ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

三名川ダム

2016-03-30 12:00:00 | 群馬県
2016年3月26日 三名川ダム
 
三名川ダムは群馬県藤岡市にある灌漑用アースダムで、1933年(昭和30年)に群馬県の事業で建設され隣接する牛秣ダムともども藤岡土地改良区が管理を行っています。
もとは高木池、小宮池、大谷池という3基のため池があったものを三名川貯水池としましたが三名川の流域面積は小さくは貯留はままなりませんでした。
群馬県の土地改良事業で1955年(昭和30年)に牛秣ダムが建設された際に、鮎川からの水を三名川ダムに分水することでようやく安定した水源の確保が可能となりました。
鮎川で取水された水は牛秣ダム左岸で分水され導水路を通じて三名川ダムに送られています。
三名川貯水池は牛秣ダムの鮎川湖同様管理釣り場がおかれ有名な釣りスポットになっています。
 
堤体直下。
用水路はダムの取水口からの灌漑用水路です。
 
堤体下に駐車場がありますが、駐車禁止と書かれてた天端には釣り客の車がずらっと並んでいます。
そばに釣り場の管理事務所があるので黙認されているんでしょう。
 
三名川貯水池には管理釣り場の桟橋が設けられています。
奥の建物が釣り場の管理事務所です。
 
堤体直下に大きな駐車場がありますが止まっているのはうちのBMWだけです。
すぐ下にも溜池が二つありますが、それぞれ水が抜かれていました。
 
三名川貯水池。
 
取水設備
洪水吐を探しましたが見当たりませんでした。
 
三名川ダムの案内板
ダム湖は高山池、小宮池、大谷池の三つの池で構成されています。
 
鮎川用水路の分水工
上の地図の赤マルの部分です。
二つのゲートで牛秣ダムと三名川ダムへ分水しています。
 
鮎川湖の左岸に沿って三名川ダムへの導水路が設けられています。
 
三名川ダムへの導水のトンネル
地図の黒丸の部分。
 
今は藤岡土地改良区が管理する牛秣ダムと三名川ダムダムですが、もとはそれぞれ別の土地改良区が管理を行っていました。
そのせいか、二つのダム湖間では水の融通は行われず鮎川用水路の水を厳格に分水して貯留しています。
細かい水利権の取り決めがあるんでしょうね?
 
0594 三名川ダム(0273)
ため池データベース 102090009
群馬県藤岡市三本木
利根川水系淀川水系犬三名川
19.7メートル
218.2メートル
1426千㎥/1283千㎥
藤岡土地改良区
1933年

牛秣ダム

2016-03-30 08:00:00 | 群馬県
2016年3月26日 牛秣ダム
 
牛秣ダムは群馬県藤岡市にある灌漑用アースダムで、1955年(昭和30年)に群馬県の土地改良事業で建設され隣接する三名川ダムともども藤岡土地改良区が管理を行っています。
このダムは鮎川で取水した水を用水路を通じて貯留しており、河道外貯留のようになっています。取水口は三名川ダムと共有しておりダム湖(鮎川湖)左岸に沿って三名川ダムへの導水路が設けられています。
鮎川湖には有料の管理釣り場が設けられヘラブナやワカサギ釣りでは有名なスポットになっています。
 
藤岡から県道175号線を南下し金井交差点手前で市道を左に折れると左手に牛秣ダムの堤体が現れます。
きれいに刈り払われた堤体
手前にあるのは牛秣ダムからの灌漑用水路。
 
左岸の洪水吐。
 
天端は車両通行可能で、奥に釣り客用の駐車場があります。
ダム湖には桟橋が設けられ管理釣り場となっています。
 
左岸の取水設備
ここで取水された水が上の堤体直下の用水路に送られます。
 
天端から 
堤体直下に集落がある、というよりも集落の上にダムがつくられたというのが正しい。
 
堤体上流面は石積みで護岸されています。
冠雪した谷川連峰の眺め素晴らしい。
 
鮎川用水路からの分水工。上の地図の赤マルの部分に当たります。 
二つのゲートで牛秣ダムと三名川ダムへと分水しています。 
右手が牛秣ダムのゲート、手前が三名川ダムへのゲート。
 
