おっさん先生と愉快な仲間のぶろぐ

先生って楽しい仕事だと思い続けることができたしあわせな爺っさまのつぶやきです。

久しぶりにブログを見てくれてありがとう。

2013-05-15 22:27:03 | Weblog
まもなく定年を迎える(あなたの仕事には定年がないですよね 笑)
同じ世代のあなたに共感してもらえると、
なんだかうれしくなります。

今の若者たちが
自信がないことの裏返しとして
ほかの子に対して優位に立った、
見下した言い方をするという
あなたの意見は同意できる部分があります。

ただ、
それは「今の若者」に限ったこと
だけではないような気がします。

広小路で同じ空気を吸っていた
遙か昔にも、そんな若者はいたように思います。

僕自身がそうであったようにも思うし、
ただ僕やあなたの近くにはそれほど多くなかった
という程度のものではないでしょうか(笑)

ただ、誰かと関わりたいと思ったとき、
その表現方法やアプローチの仕方が
稚拙になったのかなって感じることはあります。

その原因がITによるものだという
あなたの考え方を否定できるものを、
確かに僕は持ってはいません。

ICTの進化が使う人間の対応力を乗り越えてしまっている
という実感は確かに持っていますから。
そのうち先生って言う仕事はなくなるかもしれないねって言う
あなたの言葉が現地味を帯びてきているからかもしれません

技術力優位や学歴優位を意識しすぎて
「自分が何かできること」が
人の価値を決定するものだと思いこんでしまうと
「個人としての技能スキルを持っていない人」が
無能に見えるのかもしれませんね。

けど、何か足りないような気がします。
「人のために」って文字かな?
「自分が何かできること」より
「自分が人のために何かできること」っていう感じですね。

このあたりのニアンスは
日本語よりあなたの得意な英語の方が伝わりやすいと思うので、
いつか出会えることがあったら英訳しておいてください(笑)

あなたの引用してくれた「ある日の新聞記事」
愚痴をたれ流す系の人に、
解決策をアドバイスするのは逆効果。

「単にかわいそうな自分を見てください」
「苦しんでいる自分に同情してください」と言いたいだけ。

下手に核心を突くと面倒くさいことになるだけ。

「あなたも大変ね」「よく我慢してえらいね」と
当人をねぎらうのが、
その人にとっての深刻な苦しみをやわらげてあげる
大人の優しさであり、災難から逃れる近道。

この年になっても
大人の優しさに気づいていなかったことに反省しています。
受容がその人に安心感をもたらすという関係の中で
形骸的な人間関係を築いていくことが
大人の優しさだったんですね。

僕には大人の優しさが欠けていたとようやく気づきました(笑)
最後にあなたの贈ってくれた
「あなたは詩人ですねww」という言葉、
どう咀嚼していいか、とまどっています。

僕のブログには「師」については
語ったことがありますが
「詩」は 書いていませんので(笑)
コメント
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