「はいー!」という尻上がりの掛け声の裏返りっぷりに、彼の情けないキャラクターが見事に表されている。香川さんさすがの名演技です。
・そで吉が進之助に喧嘩術を教える→宗左と勝負する場面は、形骸的な面子にこだわる侍二人(宗左・平野)の役に立たなさと実際的な庶民の対比として描かれている
(そで吉だけでなく「痛くない殴られ方」を習得してる乙吉のほうが宗左よりずっと実戦では有効だろう)。まあ宗左個人が弱いのも確かでしょうけど。
しかしそで吉はなぜああも宗左につっかかるのか。単に武士階級が嫌いというより、仇討ち、道場剣法といったいかにもな「武士らしさ」が嫌いなのかな。
・宗左を厠へ投げ込むそで吉を「卑怯者」と一言罵った平野がすぐ人垣の後ろに隠れてしまうのが(笑)。自分が卑怯なんじゃ。
・そで吉にこてんぱんにされた翌日?の朝、長屋を出た宗左が進之助と顔をあわせる。
お互い言葉が出ない様子に「進坊に不甲斐ないところを見せてしまった」「宗左にとって都合の悪い現場を目撃してしまった」ことによる気まずさが十二分に表れている。
戸に「暫く休みます」(そで吉に負わされた怪我のせい)の紙が貼ってあるあたりの芸が細かい。この後も「にげあし」の場面などで戸の貼り紙は小ネタとして活躍します。
・河原で人足として働く金沢(浅野忠信さん)を物陰からうかがう宗左。
いつになく殺気だった凶悪な顔つき(家を出る場面からだけど)は目の回りの痣と無精髭のせいばかりではないだろう。岡田くんグッジョブ。
・ついで家の前で遊ぶ仇の息子・吉坊(田中碧海くん)を蔭から見つめる宗左。
金沢の家に先回りしていることから、宗左が以前から仇の家を突き止めていたのがわかる。そして知りながら仇を討てなかった理由も・・・
(ここの場面で宗左が土をいじってるのは何故だろうと思ってたんですが、ノベライズによるとそで吉を見習って土での目潰しを考えていたとのこと)。
仇が帰ってきたと知って泡を食って隠れたのは、物陰から親子を見る表情からして斬りかかるタイミングをはかるためかと一瞬思ったが、根の優しい宗左はやはり(腕を抜きにしても)仇討ちを挑むことはできなかった。
落とした草履だけが仇の手にわたる場面には、日本映画ならではの澄んだ余韻を覚えた。
・ほぼ真っ暗な部屋の中、一人(仇を討てなかったことに)悩む宗左。
背後に子供たちのヘタクソな習字を映すアングルは、父の仇討ちという重責を背負った武士としての宗左の姿に、現在の手習い師匠として生きる(その方がよほど幸せそうな)宗左の日常をダブらせる効果をもたらしている。
・隣家の平野が切腹未遂を。宗左が自分本来の性格に反して武士道を貫くべきか迷うところに、武士らしさの戯画化というべき(武士らしくあろうとするほどに情けなさが露呈する)平野が切腹=いかにも武士らしい行為を結果的に地に堕としめる。
宗左の心が次第に「武士らしくあること」から離れてゆくきっかけであり、この映画の全編に流れる武士道批判を象徴するイベント。
・平野の切腹事件に宗左は腰も抜けそうな勢いで動揺する。
この手の騒ぎに慣れてる長屋の連中とは気の持ちようが違うとはいえ、武士のくせに血に弱いというか急場に弱いというか。
このへんの情けなさが宗左の可愛さなのだけど。
・すでに仇を突き止めていたことを貞四郎に語る宗左。今まで黙ってきたことをこのタイミングで打ち明けたのは、先の平野事件の際に武士としての矜持が揺らいだ結果なのかなと思います。
そして貞四郎がもう少し様子を見るよう宗左を諭すのは、金沢の命と残される家族を案じた以上に、宗左が仇討ちなどするには気が優しすぎるのを慮ってのことだったんじゃないでしょうか。
・「何か見えんのかい」と聞かれて、屋根の上の孫三郎は「夜だよ」と答える。冒頭の「朝だ朝だ~」と対になる台詞。
単に長屋の皆に朝夜の訪れを知らせているというより、孫三郎が長屋に昼夜を手招いている、この映画の中の時間の流れを掌っているような印象を受けました。
・小鳥の死を契機に進之助が父親の死を知っていたことが語られる。
母を悲しませたくないからとそれを黙っている、利発で大人びたこの少年の健気さがかえって哀れを感じさせる。
一方おさえの方もあえて夫の死を進之助に隠している。母と子の互いを思い合う気持ちが暖かくも切ない。
・仇討ちしようとする動機は武士の面子よりも、純粋に父への愛情に基づいているのだと話す宗左。
おさえは「お父上が残してくれたものが憎しみだけだったとしたら悲しすぎる」と反駁するが、後に彼女も仇持ち(夫が殺されたらしい)であると明かされるのを思うと、おさえ自身が何年間も自分に言い聞かせてきた言葉なのだろう。
・代書屋の軒先の明かりがちらちらと揺れている。いかにも本物感があって、演出の細やかさに驚いた。
この代書屋の名前が重八なのはやはり赤穂不義士の鈴田重八(郎)を思わせます。
ちなみに、医者(というふれこみ)の小野寺(中村嘉葎雄さん)の家に集う赤穂浪人の一人が鈴田という設定である。
鈴田の下の名前が出てこないのは代書屋の重八とややこしくなるからでしょうが、貞四郎といい、あえて忠臣蔵好きならすぐピンとくる不義士の名前を長屋の住人に用いているのは、長屋の連中と赤穂浪士を対比して描く(長屋の面子の中ではっきり武士道を批判するような発言をしているのは学のある貞四郎と重八の二人)ためなのでしょう。
・昔の手紙を何度も読んでもらいにやってくる男。今の彼には手紙をくれる家族も友人もすでにないことが婉曲に示されている。宗左にことさら悪態をつくのにも男のやりきれなさ、孤独感が滲み出ている。
そして「商売あがったり」にもかかわらず、苦笑しながら繰り返し男の「芝居」に付き合ってやる重八の優しさが、ほんのりした温かみを醸し出す。
前回のおまけクイズ、正解は、『六番目の小夜子』(NHK教育、2000年)、『藤沢周平の人情しぐれ町』(NHK総合、2001年)、『盲導犬クイールの一生』(NHK総合、2003年)、『ちょっと待って、神様』(NHK総合、2004年)、『forget me not-忘れな草-』(NHK-FM、2004年)でした。
『篤姫』と答えられた方、まだ放送されていません(笑)。『フレンドパーク』出演時の勝地くんのように、「あーもうー!!」と叫んでくださいませ♪