もう9年も前のことです。9月のある夜のこと、知り合いから一本の電話がかかってきました。
「MINAGIさん、お願い! エレクトリック・ベースで構わないから今すぐ楽器を貸してください!」
よくよく事情を聞いてみると、その夜行われる予定のケイコ・リー&近藤房之助のライヴでバックを務めるベーシストさんが、機材のトラブルでウッド・ベースが使えなくなった、というのです。それで急遽ぼくのところに知り合いを通じて主催者側から連絡があったわけですが、そのベーシストというのが、金澤英明さんだったのです。
時計を見ると、開演予定まで30分ほどしかありません。ふたつ返事でOKして、慌てて楽器を車に積み込んで家を飛び出しました。
ギリギリで会場に着くや、すぐに楽器のチェック。いそいでセッティングをして、あわただしく開演です。その夜のライヴは主催者のご好意で一番前の席で見させて頂きました。それだけでもラッキーなのに、終演後、金澤氏は「ぼくのCDで良かったら、お礼代わりに貰ってくれないかな」と申し出て下さったのです。もちろん大喜びでそのお礼を受け取りました。そのCDというのが「ベース・パースペクティヴ」だったんです。
「Perspective」とは「遠近法」とか「釣り合い」「正しい見方」といった意味です。
いろんな角度でベースを聴いてみよう、みたいなニュアンスだと思うんですが、このアルバムはデュオ(ドラム、ヴォーカル、ピアノ&ヴォーカル、トランペット)が9曲中5曲、トリオ(ドラムス&トロンボーン、ヴォーカル&ギター)が2曲、ベース・ソロが1曲、ストリングスとの競演が1曲と、たいへんユニークでバラエティに富んだ編成が成されています。
主にデュオでの演奏なのですが、全くサウンドが寂しくないんですね。木のきしみまで感じられるような太くてまろやかな音色、コード感を充分に出した力強いウォーキング・ベース、イマジネイション豊かなソロ。まさに「これがウッドベースだ」といった感じの、魅力あふれる演奏だと思いました。
空間が広いぶん、奏者は(音数ではなく)自分の存在感を倍にも3倍にも広げなければならないのですが、共演者もさすがに日本のジャズ界を代表する面々だけあって、ふたり、ないしは3人の編成でも充分中味の濃い音を聴かせてくれます。
東原力哉氏(drs)とのセッションでは、シャッフルのリズムで、ハード・ロックも顔負けの力強い演奏を繰り広げています。中本マリさん(vo)とのセッションでは、お互いがお互いを支え合って、ゆるぎないサウンドを出しています。
日野皓正氏(tp)とのデュオでは、日野氏の楽想を把握したうえで、緊張感みなぎる日野氏の演奏をより深く刺激している感じです。
ケイコ・リーさん(vo&pf)との共演では、歌もさることながら、よくスウィングするピアノと金澤氏との絡みが楽しい。絶妙な間が心地良いのです。
近藤房之助氏とのコラボレーションではソウルフルな歌と、それをさらに生かすベース・プレイが堪能できます。
とにかく金澤氏の出す音は、温かくて、ふくよかで、ミュージシャンから見れば実に頼りがいがあると言えるでしょう。何よりも、よくジャズ、いや、音楽というものを知っているのではないかと思います。だから並み居る個性的なミュージシャンとコラボレイトしても音が「負けない」で、相手の音と響き合うことができるのでしょう。
金澤氏は、現在「日野皓正クィンテット」の重鎮として活躍する一方、コンテンポラリーなピアノ・トリオ「コジカナツル」でも人気を博しています。その他、さまざまなセッションをこなしているほか、アレンジャーとしても高い評価を得ています。
◆ベース・パースペクティヴ/Bass Perspective
■演奏
金澤英明 (bass)
■リリース
1996年10月23日
■レコーディング
1996年8月20日、8月28日 (東京 キング・レコード#1スタジオ)
■プロデュース
中尾洋一
■レコーディング・エンジニア
辻裕行
■収録曲
① センバ・シャッフル/Semba Shuffle (金澤英明)w/東原力哉
② アイ・レット・ア・ソング・ゴー・アウト・オブ・マイ・ハート/I Let A Song Go Out Of My Heart (D. Ellington, I. Mills , H. Nemo)w/中本マリ
③ ムーンライト・レビュー/Moonlight Review (金澤英明)w/向井滋春&東原力哉
④ サムタイムス・アイム・ハッピー/Sometimes I'm Happy (V. Youmans, I. Caesar, C. Grey)w/ケイコ・リー
⑤ 慕情/Love Is A Many-Splendored Thing (P.F. Webster, S. Fain)w/日野皓正
⑥ アイム・イン・ラヴ/I7m In Love (Bobby Womack)w/近藤房之助
⑦ ホワット・ア・ワンダフル・ワールド (G.D. Weiss, G. Douglas)w/中本マリ&近藤房之助
⑧ イントロダクション・オブ・ウェイ・バック・ホエン/Introduction Of Way Back When (Rachmaninov) ベース・ソロ
⑨ ウェイ・バック・ホエン/Way Back When (Rachmaninov)w/ストリングス
■録音メンバー
金澤英明 (bass, piccolo-bass⑥⑦)
日野皓正 (trumpet⑤)
向井滋春 (trombone③)
東原力哉 (drums①③)
中本マリ (vocal②⑦)
ケイコ・リー (vocal, & piano④)
近藤房之助 (vocal & guitar⑥⑦)
藤原真 (violin⑨)
松原第介 (viola⑨)
大塚正昭 (cello⑨)
ジュピター・ストリングス⑨
中島政雄 (指揮⑨)
■レーベル
Paddle Wheel
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このCD、本当に全部の曲が暖かくて、楽しくて、ほっこりする、ジャズにしては珍しい気持になる一枚です。
金澤さんのお人柄からくるのかな?
地味だけど、とても好きなアルバムです。
それにしても。。MINAGIさん。金澤さんからお電話がかかってくる様な間柄なんですね!凄い~!
ジェイさんのところでジャケットを見つけ、さっそく記事にしてみました(^^)。
シンプルだからかな、余分に飾り立てたところがなくてどこか純朴、そして温かさのある作品ですよね。
人間的にも金澤さんって温もりと男気がある方ですから、そういうものも作品に反映されているのかもしれませんね。
あ、電話はですね、主催者側からかかってきたんですよ(汗)。紛らわしい書き方して済みません(汗汗)。でも金澤さんの携帯番号は知ってます~(^^)
金澤さんって初めてお姿拝見なんですが、渋くて素敵~
早速聴くことにしました(笑)
そうですか、MINAGIさんのベースがライブに参加したんですね。
ついでにMINAGIさんも出ちゃえば良かったのに(笑)
そうそう、ケイコ・リーさんは1曲だけ持ってます。なぜか百恵ちゃんの「秋桜」を歌ってます(汗)
そうです、コジカナツルはかなり強力なピアノ・トリオです。でも聴き易いと思いますよ~
>渋くて素敵~
おやん?、金澤さんって南部のお兄様方にも負けないヒゲ中顔だらけ、いや顔中ヒゲだらけの方なんですが。。。Nobさん、好みの幅が広がった!?
そうですね~、現場にお客でミュージシャンがいれば「1曲弾く?」みたいなノリになることって結構ありますから、強引に出て行っても良かったかも(^^;)
でもあの時CD貰うのと、1曲弾かせて貰うのとどちらかを選べ、と言われていたら、うーむ、相当迷うでしょうね~。(;^ω^)
ケイコ・リーさんが「秋桜」を!? うーむ、クィーンの曲を歌ったり、彼女も相当幅広いですね~。