※カレンダーを繰ればひろがる桃の花ひとつひとつが我に微笑む
二月がおわり今日から三月、ああ春がきたと喜びながらも、あの震災を思うと心が寒くなる。
三月のひかりは急に陰る、3・11は三月から春を遠ざけてしまう。
❤❤❤「ふしぎなキモノ」❤❤❤ 松井多絵子
一昨年の9月16日の夜、如水会館のスタールームは大勢の歌人でにぎわっていた。恒例の短歌研究三賞の受賞式。金屏風の前には短歌研究賞の花山多佳子、新人賞の馬場めぐみ、そして
評論賞の梶原さい子がライトを浴びていた。前の年に私が立ったところにキモノの梶原さんが立っていた。彼女だけがキモノ、上品な花柄のキモノだった。受賞式の後の宴で初対面の梶原さんに、私は「そのキモノはレンタルでしょう」と言ってしまった。
「いいえ、祖母が作ったものです」 うすみどり色の地に、梅や桜など花ばなが静かに咲いている。「このキモノは実家の気仙沼のタンスの中にあったんです。天井近くまで津波がきたのに、なぜかこのキモノも帯も無事でした」 金色の帯が彼女を祝福するように輝いていた。「タンスがぴったり閉まっていて水が入らなかったのかもしれません」
「今日はじめて着ました」というキモノ。<ふしぎなキモノ>である。「もっと不思議なことがあるんです。祖母は97歳でベッドで寝たきり。介護用のベッドなので、マットに空気が入っていて、浮いていて、だから助かりました。その部屋のタンスにこのキモノがありました。」
梶原さい子さんは「塔短歌会」の会員。まだ若い。高校の先生である。「第29回現代短歌評論賞」の受賞作は「短歌の口語化がもたらしたもの」 評論は生徒たちのアンケート調査も考察、まるで手織りの織物にふれるように彼女の評論を読んだ。読みながらあのキモノを思った。春の花々の咲いていた、ふしぎなキモノを。
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