心の中のBYJと共に!

ようこそ老年期をまっしぐらに進行中、ハルの韓国旅行時々国内旅行の記録です。

5月19日インタビュー試験終了、と同時に大好きな図書館へ

2014-05-31 23:26:46 | 韓国生活

先週末の筆記試験に続き、この日はインタビュー試験でした。与えられた課題15のうち
8項目は中間試験と同じですから、残り7項目についてどんなことを話すか予め準備をします。
中間の時は準備した文章を暗記しようと頑張って、その結果は緊張で覚えたはずのフレーズ
が出てこず失敗するという目に会っています。
今回は話したい内容を整理するだけにして、文章化は全部はしませんでした。そして暗記も
かける労力の割に、成果が期待できないのでやめることにしました。とはいえできる限りの
努力はしたつもりです。
私が割り振られた順番は3番(4番だったら良かったのに・・・)9時40分開始です。
授業は9時開始でしたから、いつも通り起きて準備すれば遅刻の心配はありません。
不安はありますが、今現在の実力が試されるのですから、ありのままを見ていただくしか
ありません。

インタビュー試験は、前回までは担任が試験官でしたが、今回は違う方だそうです。私たちの
クラスは偶然ですが、学期開始前にどのクラスに入るのが適当か、レベルチェックをして
くださった方でした。すっかり忘れて・・というより記憶してなくって失礼してしまいました。
その面接の時、前回の留学で大変な思いをしたあることについてお話していたので、それに
ついてどうだったかという質問から始まりました。できる限り授業で習った表現を、気にかけて
話したつもりですが、使い慣れない習いたての文法については、あまり使うことが出来ません
でした。かなりの時間それに関連した話に費やした後、やっと課題の中から「あなたの国で
起きた事件のうち、一番記憶に残るものについて」話すよう言われました。中間では原発事故
について話したので、今回これがでたら東日本大震災について、話すことにしていました。

「東日本大震災」とは何を意味する言葉なのか、どういうことが起きたのか、その理由は何か・・・
いわゆる5W1Hを織り込む為の文法があり、それを自在に使いこなせるか見られるわけです。
流暢とは程遠い訥々とした語り口でしたが、3年前の日本に起きたことを話始め、被害状況に
話が及んだ時、われ知らず涙が出てしまいました。つらいなら他の話題に変えましょうと
おっしゃってくださったのを大丈夫ですと、少し続けたのですがもう駄目でした。
一言いう度迫りくる水やもろく崩れていく家々が思い出されて、言葉が詰まってしまいました。
意外でした!私は大きく長い揺れは感じたものの、直接的な被害を受けることはありませんでした。
試験官も「被災地出身ですか?」と尋ねられたほどです。今日一番に受験したクラスメートに
当事者の方がいました。彼女も試験中に泣いてしまったそうです。二人目の私まで泣いてしまって
先生も本当にお困りだったでしょう。止めましょうというお申し出をありがたく受けて、その後は
雑談になりました。私としてはこの日のために2回足を運んだ、映画について話したかったん
ですが話題転換の糸口が見つからないまま既に予定時間は経っていました。

上首尾とはいきませんでしたが、トッコリ(턱거리ー懸垂)通過はできたと思います。
今日は帰国日24日までの残りの時間を一緒に過ごすべく夫がやって来ます。2時半到着予定
ですから、新村へは4時頃になるでしょう。今日はもう近所で過ごすことにして、この間書け
なかったブログの続きを書こうと、試験終了後は図書館への道を急ぎました。
韓国語教育院があるアルぺ館から図書館へは、体育館前の通路を裏門の方面へ向かい途中で
左へ折れます。いつの間にかバラが咲いていました。

しんどい生活を慰めてくれた花たちはすっかり終わっています。夢中で過ごした10週間
いつの間にか過ぎていました。過ぎてしまえば私たちの年代にとって、月日はあっという間です。
図書館が見えてきました。

図書館わきのベンチコーナー近くにひっそり咲いていたアジサイ状の小さな花

明日は午前中卒業式があり、全員参加です。終了後教室で、学校が用意してくれた軽食をいた
だきます。お名残りを惜しみたいほどの関係を誰とも築けなかったのでパスして、今日から
遊びの予定をいれようかとも思いましたが、それこそ最後ですからきちっとけじめをつけて
終わった方がいいし、成績表も早くみたいし、ということで卒業式には出ることにしました。

