74 危険な男
(人柱は他の者に変えることもできるがニエは替えが無い。この子の価値をわからないとは、エンヴィー無能者が!)
烏が去った後の空を数秒の間、青紫の瞳は睨み上げていた。振り返ったときその瞳は髪と同じ色、最古の洞窟を思わす闇の黒に変わっていた。
「どうした」
ラッセルが部屋中を見回して何かを探している。
「ボストンバック、持ってなかったか、あれが無いと薬が」
「薬?まだ(もぐり)開業中か?」
「いや、…俺の薬」
ビタミン剤程度はどうでもいいが精神安定剤が無いのは困る。あれが無いと急に不安感に襲われたとき身動きが取れなくなる。まして旅先である。動けなくなるのは最悪の事態を招きかねない。いや、すでにそういう事態になっている気がした。やくざ者に売られるのも十分まずいが、売られたら売られたで、逃げる手はある。
(むしろ、今のほうがまずい)
部屋を見て回ってラッセルははっと気が付いた。部屋の大きさに比べあまりに大きすぎるベッド、小さなはめ殺しの窓、ここは世に言う連れ込み宿ではないか!
ファーストがなにやら性質の悪い笑い方をした。
「一応、少しは常識も付いたな。そういうことだ」
「どうして?!」
「気にするな。と言っても無理か。ちょうど近かったからな」
「本当にそれだけか!」
「他の理由も欲しいか?」
「い、要らない」
昔から、この男はこうやっていいことも悪いことも、悪いことのほうが多かった気がするが教えてくれた。いくら実年齢より上に見られるとはいえ、14歳だったラッセルが裏の連中と付き合えたのはこの男が下地を作ってくれたからだ。その意味では感謝すべき恩人だが…。
年は40前ぐらいだろうと裏の連中は言っていたが、どうもよくわからない。肌の質だけを見れば30台前半で通りそうだし蓄えたデータや知識は50歳といっても通りそうだ。黒い瞳はこれ以上深い黒を見たことが無いほど濃い。
あいつの目は黒ではない、あれは闇だと言ったやつがいた。改めて見ても本当にそのとおりだと思った。
ラッセルが知る限りでは仕事は流しの情報屋である。他にもいろいろありそうだが無理に知ろうとは思わない。
(正多角形だけが形じゃない。無理に全ての面を知らなくてもいい)
ラッセルは他人に対してそんな風に割り切っていた。
「見つけたときは何も無かったが、やつらが(闇市で)処分したのだろう」
薬が無い。その事実が動揺を誘った。
ベッドに座り込んで頭を抱えた。セントラルまでどうやって帰ればいいかわからなくなる。落ち着いて考えれば誰かに持ってこさせるか闇ルートを使って手に入れるかすれば済むことだとわかるはずだった。だが、生じた不安感が思考をさえぎる。
目の前が薄暗くなった。見上げると闇がある。ファーストが近々と覗き込んでいた。この男は嫌いにはなれないがこんな風に覗き込まれるのは不快だった。まるで闇に飲み込まれるか、頭の中を触手で探られているような気がする。だが振り払えない。14のとき最初に出会ったときからこの男とは初めて会った気がしなかった。ほんの小さいときからよく知られているような、見られていたような気がする。
「シルバー」
低い声で呼ばれる。この男の声は肌で感じることができる。低い、背中にまで響きそうな声。肌が粟立ったのがわかった。
(名にふさわしい姿になった。この子は全身が『銀』になっている)
ラッセルは知らないが眠っている間に体毛からまつげまで調べられていた。
呼吸が乱れる。胸が痛む。息苦しい。こんな危険な男に弱みを見せたくはないがもうどうしようもない。薬があればまだ押さえが効くはずだ。だが、バックも無く,服も隠しポケットの中の薬ごと消えている。
「シルバー」
また呼ばれた。考えていることをすべてかすりとっていかれそうな声で。
視界がかすむ。脳の一角は心拍数の異常と過呼吸の危険を告げる。だが、わかっていても息苦しさへの対応として起こる過呼吸を止められない。
力が入らなくなる。
どのくらい意識が無かったのかははっきりしない。数秒か数分かとも思った。
冷たい何かを感じている。唇に。同時に息が吸えなくなる。手足をしっかり押さえ込まれている。(こんなに押さえなくても抵抗する力は無いのに)
体のあちこちが痛む。
「暴れるな」低い声が耳たぶを掠めた。
