さて作品そのものについて。
正直最初公式サイトで塾長のヅラ疑惑や塾の名称がしょっちゅう変わるなどの設定を読んだときには、いかにも奇をてらった上っすべりの設定のように感じて、ドラマそれ自体も設定倒れの上っすべりになりやしないかといささか心配になったものでした。
第1回を見た時点ではもろもろの設定や個性的すぎるキャラの性格、演出などがやはりあまり上手く噛み合っていない感があって不安が的中したかと思いかけました。
しかし回を追うごとに、最初は極端すぎると感じたキャラクターへの愛着が増してゆき、うるさいほどに過剰に思えた設定や演出のもろもろ、そこから生まれる世界観が、いつのまにかたまらなく愛おしいものへと変わっていったのに驚きました。
私は宮藤さんの作品を見たのは『めぐる』が最初だったんですが、その後ほかの作品もいろいろ観てみると、全体にスロースタータータイプというか、世界観に馴染んでゆくほどに急激に面白さ、愛着度合いのボルテージが上がる作品が多いように思えます。
宮藤さんはもともと舞台出身で、読売文学賞を受賞した『GO』をはじめ映画でも活躍していますが、ある程度長い期間をかけて視聴者と付き合ってゆく連続ドラマの形式が一番宮藤脚本の特性、魅力に見合っているんじゃないでしょうか。『池袋ウエストゲートパーク』しかり『木更津キャッツアイ』しかり。
そしてそんな脚本の魅力を増幅させたのが役者陣の演技であり、ポップな(ときにぶっとんだ)演出だった。
番組終了直後に出版されたドラマの脚本(『未来講師めぐる』(角川書店、2008年刊行)。以下の文中で「脚本」と書いているのはこの本のことです)を読みましたが、基本的には脚本に忠実に映像化してあるにもかかわらず、やはりドラマの方が面白さが倍増しています。
たとえば「ところで100%めぐるは?」というユーキの問いを受けての江口の台詞「100%お休みです」が、実際のドラマでは「100%まだです」に変わっている。江口役星野さんのアドリブなのか現場で演出家の直しが入ったのかはわかりませんが、このほうがより会話のテンポが良くなり面白いシーンに仕上がっています。
また第9回で千鶴から倦怠期かと指摘されたユーキが「飽きる?めぐるがユーキに?ユーキがめぐるに?お互いに!?」とパニくる場面も、脚本では単に台詞だけ示されているのを「ユーキが一人言を言いながら画面をフルに使ってムダにちょこちょこ(早回しで)動き回りヘンなポージングをする」という形に演出していて、テンポよくメリハリをつけてコミカルに見せていた(このシーン、勝地くんの台詞の言い方、間の取り方も秀逸でした)。
さらにはめぐるとユーキを中心に皆さんが披露してくれる各種のコスプレ――第5回の幼稚園児も第6回のSPルックも第8回の芋虫めぐるも第9回のモーモーつなぎ他も脚本段階では何も書かれていない。
演出と衣装さんのノリが脚本の内容をふくらませて、一般視聴者には普通に面白く各俳優ファンにはお宝もののシーンをがんがん生み出してくれました。遊川和彦さん(『さとうきび畑の唄』の脚本家さんです)が書いてらしたことが思い出されます(※1)。それは蜷川さんとは対照的に(『カリギュラ』(1)-2参照)演出家・監督が脚本を変えることをむしろ歓迎する宮藤さんの姿勢による部分も大だったと思います(※2)。
もう一つ特筆したいのは、番組公式サイト内のブログ「パねログ」について。
キャスト・スタッフの有志が回り持ちで撮影裏話をあれこれ紹介してくれているのは連続ドラマの公式ブログには多いパターンかと思いますが、プロデューサーさんにお願いされた(圧力をかけられた)勝地くんが何とほぼ毎週ブログを書き込んでくれたのでした。
所属事務所(フォスター)のメッセージコーナーがなくなって以来久々に、勝地くん自身の手になる文章に触れましたが(携帯サイトは登録してないもので)、今時の若者には珍しく顔文字や絵文字を一切使わない文章は、あいかわらず丁寧な言葉使いながらも適度にくだけていて、明るく真面目で爽やかな人柄をうかがわせます。毎回共演者とのスナップや作中でのコスプレ姿を写した写真を紹介してくれるサービス精神も満載。
このブログの存在が、「愛すべきバカ」なユーキのキャラクターとあいまって、勝地くんのイメージを大いにアップしたことは疑いえないでしょう。
勝地くん以外の執筆者の方々、とりわけスタッフさんたちの文章にも作品への愛情と自分の仕事への誇りがひしひしと感じられて、読んでいてわくわくさせられたものです。
素晴らしい脚本に引っ張られるように、役者・スタッフみんなのノリと意気込みが注ぎ込まれた、奇跡のようなコラボレーションの起きた大傑作だと思います。
※1-「『G・T・O』『オヤジぃ。』を書いた脚本家 遊川和彦が語る――『21世紀のTVドラマと宮藤官九郎』」(『宮藤官九郎全仕事』(宝島社、2004年)収録)。「クドカンのドラマなんかは、つくっている現場も楽しいと思いますよ。美術さんも「こんなの作ってみました!」とか、俳優も「こんなふうにしたらどうだろう?」とか、みんなが本気になる。当たり前のものを当たり前につくろうとしているなら、そうはならない。彼の脚本がいいから、みんなを本気にさせているんですよ。」
※2-『キネマ旬報』2009年2月上旬号(キネマ旬報社)の宮藤官九郎インタビュー。「僕は役者が面白く見えていないと嫌で、上手くいってないギャグとか、台本通りにやられるとたまらないんですよ。そんなの、現場でスベってるなら変えればいいじゃん、と。一字一句、脚本を変えるなという作家さんもいるとは思うんですけど、僕のはそんないいものじゃないですから(笑)。『あのセリフ、ハマってなかったんで変えました』とか『あのギャグ、上手く行かなかったんでカットしました』とか言ってくれる監督はすごく好きですね。そもそも僕は、完成品は監督のものだって割り切ってますから、脚本に対して遠慮されると困っちゃうんですよ。監督のものなんだから、脚本変えていいのに、という。」