久々の夫との会食は近所の食堂で、サムギョプサルとカルビの焼き肉に韓国ビールで無事終了の
乾杯をしました。この日はおまけがあり、このお店に我が下宿で一番のチャ―ル センギン 
ナムジャだと、セスクシがいうナンジャが来ました^^v


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

5月12日、ヨンチングと三清閣で待ち合わせ

2014-05-30 22:22:20 | 韓国生活


実は5月に入ったある日、ヨンチングから5/12~15で韓国へ出かけると連絡がありました。
ヨンジュンさんの足跡を訪ねて親交を温めるのはヨンジュン家族の大きな楽しみなのですが、
このところの日韓関係の冷え込みで、ハナヨツアーも1年前から中止されたままでした。まさか
私に会いにというわけでもないだろうと思いましたが、生の韓国を感じてもらいたいといつも
思っていますから大歓迎です。でもできれば日程の相談をして欲しかったなあ!とか、
いらっしゃる気があるのなら、百興庵の旅にもお誘いしたかったなあとか、ヨン友サンたちの
訪韓目的に関係なく自分の都合であれこれ思ってしまいました^^;

彼女たちのスケジュールは中2日で地方へ行く予定が入っているので会えるのは到着日の夜か
帰国前夜のどちらかです。最終日は私の試験前夜でもあるので、12日の夕方ニ会って食事を
ご一緒することになりました。異国でチングに会う。ヨンジュンさんが好きでヨンジュンさんの国を
訪れるチングに、そのお膝元で会う、何だかくすぐったいような気持ちになります。

電話で連絡をとれば簡単に決められる話を調子の悪いパソコンでメールをワッタガッタ!
ソウル駅でのすれ違いが記憶に新しいせいか、ホテルでの待ち合わせを希望するチングに
無理を言って食事場所に近いところで待ち合わせていただくべく、まずは食事場所を
決めなければなりません。それなのに、このころいよいよインターネットへの接続が
スムーズに行かなくなってしまいました。なだめたりすかしたりしながらやり取りして
最後の最後は封印していた電話で確認。

その時初めて知りました。スマートホンで国際通話をする時、登録してある電話帳を
クリックするだけですから、あの面倒な国番号とか、0は抜いてとか何も考えないでいいんですね!
目から鱗のびっくりでした。同時に便利な道具を持っているのに、使わない私ってやっぱり
変かも?と思いましたが、便利さに流されたくないとあくまでも頑固を貫く予定です。

午後5時に三清閣シャトルバス乗り場で待ち合わせ、新村から2号線でチュンチョンノまで行き
5号線に乗り換え光化門へ。光化門では教保文庫のある出口から地上に出ると、三清閣行き
シャトルバス乗り場があります。久々に会うヨンチングの顔を思い浮かべながら北上する
三清洞通りは新緑で美しく彩られていました。バスが敷地内に入って所定の位置に止まるのを
待つのももどかしくチングの姿を探してしまいました^^
約4か月ぶりのお顔が嬉しく堅いハグを交わし、半日にして既に愉快な珍道中満載のお話を
聞きながら、かのイタリアン目指して一目散のはずが、道を間違えて遠回りさせてしまいました。

イルサンはあいにくの定休日でしたが、イタリアンではオーナーが元オペラ歌手だという
ことを以前一緒に来たチングが覚えていて、情報を披露すると喜んだ某チング、オーナーに
是非聞かせてはいただけなかろうかと所望し・・・気を良くしたオーナー、朗々と高らかに
歌いあげてくれたのは何という曲だったのかしら?
注文したピッツァ2種、海鮮トマトパスタに海鮮クリームパスタ、そしてグリーンサラダ、皆おいしく
とりわけ海鮮クリームパスタのクリームのおいしさは大好評で大盛りを追加注文して楽しく
完食しました。

お茶はイルサンの代わりに、壽硯山房(スヨンサンバン)へ。朝鮮戦争時北へ行ってしまったという
小説家の旧居をそのまま利用した、韓国情緒たっぷりの伝統茶屋。一番人気の三方に窓がある高床式の
お部屋があいていたというのに、残念ながらそこを利用できるのは4人までということで、別な場所に
なりましたが、こってりしたイタリアンをいただいた後の伝統茶(私は菊花茶)はすっきりして格別の
お味でした。名残を惜しんでいつまでもいたいのは山々なれど、チング達は明日早朝スタートの
スケジュールが、私は帰って試験範囲のおさらいをということで適当に切りあげました。短い時間
でしたが、ソウルでヨンチングと共有した時間は今回の韓国生活の中で貴重な楽しい時間となりました。
(冒頭の写真は、私たちの座った場所から見える壽硯山房(スヨンサンバンのお庭です。)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

