俺の翼に乗らないか?

スターフォックスの一ファンのブログ

『nearpathy』

2015年12月01日 23時11分52秒 | アナザーストーリー
 ふるさとのことを、とフォックスは言った。
 やっと言えたという安堵と、胸に石がつかえたような重苦しさが、同時に生じる。
 最後まで言えたからといって、胸のつかえが消える保証はない。むしろ、癒えかけた傷を深めることになるやもしれない。
 だが、何をためらうことがあるのだろう。
 扉を開かなければ、先には進めない。その先が天国だろうと、地獄だろうと。

「……え?」
 クリスタルが、こちらに向き直りながら言う。
 もう一度、フォックスは言った。
「聞いてもいいかい。ふるさとのことを」
 澄んだ瑠璃色の二つのひとみが、満月よりも丸くなる。
「……いいわよ」
 微笑みとともに返ってきた答えを聞いて、フォックスはほう、と息を吐いた。

 ヒメガカリの群生する森を見下ろす丘の上。草葺きの屋根の家。
 陽のあたる窓辺に置いた薬草の鉢。すぐ外の畑には、キサラ豆が土も見えないほどに深い緑の葉とつるを伸ばしている。
「私の生まれ育った家はね。代々、魔術師の家系だったの」
「魔術師だって? 魔法を使うのかい?」
「魔法だなんて、そんなに大袈裟なものじゃないわ。痛み止めや熱さましの薬草を作ったり、木の実や鉱石から薬を調合したり。……それから、迷える人の悩みに助言を与えたり、未来を占ったりもしていたわ」
「未来を知ることもできるのか!?」
「未来を予見するわけじゃないわよ」クリスタルは笑って言う。
「正確に言うなら……、未来のことを話題にしながら、いま現在のことを深く見つめるの。今の自分のことは、わかっているつもりでも実はわかっていないことも多いから」
「……」
「話しているうちに落ち着けば、たいていの人は自分で答えを見出して、帰ってくれるものよ。本当に重要な、人生を左右することを、本気で占い師に聞こうと思う人はそういないわ」
 ふふ、と笑う。
「それでも、ほんの時たま、真剣に未来を教えてくれっていう人もいたわ」
「その時は、どうしたんだ?」
「……心を覗かせてもらった」
 フォックスは思わず、彼女の顔をまじまじと見つめた。
 彼方を見通すようなひとみを宙に向け、クリスタルはゆっくりと話し続ける。
「力を使うのは、本当に困ったときだけ。けどね、力を使ったあとも、けっきょく困ってしまうことのほうが多かった。
 自分がどうしたいか。それを心に決めている人なら、すぐにわかる。ただ、そこで背中を押してあげたほうがいいのかどうか。押したことで、相手にとってよい結果をもたらすのかどうか……そんなこと、私たちにはわからないもの。
 それに。力を使いすぎると、とんでもないことになるから」
「一体、何が起こるんだ」
「相手の心を覗きすぎると、それが元は相手の思考だったのか、それとも自分の考えだったのか、区別がつかなくなるのよ。結果、相手を客観的に見られなくなる。その時点で、占い師としては失格ね」
「君の家系の人たちは、みんな君と同じ力が使えたのかい?」
「そうよ。でも不思議なことに、女のほうが力はずっと強かったけど。
 なあに? 力があるのは、私一人だけだと思っていたの?」
「いや……その。逆だ。君の故郷では、みんな君と同じ力があるのかと思っていた」
「そんなはずないでしょ」ぷっ、と吹き出して言う。
「どうしてだい?」
「どうしてって……みんな持っていたら……、」
 クリスタルの顔にほんのわずか翳りが生じ、だがすぐに微笑みがかき消す。
「みんなが持っていたら……、こんなに上手におしゃべりができるはずないわよ。心に直接語りかけて会話できちゃうんですもの、誰も音声で意思疎通しようと思わなくなる。舌が退化しちゃって、味覚専門になっちゃってるはずだわ」
「なるほど。それは言えてる」
「……そうでしょ?」
 いったん口をつぐむと、彼女はころりと転がり、フォックスの顔を覗き込んだ。
「ねえ」
「な。何だい」
 鼻先が触れ合うほどの近さに、クリスタルの顔がある。大きな二つの満月の横で、やわらかな体毛が、風のわたる草原のように揺れる。
「どうして、私とフォックスの間でも、この力が使えるのかしら。私とフォックス、生まれた星がまるで別の場所にあるのに」
「それは」言葉が耳に入るが、フォックスの脳にはまともに届かなかった。かわりに自分の心臓の脈打つ音が、両のこめかみまで響いてくる。
「私のおばあちゃんがむかし話してくれた物語。遠い遠い私たちのご先祖様が、生まれ故郷の星を出発して、全滅を避けるために細かく分散しながら旅をつづけ、それぞれが別の星系にたどり着いた。……つまりね、私とフォックスの祖先をたどると、もとは同じひとつの種族ってこと」
「そう、かもしれない」
「それなら、説明がつくと思わない? 私の頭の中には、他人の思考のパターンをうつしとる鏡みたいな領域があって……その領域は、きっとフォックスの頭の中にもある。
 私の家族は、その領域がとくに発達する突然変異をもった血族だったのよ」
「それで……」
 その先をフォックスは言えなかった。クリスタルの唇がフォックスの口を塞ぎ、やさしく甘噛みした。
〈言わないで。ただ感じて〉
 まぶたを閉じて自分に体重をあずけている彼女の心の声が、フォックスの頭蓋に反響した。
〈力はね、こんな使い方もできるの。telepathy(テレパシー、遠隔精神感応)じゃなくて、nearpathy(ニアパシー)ってとこかしら〉
〈……今までにも、使ったことあるのかい〉
〈ばか! はじめてに決まってるでしょ!〉
〈ゴメン〉
〈いいのよ〉
 ふたつの尻尾の先がからみあう。
 互いにゆっくりと甘噛みをくり返す。
 あたたかい体温を感じる。体毛と皮膚、筋肉の手触り、脈動する血液の流れまでが伝わってくる。
 薄く目をあけて、目の前の顔を見る。
〈こんなに美しい人が/俺なんかがこんな/この人しかいない/俺だけの/私のすべて/伝わってしまう/あたたかくて/考えていることがみんな/嬉しい/とても安らぐ/恥ずかしい/一緒に/心を/隣で/隠さないで/ありのままでいて/自然な自分でいて/離さずにいる/わかった/君ならいい/心を視られてもいい/でもちょっと重い/ばか!/ゴメン/許した/大丈夫?/大丈夫/怖くない?/怖くない/なにもかも/受け入れたい/受け入れてあげたい/長い旅をしてきて/やっとめぐり会えた/くすぐったい/気持ちいい/やさしく/あ/ふあ/可愛い/とても/とても/とても/とても〉
 ふたつの思考の波はとけあい、まじりあって、温かい粘液のようにうねる。
 互いの腕が、脚が、相手に触れる感触をも共有して、ふたつの獣はまじりあってゆく。
 今ふれているのは、自分? それとも彼女?
 甘い声を漏らしたのは? せつなげにあえいでいるのは?
 挿しいれているのは? 受けいれているのは?
 ゆれているのは? 抱きとめているのは?
 どちら? どちら? どちら? どちら?
 あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ。
 ああ。