では、暴れたのかと思った。ベッドに押さえ込まれている現状と全身に感じる痛みからしてかなり抵抗したらしい。
それにしてもこのような場所でこんな姿とは、もし誰かに見られでもしたら…
どう考えても一つの結論しか出ないだろう。
(フレッチャーが居なくて良かった)
情けないがそれが一番にうかんだ。
何か冷たいものを飲まされた。どうやら薬らしい。ファーストは飲ませた後ついでのように乾ききったラッセルの唇をなめていく。
即効性の種類だったらしく急速に動悸が治まる。
唇が離された隙に息をはいた。
「おりこうになったな。正直に答えろ。誰に習った」
笑いを含んだ声だが、うかつな答えを返すと相手をバラシかねない。
「聞いただけだ」
うそではない。もっとも全てでもない。軍に出入りするならぜひご婦人とのお付き合いを覚えなさいといって服装から会話術、化粧品会社へのコネと礼儀作法とあらゆることを叩き込んでくれたマスタングが『仕上げに実践トレーニングを』と言い出した。なんだかわからないまま部屋に呼び出され寝室へ連れ込まれ…あの時マスタングが腹部の負傷をほったらかしていなければおそらくそのまま…。対ご婦人用寝室での対策を教え込まれた気がする。
ただ、今ここに居る男に比べたらマスタングなど危険のうちに入るまい。マスタングは完全に女好きだったし、娼館に連れて行く前にどのくらいわかっているか見たかっただけのようだし。
「健全な青少年の好奇心を満たす程度にか、目を開けろ」
どうしてだろう。最初からこの男には逆らえない。声を聞くだけで背中が震える。怖いのに離れたくない。だが、近づかれたくない。
「セントラルまでこれで何とかしろ」
口調が変わった。情報をやり取りしていたときと同じ声に。
やれやれと思う。とりあえず最悪の危険は去った。
力の入らない左手に薬瓶を押し込まれた。
「俺はもう出る。お前は落ち着いてからにしろ。ここの払いは明日の朝までしておく」
言い終えるとファーストはもうドアを開いている。
「あ、」
ありがとうと彼の背に言いかけて、自分たちはそんな関係じゃないと気がつく。
「当分借りておく」
今回の件を借りとしておくと言う。
「そのうちまとめて返してもらうぞ」
「早めに返さないと利息がつきそうで怖いな」
「そのときにはお前を丸ごと食うことにする」
軽い冗談のようだが4年後にこれが文字通りの意味だったことにラッセルは気づくことになる。
「肉付きが悪いからまずいよ」
「まったく、もう少し食え。抱いたとき骨があたったぞ」
ドアから半分出て行きかけながらラッセルに向けて何かを軽く投げた。
反射的に受け止める。大きさの割には手ごたえがずっしりと重い。中身が金貨であるのはすぐわかった。
ラッセルは投げ返そうとした。助けられた上にこんな借りまで作るわけにはいかない。だが、象牙色の肌の男はあっさり言った。
「そいつは貸しじゃない。お前の代金だ」
つまり、ファーストはラッセルを奪ったときについでに売買代金も奪ったらしい。この男のことだから、買い手が付くのを待っていたのではないかと邪推できる。
(結構高値で売れたんだな)
重さからしてまじめな上等兵の年収の10倍はある。
(世の中には変人が多いからなぁ)と自分は常識人と完全に自信を持っているラッセルは金貨の袋をつついた。
『じゃあな』ともいわずにファーストは入ってしまった。いつものことだ。急に来て急にいなくなる。不思議に会うのはいつもラッセルが一人でいる時だけだ。とうぜんフレッチャーは兄があんな危険な匂いのする男と付き合っているのは知らない。
また乾いてしまった唇を今度は自分で舐めた。あの男のタバコの苦い味がした。
脳の暴走警報発令中。ちなみにうちのプライドはファーストの姿のときは黒髪黒目象牙色の肌。遠目にはロイを渋めにふけさせたようなおじ様です。正体は…まだ考えてなかったりします。能力は光系を目指していますが、はたして思いつけるかなぁ。
ほんの小さいころにラッセルを見つけて以来、時折人生に介入し見守っています。(別名を○トーカーともいいますが)(大笑)
ラッセルが彼を意識しているのは14歳以降です。
それにしてもあんまり借りを増やすと近々おいしくいただかれてしまいそうで大いに心配です。
ちなみにあのフェロモン全開男ロイ・マスタングの寝室の誘いに引っかからなかったのはすでに免疫があったからなのか?