百興庵への旅(プチョニムオシンナル)その4

2014-05-25 22:26:46 | 地方旅行
昨日90日間のソウル滞在を終え帰国しました。出発前の楽しいことをたくさん
伝えていきたいという思いとは裏腹に、授業開始後はアップ自体ままならぬ日が
続きました。ひたすら授業に出て宿題をこなす日々、一見何の潤いも楽しみも
なさそうなそんな日々も、学ぶこと自体に喜びがあり何とか学期終了の日まで
持ちこたえることが出来ました。
応援してくださっていた方々のお陰と感謝しています。ありがとうございました。



お待たせしました。百興庵への旅の続きをご報告します。(中ほどまで全然
写真がありませんが頑張って読んでくださいませ)
前回の報告で、特別に暖かくも冷たくもなく迎えていただいたといいましたが
実はある意味特別扱いをしていただくことになってしまった面がありました。
お茶をいただいたお部屋で、引き続き韓国人のアジュモニとくつろいでいると
こちらでお休み下さいと、大部屋では無いところをご用意していただくことに
なってしまいました。普段は尼僧たちの居住空間になっているお部屋で、既に
お布団も延べてあって、部屋の中はオンドルが効いてとても温かくなっていました。

韓国のお布団は上下の区別をしない場合もあり、ここではベッドパットのような
厚みのものが2組ずつ置いてありましたが、慣れない私たちが寒いかもしれないと
わざわざ「寒くないか」と聞きに来てくださった方がいらっしゃいました。
アジュモニによると百興庵のご住職ということでしたが、気づいてみると
4年前にメールを下さって食後のお茶を淹れてくださった尼僧でした。友人が
所望すると普通の厚みのちゃんとしたお布団を持ってきてくださいました。
そのお布団はアジュモニの説明によると、ご住職が使っていらっしゃるものだ
そうです。

大部屋に雑魚寝が当たり前と了解して出かけているのに、こうして特別な配慮を
していただくと、有難さよりかえって余分な心配をかけてしまったことに、申し
訳ない気持ちになってしまいます。またこのご配慮は、私たちのためというより
私たちが韓国の人々の中に混ざることに対して、韓国の人々の中に戸惑いが生じる
可能性を想定してのご配慮かもしれないと想像しています。この点では今後は
宿泊でなく日帰りとか、別な形を考えていこうと思います。

複雑な頭の中はおいて、アジュモニもご一緒してくださるようお願いして 
その部屋に移ると、他の信徒の方々も時折こられたり、ご用のある尼僧が入って
こられたりと賑やかに過ごすことが出来ました。信徒同士の会話を聞いていると
お互いを「ポサルニム」と呼んでいらっしゃるようで、成程お寺の中にあっては
信徒の善男善女は、皆仏様であり菩薩様だということなのかと思ったりしました。

プチョニム オシン ナルには徹夜供養といって午前3時から始まるお勤めが
あるのですが、折よく始まる直前に眼が覚めたので、それにも参加しました。
4年前は堂内いっぱいに、信徒がぎっしり並び声を合わせて読経する様子は
厳かな中にも興味深く、見よう見まねながら必死にお参りしたのですが、今回は
参加する尼僧も信徒も格段に少なく(計2・30名)ひっそりとしていました。
始まってすぐチング達もやってきて、しばらく参加。途中数名の僧を残して
みなさん引き上げられるようだったので、私たちもそこで終了。

チングのチングはすぐ部屋に引き返し、喉の渇きを訴えるチングと私は、2層に
なった門の上の部分で、一晩中お茶の接待をしていらっしゃる尼僧のもとへ行き
お茶をご馳走になりました。この時のお茶は、ゴボウを薄くスライスして
乾燥させたゴボー茶でした。乾燥させる前に何らかの加工をするのかどうか
お話した記憶はぼんやりあるのですが、記憶が飛んでいます(残念)。香ばしかった
記憶があるので炒るか焼くかしてあるとは思います^^;
この後また朝食までひと眠りしました。

朝食は、昨夜ここで寝るのかしらと話していたお部屋で、夜より若干少なめの
品数のパンチャンと汁もの、果物数種をいただきました。
食後、アジュモニが朝の散歩をしましょうと誘ってくださったので、山の緑の中
朝の静謐な空気を想定してついていったのですが・・・・。