 真白い閃光が目の奥に広がる。
 快感の波がふたつ、身体をつき抜けてゆく。
 ふたつの波は重なり、大きな山と谷をつくる。うねりが体の表面を這うたび、身体に心地よい電撃が走り、筋肉が痙攣する。
 そのまましばらく、ふたつでひとつの獣たちは、走り抜けるうねりの余韻に浸りつづけていた。

 ――。
 目を開ける。
 のろのろと腕を持ち上げると、てのひらを目の前にかざして、ゆっくりと握り、また開いてみる。
 自分の腕、自分のてのひらだ。紛れもなく。
 つながっていた体と心は、いまは元通り、きれいに分かれている。
「どう、だった?」
「すごく……良かったよ。とても嬉しかった。いまが物足りなくなるくらい」
「それが危険なの」
 目を伏せて言う。
「言ったでしょ。心が通じすぎると、自分と相手の境界がわからなくなる。どちらかが間違った道を選べば、もう一人も同じ間違いをおかすことになるのよ」
「そう、か……」

 フォックスは思い出していた。
 自分の記憶ではなかった。
 彼女とつながったとき、思考のパターンのその奥に格納されていた記憶。
 遠隔の精神感応であれば見えるはずのないその記憶を、見て聞いて、知ってしまった。
 
 それは彼女の祖先の記憶だった。
 あやまちを、受けた傷を、子孫には繰り返させないための警告として、受け継がせた記憶。
 一族が集落の外れで、魔術師として生きなければならなかった理由だった。

 カミソリのような/むきだしのナイフのような。
 遠慮のない/思慮のない/悪という自覚さえない悪意。
〈聞いたか/あの一族の女のことを/つながれば/心の中がまるごと見える/雌の歓びが/こちらまで流れ込んでくる〉
〈この上ない/玩具/御馳走/娼婦〉
〈さらえ/狩れ/奪い取れ!/涙を流す女どもを/その場で犯してやろう〉

 あとは、地獄としか言いようがなかった。
 下卑た衝動のままに、身体にも、心にも、土足で踏み込み、笑いながら引き裂いていく、けだものたちの姿があった。

 その光景を、フォックスは呆然と見ていた。
 こんなものを受け継ぎながら、君の一族は生き延びてきたのか――。

 考えるより先に、フォックスは腕を伸ばし、クリスタルを抱きしめていた。
「見え、たの」
「ああ」
 天国も、地獄も、その身に宿したひと。
 だが地獄のほうには、意地でも近づけさせない。
「俺と一緒に生きろ。クリスタル」しっかりと言葉にして言う。
「うん。――そうする」そう言うと、彼女は腕の中に体を預け、ふたたび瞼を閉じた。
 

最新の画像もっと見る

コメントを投稿