心の中のBYJと共に!

ようこそ老年期をまっしぐらに進行中、ハルの韓国旅行時々国内旅行の記録です。

英陵3

2016-07-30 13:35:34 | 地方旅行
本格的な夏晴れの昨日、お寺のお施餓鬼会に出かけたウリナムピョン、置いてけ
ぼりの私は、昨日今日鬼の居ぬ間の二日間、ずぼら三昧を楽しんでいます^^;



英陵1・2はいってみれば英陵テーマパークと云った物のご紹介でした。
いよいよ今日は英陵そのもののご紹介です。展示物の奥へさらに進むと
ここからがお墓の領域ですと示すのか、門があります。

訓民門


門の向こうは、陵までず~っと続く一本道、参道の両脇には美しい芝生


芝が美しい状態で保たれているのは、常に管理する人々が居るお陰


参道を真直ぐ進むと、小さな水の流れがあり橋が掛かっていました。


禁川橋


この流れは、陵の前に流れる川を崇めお溝、または禁川といい、ここに
置かれた橋を禁川橋というそうです。
橋の向こう側の赤い鳥居の様なものは、普通廟の前に立てる赤い門(王の
霊魂が宿る神聖な領域であることを表し、風水地理説の背山臨水ー山を
背にし、水を眺める地勢)の意味も持っているとのこと。

神道


丁字閣正面(墓前祭を摂り執り行うための建物、俯瞰すると丁の字の形)


丁字閣横面


丁字閣から見た陵




陵の周囲には低い塀がめぐらされています。


死後王の魂を守る兵や臣下の像







いかがでしたしょうか?広大な英陵、人々は自然に親しみながら遥かな昔
大きな心で民を愛した王様の霊魂と触れあい偉大な王をいただいた喜びを
再確認することでしょう。

権力者でありながらこれほどまでに慕わしい人物を、日本史の中に探すと
誰が居るでしょう?
聖徳太子を思いついたんですが・・・、ちょっと謎が多くて、神話の世界
に近いイメージがありますね。



コメント (8)

英陵2

2016-07-28 23:00:16 | 地方旅行
英陵訪問の続き、写真の登録に手間取り、やっとアップできます^^;
NO1では天体観測に関連した器具類をご紹介しましたが、今日は音楽など
その他の分野です。時間が経って何だったかわからなくなったものもあり
説明不足で申しわけないです・・・。




英陵の門を入ってすぐの野外には、天体観測に関する発明品の展示があり
ましたが、その一角を過ぎると世宗殿という建物があります。
世宗がかかわった発明品の屋内展示場です。

楽器類


一番左の楽器など、学期というより装置という感じです。
小さな銅鐸の様なものがたくさんぶら下がっています。きっと厚みなどで
重さが変えてあって音に違いがあるのだと思います。

台の足の部分の支えが木彫りの動物で出来ていてユーモラスです。















世宗時代にハングルで作られた書籍





           「龍飛御天歌(ヨンビオチョンガ)」


屋内展示を見終えて外に出ると、また発明品の展示がありました。

自撃漏(水時計ー播水台から流れ落ちる水が受水筒に溜まると
時間の目盛りが浮かびてこの原理の自動調節装置を動かし自動的に
鐘と太鼓と鉦を打ち時間を知らせる)




風旗台(風の向きと強さを測定し、気象を予測する)


測雨器(降雨量を測定する世界で初の雨量計)




天体観測や気象観測に関するこれら発明を見ていると、農業を基盤と
していたであろう朝鮮の民の暮らしに直結した必需品を、王たる世宗
自ら率先して作りだそうと奮闘した姿が見えてきます。(続きます)



コメント (2)

NHKの「日曜美術館」に思う

2016-07-24 17:32:57 | つぶやき
朝、遅い朝食を取りながら何気なく見ていたNHKの日曜美術館。鎖国の
江戸時代に唯一世界に開いていた窓、長崎にオランダ商館の医師として
赴任したシーボルト。オランダは彼に日本の情報を収集する任務も受け
様々な情報や物品を集めたという。

分野の多様さに驚いていると、番組ではそれらの物品を収集し愛した
シーボルトの日本への思いが【200年の平和が続いた国には、きっと良い
ものがあるに違いない】事にあったとか・・・(メモを取っていないので
ちょっと不正確です)

ヨーロッパでは、戦争や近代化によって自然が壊され文化が破壊され
るのを見た彼が、様々の物品を収集していく過程で、市井の庶民の間
にすら豊かで多様な文化が根付いている事に感動した云々といったことが
語られた。

‘戦争の無い所に文化が根付く’‘平和な国に根付く豊かな庶民の暮らし’
というフレーズが頭の中を渦巻く。

これは戦争への道を開いた安倍政権への批判的メッセージなのでは?