平地では既に終わってしまった花が、ここではまだ楽しむことが出来、昨日と
同様山道に咲いている花に眼をとられて歩いていると、幾らもあるかないうちに
下から登ってきた車が、アジュモニがお願いしたのか、その方がご親切で乗せて
くださったのかわかりませんが、乗せていただくことになりました。乗る時には
これでは散歩にならないと、若干不満だった気持ちが、次第に安堵に変わって
行きました。なだらかなのは山の入り口から百興庵までで、そこから上は当然
ながら上に行くほど急になりました。
ソウルと違い空が青い!と感動してとった写真↓右の方に見える白い部分が階段で
そこを上っていってお参りします。


最初に訪れたのは、乗せてくださった方(僧侶)が向かわれるお寺で、堂内には
自然石を利用して仏具を配置した仏様が安置されていました。ここは手を合わせて
一礼してすぐ次へ向かいましたが、そこへは最初のお寺でお会いしたアジュモニの
お知り合い(?)の方の息子さんが、やはり車で送ってくださいました。途中には
小さな滝もあって景観の良いところでした。駐車場で下していただいて岩場に
作られたような細い通路を通って、幾つかの小さなお堂をお参りしながら上に
登って行きました。
こんな山奥のお寺に飼われていたわんこ↓柵の外は崖になりますがわかりますでしょうか?


散歩ならぬロッククライミングでもする気分になりそうな場所をスタスタ登って
行くアジュモニ。散歩に出たはずがこれじゃ登山じゃないかと不平がでる私。
こんな風になっているところがありました。歴史ドラマに出てきそう!


岩の間で何かがチョロチョロ動いていたので、リスかなと思って聞くと○○鼠と
最後にネズミを意味する言葉がついたので辞書を引いてみると確かにリスでした。


駐車場の手前まで戻るとこのお寺に参詣に来る方々をもてなす準備が着々と
進んでいました。私たちもここを訪れた善男善女ということでおもてなしに
あずかりました。みずみずしい西瓜が渇いた喉においしかったです。

散歩と言われて行ってみたら思わぬ山歩きになってしまった朝の散歩でした。
往きは良い良い(車でドライブー細く傾斜のある道をジェットコースター感覚で)
帰りはひいひい言いながらスタスタ歩くアジュモニに必死でついて行きました。

百興庵に戻ると、さすがプチョニムオシンナル当日、賑わいがありました。
大きな竈のある供養間では、竈に火が入りもてなしの準備真っ最中でした。
お寺の行事としての特別な催しは特にないと聞いていたので、ここでお暇を
することにしてアジュモニと連絡先を交換しました。門の外には昨日は門の上に
もうけられていた受け付けが、今日は門の外にテントを張って置かれていました。
そこに昨夜のご住職がいらしたので、持参したヨンジュンさん所縁の羊羹の詰め
合わせをお渡しできました。帰りは、この日のために麓と百興庵を結んで運行
されるシャトルバスに乗せていただいて降りました。銀海寺から東大邱までは
バスを乗り継いでと思っていましたが、距離も大してなさそうだったので、バス
でもタクシーでも早く来た方に乗ろうと、バス停で待っていたらタクシーが
先に来ました^^


東大邱からソウルへは、連休中とあってKTXは全てソウルドアウト。本数の多い
高速バスで戻ることになりました。お昼はバスターミナル内にあるコーナー食堂で
済ませ、さらに残った時間はターミナル2階のカフェでお茶をすることにしました。
ここのマダムの美貌と若さに、今まで韓国女性の皮膚の若さにはびっくりさせ
られることが多かったのですが、極めつけのびっくり体験でした。今度こそ
50代だと思ったその女性、昨夜のアジュモニよりさらに高齢でした!

バスは渋滞に遭うこともなく快適に走り、途中休憩所では旅の定番熱々
焼き立てのクルミ菓子を楽しみます。ソウルに入ってターミナルまでが少し
混んだようで、ターミナルに入る前の場所で下されてしまいました。
日本ではありえないことかもしれませんが、韓国では何があっても驚かない
覚悟が出来ていますのでケンチャンタ!