鮎川湖左岸に沿って三名川ダムへの導水路が設けられています。
 
一見牛秣ダムと三名川ダムは連結しているようですが、それぞれのダム湖間では水の融通は行われず鮎川用水路の水を分水して貯留しているところが味噌です。
 
0604 牛秣ダム(0272)
ため池データベース 102090008
群馬県藤岡市金井
利根川水系鮎川
27.8メートル
257.5メートル(ため池データベース 254メートル)
900千㎥/890千㎥
藤岡土地改良区
1955年

竹沼ダム

2016-03-29 15:00:00 | 群馬県
2016年3月26日 竹沼ダム
 
竹沼ダムは左岸が群馬県藤岡市緑埜、右岸が同市西平井の利根川水系鮎川左支流にある灌漑目的のアースフィルダムです。
群馬県南西部の鏑川流域では農地は段丘中高位に分布しており水利に乏しく大半の営農は零細な畑作に留まっていました。
1959年(昭和34年)に農林省(現農水省)による国営鏑川農業水利事業が着手され、鏑川右支流南牧川で水利権を確保するとともに灌漑設備の整備が進められ、その中核施設の一つとして1965年(昭和40年)に建設されたのが竹沼ダムです。
農業水利事業全体も1970年(昭和45年)に竣工し、鏑川用水と呼ばれる水路網を通じ鏑川流域3市2町にまたがる約2600ヘクタール(現在は宅地化の進展などにより約1400ヘクタール)の田畑への用水補給が開始されました。
管理は併せて建設された南牧頭首工、
大塩ダムなどとともに鏑川土地改良区が受託しています。
自己流域はわずかで貯水容量の大半は南牧頭首工からの導水に依るため、ダム便覧での河川名は南牧川となっています。

竹沼ダムは無料で釣りができるため人気の釣りスポットになっているほか、ボートや花見、ウォーキングなど近隣住民の憩いの場となっています。
アクセスはダムの北にある藤岡ゴルフコースが目印になります。
下流から
規模の大きな土地改良区が管理しているためか?堤体はきれいに草が刈られています
 
天端は車両通行可能
天端の車は釣り客のものです。
桜が多く、満開のころにはかなりの人出があるようです。
 
上流面はコンクリートで護岸。
堤体は釣り禁止エリアですが、釣り師は無法者が多い。
 
天端から。
 
ダム湖(竹沼湖)は総貯水容量103万4000立米と関東の溜池としては結構なサイズ。容量の大半は南牧川からの導水に依ります。
竹沼湖を周回するように遊歩道が整備されウォーキングをを楽しむ人が結構いました。
またダム周辺は関東では珍しい自然林になっており、新緑や紅葉の時期は素晴らしい景色を楽しめるでしょう。
 
斜樋機械室
カニやキツツキ、雁の絵が描かれています。
 
左岸の横越流式洪水吐。
 
市街地に近いダムですが自然が豊かで里山を満喫できるダムです。

0611 竹沼ダム(0271)
ため池データベース 102090007
左岸 群馬県藤岡市緑埜
右岸     同市西平井
利根川水系南牧川
27.4メートル
215メートル
1034千㎥/973千㎥
鏑川土地改良区
1965年

鳴沢ダム

2016-03-29 12:00:00 | 群馬県
2016年3月26日 鳴沢ダム
 
鳴沢ダムは榛名山南東山麓の高崎市箕郷にある灌漑用アースダムで、1949年(昭和24年)に群馬県の事業で建設され群馬中部土地改良区が管理を行っています。
自己流域のほか群馬用水からの補給を受けています。
ダム湖である鳴沢湖はワカサギ釣りの有名なスポットで、県道137号線に鳴沢湖の標識があり湖畔に立派な駐車場が整備されています。
 
