ・フェイジオ、ジュリエット・ルイス、ロージー・オドネル

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『アンダン 時を超える者』

2020-08-02 | 海外ドラマ(あ)
※このレビューは物語の結末に触れています※

 統合失調症の女性を主人公にしたSFアニメ…こんな企画まで通ってしまうのだからPeakTVの充実たるや。主人公アルマは交通事故をきっかけに亡き父の姿が見えるようになる。父は時空を超える力で自分の死の真相を探ってほしいと言うのだが…。

 『アンダン』の大きな特徴は俳優の動きをトレースしてアニメーションを付ける“ロトスコープ”という撮影技法だ。日常描写にアニメ演出を施す事で、世界がぐにゃりと歪むような効果があり、2000年代にはリチャード・リンクレイターが夢の階層を無限に彷徨う哲学アニメ『ウェイキング・ライフ』と、フィリップ・K・ディック原作『スキャナー・ダークリー』という彼ならではの実験精神に満ちた傑作をモノにしている。

アルマのタイムトラベルはタイムマシン等の機械を使わず、その精神だけが時空を超えるものであり、やがて僕らはこれが夢か現か、はたまたアルマの狂気なのかわからなくなっていく。ロトスコープはそんな心の曖昧さを表現するにはピッタリの技法なのだ。

 幼い頃のアルマには精神疾患に苦しんだ祖母がおり、「いつか自分も同じようになるのでは?」と恐怖を抱いていた。個人的な話だが、統合失調症の家族を持つ者が医学的根拠がないにも関わらず遺伝を恐れる事は、ある。近年、メンタルヘルスをテーマとした作品は多く、NetflixのTVシリーズ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』やアリ・アスター監督の『へレディタリー』といったホラー作品では文字通り“呪い”として描かれ、『ユーフォリア』『最高に素晴らしいこと』といった青春モノでは恋人との別離よりも切実な問題とされていた

 『アンダン』はテーマと手法が合致した作品であり、ロトスコープの必然は物語が終盤に近付くにつれて明らかとなっていく。これは人生に疲れ、亡き父を想うアルマの心の旅であり、家族や恋人の協力を得て病いを受け入れるまでを描いたパーソナルな物語なのだ。

 アルマ役は『アリータ』で主人公のモーションキャプチャーを演じたローサ・サラザール。今回も所謂“中の人”だが、台詞回しには『ロシアン・ドール』のナターシャ・リオンを思わせるキレがあり、ぜひとも生身の芝居が見てみたい人だ。父親役のボブ・オデンカークは今や名優の貫禄である。

部屋の電気を消して、できれば静かな夜更けにじっくりと見てほしい。このドラマはきっとあなたを新たな覚醒に誘うだろう。


『アンダン 時を超える者』19・米
製作 ラファエル・ボブ・ワクスバーグ、ケイト・パーディ
出演 ローサ・サラザール、ボブ・オデンカーク、アンジェリーク・カブラル


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