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酔生夢死ってわけでもないけれど、、、日々雑感

富士山本宮浅間大社、薩埵峠〔焼津・伊東(網代)2泊旅行①〕

2021年08月14日 | 旅行記

一生のうちに一度は見てみたい景色。旅の前半は、そんな景色のひとつ、静岡市(清水区)の「薩埵峠」(さったとうげ)へ。

 

新東名高速の駿河湾沼津SAで休憩です。

2012年の夏休みにも立ち寄っています。当時と変わらず、地元の物産販売中。)

駿河湾を一望できる展望デッキでしばし景色に見惚れます。

(手前には鮮やかな緑の茶畑。)

薩埵峠までの道程の半分くらいの所ですが、新富士ICで降りて、まずは「富士山本宮浅間大社」に立ち寄ります。

富士山本宮浅間大社は、富士山の噴火を鎮めるために富士山を神として祀った浅間神社のうち最も古く、全国に1300あると言われる浅間神社の総本宮。

(鉄板の撮影スポット。朱塗りの大鳥居と富士山のコラボ、、、なのですが、富士山は山頂は何とか見えますが、雲に隠れ気味。)

それではお参りを。

(大鳥居から続く参道。)

楼門。

(楼門前の石段にある自然石は「鉾立石」で、明治初年まで行われていた山宮御神幸の際、神鉾を休め奉った所。「富士本宮浅間社記」によると、大同元年(806)に山宮浅間神社の地からここに遷されたとあります。)

境内の景色の美しさ。

本宮浅間大社は、歴史上誰もが知っている武将も崇敬を寄せたそうです。特に篤く信仰したのは、源頼朝、北条義時、武田信玄・勝頼、徳川家康とのこと。

(源頼朝が流鏑馬を奉納したことに始まる流鏑馬神事が毎年5月に行われます。)

お参りをして、御朱印をいただきました。

(参拝記念として美しい栞をいただけます。)

この地は富士山溶岩流の末端に位置していて、境内から少し出た所に、溶岩の間から湧出した地下水が池となった「湧玉池」(国特別天然記念物)があります。

(富士山登山者はここで禊をする習わしがあるそうですが、今もみなさんそうなのでしょうか。)

清水の湧出する水源の岩上には「水屋神社」があります。

(右側に湧玉池、左側に竹の水路から流れる清水。ペットボトルに汲んでいる人がいましたが、注書きには「湧き水なので保存はダメ」みたいなことが。)

西から天気が大崩れという状況でしたが、まだここは晴で、とにかく暑い! ここで名物「富士宮焼きそば」で昼食にしようと思いましたが、時間が早過ぎたのでスルー。

(「協同組合 富士山特産品振興会」直営の「ここずらよ」。)

この近くの「静岡県富士山世界遺産センター」で富士山の勉強と展望デッキからの眺望を楽しみたいところですが、現下の状況からやめておきます。

 

さて、いよいよ「薩埵峠」へ。ここから45分程度走ります。

薩埵峠を「見てみたい!」と思ったのはもう10年以上前のこと。日本全国の美しい景色を紹介したこの本との出会いがきっかけ。

(2007年発行、「美景 日本の残しておきたい美しい風景100選」。上巻は東日本編、下巻は西日本編。)

旅が趣味になったのはこの本との出会いです。東北から九州まで(本には北海道、沖縄も掲載されています)、かなりの❝美景❞スポットを旅しました。

薩埵峠は、歌川広重が「東海道五十三次」の「由井」(由比)で描いています。

(ネットより拝借。今は静岡市清水区にある峠。昔、東海道五十三次では由比宿と興津宿の間にある難所。今も当時とほぼ同じ風景を望むことができます。)

その名の由来は、鎌倉時代に由比の倉沢で漁師の網にかかった地蔵菩薩像を山上に祀ったから、とか、蒲原の海沿いから見ると、駿河湾を枕に菩薩様が寝ている姿に見えるから。

(キャパ7台の駐車場の脇に建つ「薩埵峠山之神遺跡」の碑。)

駐車場からもこの絶景です。

(時刻はお昼前。幸運にも富士山が見えています。)

広重の浮世絵、「美景」の絶景写真の風景を望むためには、この散策路を数分行った所にある展望台へ。

(木陰になっているし、海からの風が吹いているので、暑さをしのげます。)

ちなみに、このあたりの斜面では、現在、ミカンやビワが生産されています。

(ミカンのブランドは分かりませんが、ビワの方は「倉沢ビワ」という有名ブランドだとか。)

展望台です。

(由比駅や興津駅からハイキングで登って来る人もいます。)

これが見たかった風景です!