上流面はコンクリートで補強されています。
ダム湖の鳴沢湖はワカサギの管理釣り場になっていますが、すでに釣りシーズンは終了しひっそりしています。
 
天端は市道が通っています。
赤城連山が一望できます。
 
鳴沢湖越しに榛名山が見えます。
 
下流は田畑が続きます。
 
ダム湖左岸は湖岸に沿うように立派な日本家屋が続いています。
右手に洪水吐、左に取水設備があります。
 
取水設備の機械室。
 
洪水吐。
住宅側は石積みになっているのが特徴。
 
管理釣り場になっていたり、住宅地に近接していることもあるのでしょうが、アースダムとしては非常に綺麗に整備されています。
赤城山や榛名山の眺めもよく好感が持てるロケーションです。
とくに石積みの洪水吐の造りが隣接する日本家屋とも相まって上品な雰囲気を醸し出しています。

0599 鳴沢ダム(0270)
ため池データベース 102020031
群馬県高崎市箕郷町富岡
利根川水系榛名白川
21メートル
313.2メートル
1283千㎥/1100千㎥
群馬中部土地改良区
1949年

茂沢ダム

2016-03-29 09:00:00 | 群馬県
2016年3月26日 茂沢ダム
 
茂沢(もざわ)ダムは左岸が群馬県渋川市行幸田、右岸が同市有馬の利根川水系茂沢川にある農地防災目的のアースフィルダムです。
1977年(昭和52年)に農水省の補助を受けた群馬県の農地防災事業によって建設され、運用開始後は渋川市が管理を受託しまいます。
 
渋川警察署から市道を西進し、住宅街を抜けると茂沢ダムが見えてきます。
下流面はきれいに刈り払われています。
 
天端は轍がありますが車両は進入禁止です。
 
上流面はロック材で護岸。
総貯水容量17万3000立米、有効貯水容量14万7000立米となっており、堆砂容量および死水容量分2万6000立米が貯水されています。
 
左岸の洪水吐。
 
天端から
ダムの直下に住宅があります。
気分的にはあんまり住みたくない…
 
ダム湖の奥には榛名連山の水沢山の尖峰が見えます。
 
右岸の斜樋
これが常用洪水吐となり、平時は流入量をそのまま流下させます。
ラッパのようなものはゲートの空気抜きです。
 
(追記)
茂沢ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0620 茂沢ダム(0269)
ため池データベース 102080030
左岸 群馬県渋川市行幸田
右岸       有馬
利根川水系茂沢川
24.7メートル
134.6メートル
173千㎥/147千㎥
渋川市観光産業部
1977年
◎治水協定が締結されたダム

寺沢ダム

2016-03-28 16:00:00 | 群馬県
2016年3月26日 寺沢ダム
 
寺沢ダムは赤城山ろくの群馬県前橋市の利根川水系寺沢川にある灌漑用アースダムで、1952年(昭和27年)に土地改良事業で建設され、その後県のため池等改修事業で改修されました。
現在は寺沢用水利水組合が管理を行っています。
 
寺沢ダムの天端を国道353号が通っており、道の駅『ぐりーんふらわー牧場・大胡』のすぐ東側に寺沢ダムがあります。。
この写真をみてもここがダムだとは分からないでしょう。
 
 
ダム湖上流面
草が生えていてわかりづらいですが、コンクリートで護岸されています。
 
右岸の洪水吐。
 
普通の溜池です。
背後は赤城山。
 
下流から 
これを見るとダムに見えます。
 
ダムに隣接して道の駅『ぐりーんふらわー牧場・大胡』があります。
道の駅のシンボルの風車
牧場バンガローなどもありちょっとしたレクリエーションエリアとなっています。
 
0600 寺沢ダム(0268)
ため池データベース 102010035
群馬県前橋市滝窪町
利根川水系淀川寺沢川
15.5メートル(ため池データベース 16.1メートル)
140メートル(ため池データベース 125メートル)
137千㎥(ため池データベース140千㎥)/115千㎥
寺沢用水水利組合
1952年