(人柱は他の者に変えることもできるがニエは替えが無い。この子の価値をわからないとは、エンヴィー無能者が!)
烏が去った後の空を数秒の間、青紫の瞳は睨み上げていた。振り返ったときその瞳は髪と同じ色、最古の洞窟を思わす闇の黒に変わっていた。
「どうした」
ラッセルが部屋中を見回して何かを探している。
「ボストンバック、持ってなかったか、あれが無いと薬が」
「薬?まだ(もぐり)開業中か?」
「いや、…俺の薬」
ビタミン剤程度はどうでもいいが精神安定剤が無いのは困る。あれが無いと急に不安感に襲われたとき身動きが取れなくなる。まして旅先である。動けなくなるのは最悪の事態を招きかねない。いや、すでにそういう事態になっている気がした。やくざ者に売られるのも十分まずいが、売られたら売られたで、逃げる手はある。
(むしろ、今のほうがまずい)
部屋を見て回ってラッセルははっと気が付いた。部屋の大きさに比べあまりに大きすぎるベッド、小さなはめ殺しの窓、ここは世に言う連れ込み宿ではないか!
ファーストがなにやら性質の悪い笑い方をした。
「一応、少しは常識も付いたな。そういうことだ」
「どうして?!」
「気にするな。と言っても無理か。ちょうど近かったからな」
「本当にそれだけか!」
「他の理由も欲しいか?」
「い、要らない」
昔から、この男はこうやっていいことも悪いことも、悪いことのほうが多かった気がするが教えてくれた。いくら実年齢より上に見られるとはいえ、14歳だったラッセルが裏の連中と付き合えたのはこの男が下地を作ってくれたからだ。その意味では感謝すべき恩人だが…。
年は40前ぐらいだろうと裏の連中は言っていたが、どうもよくわからない。肌の質だけを見れば30台前半で通りそうだし蓄えたデータや知識は50歳といっても通りそうだ。黒い瞳はこれ以上深い黒を見たことが無いほど濃い。
あいつの目は黒ではない、あれは闇だと言ったやつがいた。改めて見ても本当にそのとおりだと思った。
ラッセルが知る限りでは仕事は流しの情報屋である。他にもいろいろありそうだが無理に知ろうとは思わない。
(正多角形だけが形じゃない。無理に全ての面を知らなくてもいい)
ラッセルは他人に対してそんな風に割り切っていた。
「見つけたときは何も無かったが、やつらが(闇市で)処分したのだろう」
薬が無い。その事実が動揺を誘った。
ベッドに座り込んで頭を抱えた。セントラルまでどうやって帰ればいいかわからなくなる。落ち着いて考えれば誰かに持ってこさせるか闇ルートを使って手に入れるかすれば済むことだとわかるはずだった。だが、生じた不安感が思考をさえぎる。
目の前が薄暗くなった。見上げると闇がある。ファーストが近々と覗き込んでいた。この男は嫌いにはなれないがこんな風に覗き込まれるのは不快だった。まるで闇に飲み込まれるか、頭の中を触手で探られているような気がする。だが振り払えない。14のとき最初に出会ったときからこの男とは初めて会った気がしなかった。ほんの小さいときからよく知られているような、見られていたような気がする。
「シルバー」
低い声で呼ばれる。この男の声は肌で感じることができる。低い、背中にまで響きそうな声。肌が粟立ったのがわかった。
(名にふさわしい姿になった。この子は全身が『銀』になっている)
ラッセルは知らないが眠っている間に体毛からまつげまで調べられていた。
呼吸が乱れる。胸が痛む。息苦しい。こんな危険な男に弱みを見せたくはないがもうどうしようもない。薬があればまだ押さえが効くはずだ。だが、バックも無く,服も隠しポケットの中の薬ごと消えている。
「シルバー」
また呼ばれた。考えていることをすべてかすりとっていかれそうな声で。
視界がかすむ。脳の一角は心拍数の異常と過呼吸の危険を告げる。だが、わかっていても息苦しさへの対応として起こる過呼吸を止められない。
力が入らなくなる。
どのくらい意識が無かったのかははっきりしない。数秒か数分かとも思った。
冷たい何かを感じている。唇に。同時に息が吸えなくなる。手足をしっかり押さえ込まれている。(こんなに押さえなくても抵抗する力は無いのに)
体のあちこちが痛む。
「暴れるな」低い声が耳たぶを掠めた。
では、暴れたのかと思った。ベッドに押さえ込まれている現状と全身に感じる痛みからしてかなり抵抗したらしい。