(感動。)

展望台からは、駿河湾と富士山を一望することができ、眼下には東名高速道路、国道1号、JR東海道本線の3本の❝東海道❞が走ります。

駿河湾、富士山の裾野を撮るため、ワイドで。

(上の写真とあまり変わりませんね。(笑))

❝東海道❞の絡み合う様子を撮るため、縦版で。

(複雑に交差する現在のインフラ。)

薩埵峠は、往時、箱根峠、鈴鹿峠とともに「東海道三大難所」で、険しい海岸線は危険地帯そのものだったそうです。なるほど、現在のインフラの絡み合う様子からも往時の難所ぶりを想像できます。

ネットで薩埵峠の歴史関係を調べてみると、山部赤人が「田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ ふじの高嶺に 雪は降りける」(万葉集収録)を詠んだ場所とも言われ、また、自然の要塞であることから、南北朝時代の足利尊氏と足利直義の「薩埵峠の戦い」(桜野の戦い)、戦国時代の武田信玄と今川・北条連合軍との「薩埵峠の戦い」の舞台だったそうです。

展望台にいたハイキングの方はどうも地元の方のようで、「富士山が見えるのは久しぶり。何日ぶりかなぁ。」みたいな話をしていました。本当にラッキーでした。

絶景に夫婦ともども大満足して、薩埵峠を出発。

 

今日の宿がある焼津へ向かいますが、途中、日本平PAで昼食です。

「松屋」が入っていたので、牛めしなどを食べて、食後のデザートは、お隣に入っている「ミニストップ」でハロハロの冷凍イチゴバージョンを。

(薄くスライスされた冷凍イチゴにほんのり練乳。なかなか美味しかったです。)

日本平PAを出発して、大井川・焼津・藤枝スマートICで降ります。チェックイン時刻まではまだ時間がありますので、「焼津神社」に立ち寄ります。

境内に「幟担ぎ」という看板が立てられていました。

「幟担ぎ」は、赤ちゃんが生まれた年から3年、名前を記した幟籏を持ってお参りをし、無事の成長を祈願するご祈祷で、毎年8月12日に行われるそうです。

帰宅後、「幟担ぎ」のことをネットで調べてみると、幟担ぎ祈祷1年目の赤ちゃんには「神ころがし」という行事もあるそうで、これは、2人1組の神社総代が赤ちゃんを3度回し、泣き声が大きいほど丈夫に育つ、ということのようです。(今年は中止。)

お参りさせていただき、新築のような社務所で御朱印をいただきました。

境内で親に支えられながら大きな幟を持った3歳くらいの子を偶然見ましたが、ほほえましかったです。(笑)

焼津神社を出て、最後に1ヶ所、「深層水ミュージアム」を訪れます。ここは、2012年にも立ち寄ったのですが、閉館中でした。気になっていたし、宿にも近いので、ちょっと行ってみます。

(今回は開館していました。入館無料。)

深層水という言葉は知っていましたが、きちんと勉強したのは初めてです。

(駿河湾と深層水。とても深い関係のようです。)

ミュージアムには「脱塩施設」が隣接していて、駿河湾の深層水から塩分を除去した「純水」を試飲できます。

(普通の水よりもマイルドな味わい。これは試飲用ですが、屋外には有料の給水コーナーもあります。)

駿河湾の様々な深海生物が剝製や水槽で展示されています。こちらはオオグソクムシ。

(「ひっくり返っていても生きています。基本的にほとんど動きません。」(笑))

資料ビデオを観て一番驚いたのは、深層水は、表層の海流と違う流れで地球規模で循環しているということ。

(深層水の「海洋大循環」。初めて知りました。)

海洋大循環は北極圏で海水が冷却されることで深海に沈んで行き循環が発生している、という趣旨だったと思いますが、地球温暖化によって影響を受ける(地球規模の異変が起こる)と感じました。

館内は2階建て、焼津のPRポスターもあります。

(マグロ、カツオ、鰹節、富士山、小泉八雲、などなど。)

屋上は展望台になっていて富士山を望むことができます。

(が、どこから見ても工事のクレーンが写り込みます、、、残念。)

 

さて、時刻は14時半過ぎ。ちょっと早いですが、本日の宿、やいづ黒潮温泉「湊のやど 汀家」へ。2012年8月以来の再訪です。

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