早川ダム

2016-03-28 12:00:00 | 群馬県
2016年3月26日 早川ダム
 
早川ダムは左岸が群馬県みどり市大間々桐原、右岸が桐生市新里町新川の利根川水系早川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
早川下流域の灌漑用貯水池として1940年(昭和35年)に県営事業で建設され、のちに利根川を水源とする群馬用水の最終放流口として同用水の補給が開始されました。
一方、直下を渡良瀬川右支流深沢川を水源とする大間々用水が通っており同用水の調整池としても利用され、深沢頭首工で取水された水がいったん当ダムに貯留されたのち大間々用水に同量が補給されます。
つまり一つのアースフィルダムが、水源の異なる二つの用水向けに運用されるという珍しいケースとなっており、管理は早川土地改良区と大間々用水土地改良区が共同で行っています。
 
大間々から国道353号を西進すると右手に早川ダムが見えてきます。
左岸から
天端は立ち入り禁止です。手前の桜が花をつければ綺麗でしょうね。
 
上流面はロック材で護岸。
右岸に洪水吐と斜樋がありますが、この斜樋は早川土地改良区向けの取水設備です。
 
湖面に浮かぶのは大間々用水向けのヒンジパイプ昇降型フロート式取水設備
 
奇麗に草が刈られた下流面。
 
右岸の洪水吐 
手前のパイプラインは大間々用水。
 
洪水吐導流部
手前の水路は古い大間々用水で改修以前は斜樋から放流された水がここに流されていました。
 
こちらは現在の大間々用水のパイプライン。 
 
左岸にある小さな噴水公園
2000年(平成12年)に竣工した県営畑地帯総合土地改良事業大間々地区の改修記念碑とモニュメントです。 
従来大間々用水は斜樋から放流される水を取水していましたが、同事業で大間々用水向けフローティング取水設備が新設され、安定した取水が可能となりました。

なお早川ダムについては共同管理を行う大間々用水土地改良区のホームページで詳しい説明がなされています。ぜひそちらもご覧ください。
 
追記
早川ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流により新たな洪水調節容量が確保されることになりました。
 
0597 早川ダム(0267)
ため池データベース 102030009
左岸 群馬県みどり市大間々桐原
右岸    桐生市新里町新川
利根川水系早川
26メートル(ため池データベース 20メートル)
241.8メートル(ため池データベース 230メートル)
1200千㎥/900千㎥
早川土地改良区・大間々用水土地改良区
1940年
◎治水協定が締結されたダム

藤古川ダム

2016-03-25 20:00:00 | 岐阜県
2016年3月21日 藤古川ダム
 
藤古川ダムは岐阜県不破郡関ケ原町の藤古川にある関ヶ原町が管理する上水道用の重力式コンクリートダムで、1963年(昭和38年)に岐阜県の事業で建設されました。
 
ダムがあるのは関ヶ原古戦場の真っただ中で、ダムの天端も史跡遊歩道のコースになっています。
大谷吉継の墓を目指すと藤古川ダムに到着します。
 
ダム手前にある藤古川ダムの説明板。
 
天端はゲート部分が階段で高くなっている1950年代ごろまでによくみられたスタイル。
歴史遊歩道のコースになっています。
 
左岸の取水塔。
 
ダムに隣接して浄水場があります。
 
ゲートから越流。
 
副ダムと半円形の減勢工。
 
ダム便覧には下流から見ることができないとありましたが、登山靴があれば左岸下流のスギ林を下って河原へ降りれそうです。 
 
3629 藤古川ダム(0266)
左岸 岐阜県不破郡関ケ原町関が原
右岸         同町藤下
木曽川水系藤古川
16メートル
78メートル
125千㎥/125千㎥
関ヶ原町水道環境課
1963年

大谷池

2016-03-25 16:00:00 | 岐阜県
2016年3月21日 大谷池
 
大谷池は岐阜県不破郡垂井町の南宮山北側にある灌漑用アースダムで、1914年(大正3年)に垂井町の事業で築造されされました。その後岐阜県のため池等整備事業で整備され現在は大谷溜池用水組合が管理を行っています。
 
