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短歌研究10月号より「理系の歌」

2016-09-18 09:14:50 | 歌う

             短歌研究10月号より「理系の歌」

 理系の歌と文系の歌はどのように違うのか。短歌研究10月号の対談を読みながら私はあらためて考えていた。永田紅が斉藤茂吉の『赤光』から次の歌を揚げている。

  屈まりて脳の切片を染めながら通草(あけび)のはなをおもふなりけり

 斉藤茂吉は近代日本を代表する歌人である。私たち歌人の多くは茂吉の影響が著しい。彼は精神外科医である。だから私たちはかなり理系的かもしれない。この歌について京大農学部大学院で生物学を研究している永田田紅は次のように述べている。

 「これは大正元年、茂吉が30歳のときの歌です。茂吉は脳の医学者なので脳の切片を作って染めている。切片を染めるのはだいたい紫の色素が多いので、私はまさにアケビの花に見えたということがわかるんですけど、そういう情報がないと、切片を染めながら一方で脈略なくアケビの花へのイメージを飛ばせていると読まれるかもしれないですね。知らなくてもイメージできるけど、実際に知っているとまた違う味わいがあるかなということで挙げました。最後で 「なり」と 「けり」が、もうたたみ込むようにくどく言っている感じが、研究の場に徹しきれずに、切片を見ながらふっとこう、アケビの花みたいだなというような柔らかい世界へと思いを飛ばしてしまうことへの心地よさと後ろめたさも抱えながら観察しているのではないか。自分に引きつけ過ぎるかもしれないですが」。

 永田紅のこの発言に続いて彼女のパパの永田和宏は次のように述べている。「これは茂吉の代表歌の一つで、まだ東大の医学部にいたときの歌ですね。実際に茂吉は精神科の医師で、その患者さんの脳だと思うのです」

 永田紅は13歳で父・永田和宏の主宰する「塔」に入会している。大学も父と同じ理系を専攻している。私が知らなかった茂吉のこの1首はこの対談で俄かに、わたしの脳に花を咲かせてくれた。紫のアケビの花を。短歌は理系でもあり文系でもあるのだろう。

                    9月18日  松井多絵子    

 

 


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