金属中毒

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70 罪を盗む

2007-01-03 16:14:00 | 鋼の錬金術師
70 罪を盗む

立ち上がれなくなったラッセルを兵達に預けて、ブロッシュは中将の命令で体育館に入った。
「確認したまえ。これが中佐の練成の結果だ」
そこには骨に皮膚が張り付いたようなミイラがあった。
(これは、何だ?)
ミイラの手が動いた。
(ひっ!)
声にこそ出なかったがブロッシュはあとづさった。
「練成により人体の水分を絞り上げたのだな」
中将の声もかさついている。
「い、生きている」
情けないことに声が裏返った。
「そうだ。外見がここまでになっても生きている。おそらく内臓ではなく皮膚や筋肉から集中的に奪い去ったのだろう。見るのは初めてか?」
うなずくしかない。
「大総統はいたくお喜びだ。この技をもっと広範囲に使えれば戦況を変えることもたやすい。戦闘力としては焔の錬金術師に相当するとおほめになっていらっしゃった」
人間兵器。
彼らの前では絶対に使いたくない言葉が浮かぶ。
「それと、祖父としての礼を伝えてもらいたい。孫を助けてくれて感謝している。                 ただ、       」
中将の言葉は途中で止まった。

すぐに救護車を呼んで輸液の用意をと指示を始めた部下に大総統はただ一言言った。
「不要」
犯人グループは数箇所で同時にテロを起こしていた。そのうちのひとつがすでに解決し、背後関係を含めた必要な情報は得ていた。もはやここのテロリスト達を生かしておく理由は無い。

保健室に運ばれたラッセルをブロッシュは引き取りに来た。いかにもついでのように聞いてみる。
「何をしたか教えてくれてもいいでしょう」
「うまくいったかな。人質は?」
「   みんな無事です」
「絞め殺し草の根を使って、抵抗できない程度に水分を絞っただけだ」
まるで花を植えたから水をやったとでもいう様な軽い調子でラッセルは答えた。
「犯人はみんな倒れていただろ」
「   抵抗しませんでした」
「うまくいって良かった。何しろ始めての術だから完全にうまくいくかわからなかったから」
なにやら、いたずらが成功した子供のような顔をしている。
(つまり、この人はやりすぎたのか)
おそらく人質の安全の為に確実を期したのだろう。
かさかさ。
軽い物が触れ合う音がした。ラッセルの手に10粒ほどの錠剤がある。普段は絶対自分からは飲まないのに珍しい事もある。手の中の安定剤の量が普段より多い。
「疲れましたね」
「…少しね。息苦しいな」
『発作が起きるとすればストレスが引き金になる』
医師と精神科医の共通の見解を思い出した。
人質だった子供達が精神的ショックで入院が決まったことも犯人がミイラと間違えそうな外見になったことも言いたくなかった。しかし、誰かから聞いたらよけいにショックが大きいのではないだろうかとも思う。悩むブロッシュの耳にごーという音が聞こえた。

「あれ、准将の焔だな」
30メートルにも達する焔が運動場の東の端、古い体育倉庫を飲み込んだ。
「きれいだな。前に見たときは遊びみたいなもので足元を焦がしただけだったけどあれが本来の姿なのか」
ラッセルは湧き上る焔に見とれている。彼はイシュヴァールを公式文書でしか知らない。
ブロッシュは焔から目をそむけた。彼はラッセルが知らないことを知っていた。
あの古い倉庫の中には動けなくなったテロリスト達が集められていた。
(ロス少尉、              )

出張の帰りに事件を知り現場に来たマスタング准将は大総統の許可のもと、久しぶりに技を見せるという理由でテロリストごと体育倉庫を焼ききった。

ブロッシュはいくつかのことをつないでいた。テロリストを生かす必要は無いという決定。もしあのまま放置すればテロリスト達は脱水症で死ぬ。それは意識してのことでは無いとはいえ、ラッセルが50人の命を奪ったことになる。
(准将は罪を取ったのか。すでに汚れた手に)
あの高温の焔に包まれて犯人達は苦しむ暇も無かっただろう。そしてそれはおそらく。
(マリアさんも、     苦しまなかっただろう)
ブロッシュはマスタングを許す気にはなれない。おそらく一生許せないだろう。
それでも今焼かれているモノ達が苦しむことは無かったことだけは確信できる。おそらく骨すら残らないだろう。そこまで考えてブロッシュは何か引っかかった。なぜ、マリア・ロスの骨は鑑定できたのか。消し炭のような状態だった。彼女の母と老いた父が娘の遺体を棺に入れることさえ苦労するほどに。
(なぜ、骨が残っていた?鑑定させるために?)
ブロッシュは頭を振っていきなり湧き上った考えを振り払った。もし、万が一そんなことがあったとしても自分がそれを口にしてはならないとわかっていた。
憲兵の中には残虐性を仕事という薄紙に包んだものがいる。もし、マリアが彼らに捕らえられていたら女として人間として最悪の死を迎えただろう。
いずれにしても救われたのだろうか。
焔は急速に収まってきた。
その焔に敬礼する。(マスタンク『大佐』あなたに感謝します)

71 家出

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