垂井町の朝倉運動公園の北側にある真禅院という寺の西側から大谷池へ通じる林道がでています。
真禅院の駐車場に車を止めて林道を10分ほど歩くと大谷池に到着します。
下流面はきれいに刈り払われています。
 
天端
日陰になっていて露出が難しい。
 
上流面は下部がコンクリートで補強されています。
 
右岸の洪水吐。
 
大谷池。
奥の山は関ヶ原の戦いで毛利勢が陣を張った南宮山です。
 
湖面が朝日に煌めきます。
 
左岸の斜樋。
 
大谷池はのすぐ南にある南宮山は関ヶ原の戦いの勝敗を分けるカギになった山です。
西軍主力の毛利勢がこの周辺に陣を張りましたが、山麓に陣取った一族の吉川広家が東軍に通じたために山上の毛利勢は兵を動かすことができず、これが西軍敗因の一つとなりました。
大谷池は歴史ロマン真っただ中にあります。
 
1048 大谷池(0265)
ため池データベース 213610021
岐阜県不破郡垂井町宮代
木曽川水系相川
18.7メートル
82メートル
161千㎥/161千㎥
大谷溜池用水組合
1914年

平尾1号溜池

2016-03-25 12:00:00 | 岐阜県
2016年3月20日 平尾1号溜池
 
平尾溜池は岐阜県不破郡垂井町にある灌漑用アースダムで、1916年(大正5年)に大垣市青野地区と垂井町平尾地区が共同で建設しました。
平尾溜池は下流の2号溜池と上流の1号溜池で形成され二つのため池はサイフォン方式で結ばれており、下流の2号溜池の水位が下がると1号溜池の水が流入して補充されるシステムです。
したがって二つのため池は常に同じ水位を維持しています。
 
平尾2号溜池から林道を300メートルほど北に進むと1号溜池に到着します。
2号同様下流面はきれいに刈り払われています。
 
天端は車道です。この道は東海自然歩道のハイキングコースになっています。
 
上流面はコンクリート補強。
 
貯水池の規模は2号溜池の半分以下です。
 
下流面。
奥の水路は洪水吐からの導流路。
左岸の洪水吐。
 
1号溜池には取水設備はなく2号溜池の水位が下がるとサイフォン導水路で流出する仕組みです。
両者をつなぐサイフォンの水路を見に行こうと思いましたが立ち入り禁止のため叶いませんでした。
 
1052 平尾1号溜池(0263)
ため池データベース 213610001
岐阜県不破郡垂井町平尾
木曽川水系杭瀬川
19.9メートル(ため池データベース 19メートル)
65メートル
160千㎥(ため池データベース 159千㎥)/160千㎥
不破郡北部土地改良区
1916年

平尾2号溜池

2016-03-25 10:00:00 | 岐阜県
2016年3月20日 平尾2号溜池
 
平尾溜池は岐阜県不破郡垂井町にある灌漑用アースダムで、1916年(大正5年)に大垣市青野地区と垂井町平尾地区が共同で建設しました。
平尾溜池は下流の2号溜池と上流の1号溜池で形成され二つのため池はサイフォン方式で結ばれており、下流の2号溜池の水位が下がると1号溜池の水が流入して補充されるシステムです。
したがって二つのため池は常に同じ水位を維持しています。
 
美濃国分寺跡の西側で県道216号から町道を北に折れ東海道線のガードをくぐると平尾2号溜池に到着します。
天端は車道になっておりこの先を進むと1号溜池へと向かいます。
またこの道は東海自然歩道のハイキングコースになっています。
 
上流面はコンクリートで補強されています。
 
取水設備。
 
左岸の洪水吐。
 
 
下流面はきれいに刈り払われています。
洪水吐からは薄く越流していました。
 
平尾溜池の由来。
 
 
1051 平尾2号溜池(0262)
ため池データベース 213610002
岐阜県不破郡垂井町平尾
木曽川水系杭瀬川
25メートル
107.9メートル
359千㎥/359千㎥
不破郡北部土地改良区
1916年

