カトリック菊池教会 


毎週の福音書と典礼にそって人生の素ばらしさを探る一言
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毎週の一言 B年 年間第二十九主日 (世界宣教の日)

2009年10月15日 | 神父様からメッセージ(B年)
イエス様のことを愛される皆様へ、

秋の実りの中で熊本県の特産としては柿と生姜があります。柿は山地に自生しますが、古くから栽培もされていました。初夏に花が咲き、秋に赤黄色の実を結びます。叉、生姜(しょうが)の生産高は全国二位といいます。これから出荷期を迎えて、農家は多忙ななかにも喜びの時になります。五穀の収穫もたけなわで、雁が渡り、菊の花が咲き始めます。
さて、この29主日は世界宣教の日で全世界の教会が各共同体の本質を現わしながら、その誕生の時からのそれぞれの目標を祝っています。それはイエス様の言葉から発生しています。「全世界に行って、福音を宣べ伝えなさい・・・」イエス様は約束されたようにいろんなところで、人の心の中で私たちのことを待っていてくださいます。キリスト信者は派遣された全世界の地で救い主であるイエス様と再会し、もうすでに人々が救われたことを、人々の目を開かせて気づかせることになっています。フランシスコ・ザビエルが日本に来られた時に地獄に落ちる大勢の人を救いたかったのです。言いかえれば、救い主であるイエス様のことを気付かなかった、あるいは知らなかった人に、そこにすでにおられるイエス様の喜びを告げ知らせたかったのです。フランシスコ・ザビエルにとって福の音を知らなかった人は、暗い世界に、地獄に落ちたような人だと見えたのです。だから、それらの人々に絶え間なくイエス様の存在、言葉、行いやその方を知る喜びを告げ知らせたかったのです。
マルコ10・35-45
当福音書のテーマは「奉仕する」ということです。これは独特なキリスト教の課題ですが、現代の社会でもボランティア活動が豊かに見られます。しかし、キリスト教の奉仕の精神に近い活動でありながら、イエス様がおっしゃる奉仕から微妙に外れています。イエス様に従う者が奉仕することは、イエス様がなさったように小さいものや隣人に優しく対し、そして神様から頂いた恵みを分かち合うことです。自分が出来たことよりも、相手が望むことに注意深く心をかけながら行います。それに神様を崇敬する気持ちで自分の身を捧げて働き、イエス様の言葉を宣べ伝え、それを証します。当個所では弟子たちの間でもだれが一番になれるかの競争が発生していました。しかし、イエス様はこの弟子たちの願いを咎めず、より素晴らしい方向に向かわせています。まず、イエス様がゼベダイの子らの心を探ってどこまで自分の運命に従うことを望むのかを確かめます。確かにヤコブとヨハネの希望はイエス様と共に運命を全うするまで従う決心を示しています。それを受けたイエス様が自分に従う者の心を明確に語っています。世間の考え方と違って神様に従う者たちは、偉くなるよりも人に仕えることを望んでいます。イエス様に従う者は共同体の中で奉仕して、共同体の弱い者たちに仕えます。そしてみ言葉に仕える者としてそれを読み上げて解説したり、それを知らせながら、み言葉が世界に広がるように宣べ伝えています。最後にイエス様は、キリスト信者はどのようにしてこの奉仕を成し遂げるべきかを語られます。それは心を尽くし身を捧げながら人生を全うすることです。

                            モヨリ神父