■夕暮、散りはじめた桜をみにでかけた。
小高い公園。
野球場を囲む土手に桜の木が植えてある。
桜を愛でる人はいなかった。
あたりは物音ひとつしない。
■音もなくはらはらと舞い散る桜の花びら。
路に散り敷かれた桜の花びらが、雪片のように白く妖艶にかんじられてならない。
その公園の小道をあるく。
桜のなかにうずもれて別世界にいるような感覚になった。
■「桜の木の下には屍体が埋まっている」だから、こんなに桜が美しいという。詩情あふれる言葉をおもいうかべながらあるきつづける。
さらに公園の奥、桜の深みに歩をすすめる。
■夫が言葉を失っている。
余りの美しさに沈黙して、わたしたちはゆっくりと桜のなかを彷徨した。
闇がせまってくると黒い幹が闇のなかへ溶け込んで、花だけが虚空に白くかすんで見える。
わたしたちは、桜の霞のなかに迷い込んだようだ。
桜花の精霊がわたしたちのからだのすみずみまで浸透してくる。
■今宵みた桜がいままででいちばん美しい。
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闇がせまってくると黒い幹が闇のなかへ溶け込んで、花だけが虚空に白くかすんで見える。
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