1泊2日だったというのに山寺に泊まって帰ってきただけという贅沢な時間の
使い方になってしまいました。もう一箇所どこかへ行きたかったチングには
申し訳なかったのですが、私には忙中閑ありとちょうど良い気分転換でした。

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

百興庵への旅(プチョニムオシンナル)その3

2014-05-19 10:44:46 | 地方旅行
ご無沙汰しました (^▽^)
試験が全て終了し、最後になるであろう図書館への道をのぼってきました。この間応援して
いただいてありがとうございました。心よりお礼申し上げます。
引き続き百興庵への旅やこの間お伝えできなかった話をボチボチ上げていきたいと思っています。
応援していただけたら大変嬉しいです。


ずいぶん日にちが経ってしまいましたが、5月5日にでかけた百興庵への旅(その3)をお送りします。

ヨンジュんさんの著書「韓国の美をたどる旅」で百興庵を知り、プチョニムオシンナルを待ちかね
訪問して以来早4年、百興庵は門のあちこちの戸を開いて変わらぬ姿を見せてくれていました。
(が、よく見ると塀の一部が壊れていました。◎!◎)


早速受付へ行き提灯の寄進を申請。(あらかじめ訪問を連絡し折り返しメールもいただいての訪問
だった4年前とは違い、今回は直前になって訪問を伝えただけでした。一部に論難がある時期に
行くことが、どう受け止められるか若干の躊躇いがあったため、いきなりの訪問になってしまいました。
信徒でもない旅行者が珍入することへ、若干の後ろめたい気持ちもありつつの旅でした。でも特別に
暖かくも冷たくもなく、ただの訪問者として対応していただけたとホッとしています)。
短冊をいただいて住所氏名を記入し気に入った提灯に短冊を吊るします。夜にはこの提灯にろうそくの
灯りが入り美しくも楽しく幻想的な雰囲気となるんです( v^-゜)♪


あとは仏さまにお参りし一通りチングを案内。国宝の須弥壇を激写(の積もり)!


天井


夜の境内


夜になるとさすがに山の中、冷えてきます。薄暗くなってきた頃、食事をどうぞと言われたので
行ってみると、4年前に食事をいただいた建物の奥に、新しい建物が建てられて、そちらで
いただきました。
4年前はそれが第一目的だった山寺の、手作り野菜で作られた料理のへの期待が、今回は来られた
こと自体で既に満ち足りていました^^一品一品激写した4年前と違い撮った写真は↓の1枚だけです。
器の中央にご飯を盛り、用意されたお料理を一つまみずつその周りに少しずつ取り分けたら
こんなになりました。小さいと分かりにくいので大きいままアップしてみました^^

食後はもうすることもありません。宿舎らしい場所に収まる以外にないのですが、指定のその部屋はオンドルが
入ってはいるらしんですが、微妙に弱くて寒すぎました。他に誰もまだその部屋には来ていませんし、人のいない
大部屋というものは、あまりに寒々としています。ここに落ち着くには早いと、他の訪問者たちがどうしているか
様子を見ようと外に出たところで一人の尼僧にばったり。
「お茶をさしあげましょう」と誘ってくださり、暖かいお部屋に戸って4人でのお茶となりました。
しばらく一緒にお茶をしてくださった尼僧は、ご用があるらしく姿を消されました。寒さのせいもありやたらに
解憂所へ行きたくなります。
行って戻ってくると一人の女性信徒が、やはり寒かったせいか、このお部屋に入っていらっしゃいました。
ほんのしばらくはお互い黙ったまま過ごしていましたが、やがてご自分が九州方面へ旅行したと時写した
写真を、スマートフオンを開いて嬉しそうに見せてくださいました。人懐っこそうな可愛いアジュモ二
風に見えました。お年を聞いてビックリ!今まで出会った韓国の女性は、出会うたび、その若く見えることに
驚くことが多いですが、このアジュモ二にもびっくりでした。私より少しお若いかなと思ったら、何と70才だとか!?

この後このアジュモ二とはずっとご一緒していただくことになって、心細い山の中の一夜がぐっと楽しいものに
なりました。(この項帰国後PCで、てにをは等訂正いたします。試験終了後図書館へ向かい途中まで書きかけて
保留中でしたが、ひょっとして待っててくださった方がいらっしやるかと思い、急ぎアップさせていただきます。)


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

しばらく投稿をお休みします。m(. .)m

2014-05-12 14:27:45 | ご挨拶
ご訪問ありがとうございます。おかげさまで訪れて
くださるくださる方もすこしずつ増えています。
今日はアップがあるかと期待して訪れてくださった方には
申し訳ありませんが、しばらくお休みさせていただきます。
いよいよ授業が木曜で終了し、期末試験が週末~来週月曜と
あります。
天候が一定しないときですので、ご健康に注意され来週まで
お元気でおすごしください。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加