報道機関が安倍政権の圧力で、批判精神どころか報道までも政府に
都合の悪いことは一切報道しないなど偏向し始めていると云われているが、
報道分野以外では、まだメッセージを発信しようとする人々が居るのかも
しれないと思えた一瞬だった。




「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」展、9月4日(日)まで国立歴史民族
博物館、9月13日(火)~11月6日(日)江戸東京博物館、以後長崎・名古屋・
大阪と続くそうです。
コメント (2)

英陵

2016-07-22 12:23:00 | 地方旅行
ここ2・3日は雨が降って少し過ごしやすいですが、この雨も局地的に豪雨と
なるなど、気になる降り方をしています。豪雨とくれば、土砂災害が起きる
のが心配になりますね。
一昨夜は地震が相次ぎ、少し不安な気持ちを抱いてしまいましたし、何事も
ない平穏な日々が一番です。


今日は英陵のご紹介です。
韓国滞在も終了が迫っていた6月4日、前々から行きたかった英陵に行きました。
行き方は江南の高速バスターミナルか東ソウルバスターミナルからバスで一時間
半程度、目的地の驪州(ヨジュ)バスターミナルからは市内バスの本数が少な
そうなのでタクシーにしました。(バスターミナル前に乗り場がありました。)

英陵入口の説明板に世宗の業績についてまとめてあったので、この日の報告の
トップの写真にしようと写してきました^^




英陵は世宗大王と昭憲王后を合葬した陵だ。世宗大王は朝鮮朝第四代の
王として1418年に王位につき、1450年崩御したので在位32年、
54歳だった。

世宗大王は我が国歴史上最も偉大な聖君としてハングル(1997年ユネス
コ世界記録遺産登録)を創製し、測雨器、渾天儀、日時計、など科学器具
を発明し製作した。
雅楽を鼎立し北方の野人を征伐し、四郡と六鎮を開設し我が国の国境線を
鴨緑江と豆満江に確定し、日本の対馬征伐を行い国防を固めた。
学問を尊び学者を育て、活字を開発し月印千江之曲:仏陀の功徳を讃える
歌、龍飛御天歌:朝鮮の建国を讃える歌、農事直説:農業技術集、三鋼行
実図、八道地理誌、釈譜詳節:釈迦一代記、醫方類聚:医学百科事典など
数多くの書物を発刊した。又農業を奨励し民を愛し善良な聖徳が天のよう
に高かった。

英陵は元来ソウルのホン陵の西側にあった物を叡宗一年(1469年)に
驪州へ移した。
世宗大王の偉大な業績を崇慕しその偉業を今日に継承して民族文化創造の
基礎とすべくと1975年から1977年にかけて世宗殿を新築し境域を整備し
現在の様になった。



世宗大王については、中学だったか高校だったか世界史で隣国の朝鮮時代の
王であリ、訓民正音(ハングル)を作った人であるという認識はありました。
文字を発明!、それ自体凄い事ではありますが、取り立てて関心を持つには
至りませんでした。ぺ・ヨンジュンが家族(ファン)に韓国文化を紹介する為
に執筆した『韓国の美をたどる旅』で、今まで知らなかった世宗大王の多面
的な人物像を知り我然興味が湧きました。

ハングル創製だけをとっても、漢字を信奉する臣下との熾烈な闘いがあった
こと、執拗な反対派も切り捨てたり抑圧したりせず徹底して論争をし「動機と
過程、結果の全てがすばらしい成功例だ」という。

西洋でルネッサンスが花開いていた丁度同じ時期、朝鮮では世宗大王主導の
もと朝鮮ルネッサンスが花開いていたのです。

では具体的に彼が作らせた物を見てください!

渾象(星の位置の測定器)


簡儀(高度と方位、昼と夜の時間を精密に測定する一番代表的な天文観測器)


日星定時儀(日時計と星時計の機能を一つにした時間測定器)


小簡儀(簡儀の小型版、移動に便利)


天平日晷(日時計)


天平日晷(日時計)


定南日晷(日時計)


仰釜日晷(一番良く使われた日時計)


観天台(天文観測台、別名簡儀台)


圭表(一年の長さが正確に何日であるか-365日1/4、また24節気を調べる道具)


↑の部分


(発明はまだまだ有りますが、一部省絡。他分野の発明は屋内展示場である
世宗殿にあります。今日のご紹介はここまでとします。)続きます。














コメント (2)

最新ぺヨンジュンー『黒柳徹子だけが知っているTHEテレビ伝説60年史』にVTR出演

2016-07-18 20:21:00 | ぺヨンジュン
2016年7月17日午後6時57分からテレビ朝日にて、標記プログラムが
放送され、終了少し前にペ・ヨンジュンさんのビデオ・メッセージが
流れました。わかりやすいコメントでしたが、前半が若干早口で
聞き取りにくい部分がありました。
家族からの依頼もあったのでテープ起こしをして見ました。
何ヵ所かはさらに、助詞が入るかもしれないと思えなくも
ありませんが、9割がた大丈夫だと思います。



안녕하세요,테쯔꼬산 배용준입니다.
아・・・저는 2005년9월 ‘테쯔꼬노헤야’에
출영하면서 처음 인사드렸었는데요
일본의 토크 쇼 출영 처음이라 많이 긴장하고 떨렸었는데
테쯔꼬산이 편하게 잘 이끌어 주셔서
무사히 찰영 마쳤던 기억이 납니다.
아, 혹시 그때 주신 선물인데 기억하세요?
아직도 간직하고 있습니다.
앞으로도 더 건강하게 그 자리를
지켜주시기 바랍니다. 감사합니다
.



こんにちは、徹子さん♪ ぺヨンジュンです。

私は2005年9月に『徹子の部屋』に出演し初めてご挨拶したんですが
日本のトークショー出演は初めてなので、とても緊張して震えたんです。
徹子さんが上手にリードしてくださって無事に撮影を終えたことを
思い出します。
あ、ひょっとして、その時いただいたプレゼントなんですが覚えて
いらっしゃいますか?
まだ大切に持っています。
これからももっとお元気にご活躍なさることを願っています。
ありがとうございました。

コメント (11)