それにしてもこのような場所でこんな姿とは、もし誰かに見られでもしたら…
どう考えても一つの結論しか出ないだろう。
(フレッチャーが居なくて良かった)
情けないがそれが一番にうかんだ。
何か冷たいものを飲まされた。どうやら薬らしい。ファーストは飲ませた後ついでのように乾ききったラッセルの唇をなめていく。
即効性の種類だったらしく急速に動悸が治まる。
唇が離された隙に息をはいた。
「おりこうになったな。正直に答えろ。誰に習った」
笑いを含んだ声だが、うかつな答えを返すと相手をバラシかねない。
「聞いただけだ」
うそではない。もっとも全てでもない。軍に出入りするならぜひご婦人とのお付き合いを覚えなさいといって服装から会話術、化粧品会社へのコネと礼儀作法とあらゆることを叩き込んでくれたマスタングが『仕上げに実践トレーニングを』と言い出した。なんだかわからないまま部屋に呼び出され寝室へ連れ込まれ…あの時マスタングが腹部の負傷をほったらかしていなければおそらくそのまま…。対ご婦人用寝室での対策を教え込まれた気がする。
ただ、今ここに居る男に比べたらマスタングなど危険のうちに入るまい。マスタングは完全に女好きだったし、娼館に連れて行く前にどのくらいわかっているか見たかっただけのようだし。
「健全な青少年の好奇心を満たす程度にか、目を開けろ」
どうしてだろう。最初からこの男には逆らえない。声を聞くだけで背中が震える。怖いのに離れたくない。だが、近づかれたくない。
「セントラルまでこれで何とかしろ」
口調が変わった。情報をやり取りしていたときと同じ声に。
やれやれと思う。とりあえず最悪の危険は去った。
力の入らない左手に薬瓶を押し込まれた。
「俺はもう出る。お前は落ち着いてからにしろ。ここの払いは明日の朝までしておく」
言い終えるとファーストはもうドアを開いている。
「あ、」
ありがとうと彼の背に言いかけて、自分たちはそんな関係じゃないと気がつく。
「当分借りておく」
今回の件を借りとしておくと言う。
「そのうちまとめて返してもらうぞ」
「早めに返さないと利息がつきそうで怖いな」
「そのときにはお前を丸ごと食うことにする」
軽い冗談のようだが4年後にこれが文字通りの意味だったことにラッセルは気づくことになる。
「肉付きが悪いからまずいよ」
「まったく、もう少し食え。抱いたとき骨があたったぞ」
ドアから半分出て行きかけながらラッセルに向けて何かを軽く投げた。
反射的に受け止める。大きさの割には手ごたえがずっしりと重い。中身が金貨であるのはすぐわかった。
ラッセルは投げ返そうとした。助けられた上にこんな借りまで作るわけにはいかない。だが、象牙色の肌の男はあっさり言った。
「そいつは貸しじゃない。お前の代金だ」
つまり、ファーストはラッセルを奪ったときについでに売買代金も奪ったらしい。この男のことだから、買い手が付くのを待っていたのではないかと邪推できる。
(結構高値で売れたんだな)
重さからしてまじめな上等兵の年収の10倍はある。
(世の中には変人が多いからなぁ)と自分は常識人と完全に自信を持っているラッセルは金貨の袋をつついた。
『じゃあな』ともいわずにファーストは入ってしまった。いつものことだ。急に来て急にいなくなる。不思議に会うのはいつもラッセルが一人でいる時だけだ。とうぜんフレッチャーは兄があんな危険な匂いのする男と付き合っているのは知らない。
また乾いてしまった唇を今度は自分で舐めた。あの男のタバコの苦い味がした。
脳の暴走警報発令中。ちなみにうちのプライドはファーストの姿のときは黒髪黒目象牙色の肌。遠目にはロイを渋めにふけさせたようなおじ様です。正体は…まだ考えてなかったりします。能力は光系を目指していますが、はたして思いつけるかなぁ。
ほんの小さいころにラッセルを見つけて以来、時折人生に介入し見守っています。(別名を○トーカーともいいますが)(大笑)
ラッセルが彼を意識しているのは14歳以降です。
それにしてもあんまり借りを増やすと近々おいしくいただかれてしまいそうで大いに心配です。
ちなみにあのフェロモン全開男ロイ・マスタングの寝室の誘いに引っかからなかったのはすでに免疫があったからなのか?