犬上川ダム

2016-03-25 06:00:00 | 滋賀県
2016年3月20日 犬上川ダム
 
犬上川ダムは滋賀県犬上郡多賀町の淀川水系犬上川にある多目的重力式コンクリートダムで犬上川沿岸土地改良区が管理を行っています。
近江盆地は日本屈指の穀倉地帯ですが、河川の多くが天井川で安定した灌漑用水の確保が課題となっていました。
犬上川流域も事情は同じで1932年(昭和7年)には水争いの結果流血事件が起こるほどの騒ぎとなりました。
この事態を受け滋賀県は1934年(昭和9年)に犬上川南谷源流部に犬上川ダムを着工しますが、戦争激化により工事は中断、終戦直後の1946年(昭和21年)にようやくダムは竣工しました。
犬上川ダムは灌漑目的のコンクリートダムとしては日本で最古の部類のダムの一つとなっています。
また1954年(昭和29年)に関西電力犬上発電所が増設され最大1100キロワットの発電を行っています。
 
甲良から県道226号~34号を東進すると犬上川ダムに到着します。
赤いゲートが際立ちます。
 
コンクリートの打継面、越流部の苔やしみ出た骨材の錆色の着色
戦後すぐにできた時代感が伝わってきます。
 
天端とゲート操作室
円形の機械室は戦前の設計ではよくみられるデザインです。 
天端は歩行者と二輪車が通行可能。
 
発電所の取水口。
 
すり鉢状の減勢工。
 
アングルを変えて 
独特のすり鉢に加えて錆び、苔、つぎはぎ…ある意味これがこのダムのエッセンスかも??
現実には物資不足の戦中に建設されたため人間でいえば骨粗しょう症のような状態。
 
上流面
ぎざぎざのゲートは恐竜っぽい。
 
ダム便覧では昭和21年竣工ですがこちらは22年。
 
この辺のデザインは同じ農業用コンクリートダム黎明期の埼玉の間瀬ダムに共通するものがあります。
 
植林を下りなんとか下流から。
 
犬上発電所への水圧鉄管。
 
至る所でオールドダムの魅力を感じることができるダムです。
できれば河原に下りてすり鉢状の減勢工を至近で見てみたいものです。
 
 
追記
犬上川ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流により新たに85万9000立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
1351 犬上川ダム(0260)
滋賀県犬上郡多賀町萱原
淀川水系犬上川
AP
45メートル
135メートル
4500千㎥/3700千㎥
犬上川沿岸土地改良区
1946年
◎治水協定が締結されたダム

宇曽川ダム

2016-03-24 20:00:00 | 滋賀県
2016年3月20日 宇曽川ダム
 
宇曽川ダムは滋賀県東近江市の淀川水系宇曽川にある滋賀県営の治水目的ロックフィルダムで、宇曽川の洪水調節と既得取水権の補給・河川流量の維持を目的に1979年(昭和54年)に竣工しました。
ダム周辺は県立湖東自然公園に指定され、ダム湖上流は景勝地の宇曽川渓谷になっています。またダム付近には湖東三山と呼ばれる名刹もあります。
 
八日市インターから国道307号を北上すると金剛輪寺の手前で宇曽川ダムを示す標識が現れます。これに従い東進すると宇曽川ダムに到着します。
当初は車でダムの上まで上がる予定でしたが、ダムの手前に『ダム下公園』と書かれた分岐がありそちらに向かってみました。
減勢工の手前から洪水吐導流部に沿って階段があるので下から歩いて登ります。
 
堤高56メートルを登り切ると・・・
洪水吐導流部から減勢工を見下ろします。
 
洪水吐。
 
洪水吐と取水棟、管理事務所 
背の高い角ばった洪水吐の越流壁が特徴。
 
洪水吐導流部の脇にモノレールみたいなものがあります。
これは??
 
堤体の下にダム下公園があります。
天端は絶好の展望台で、晴れていれば琵琶湖を挟んで湖西の山まで見えるそうですが・・・
 
天端は車両が通れるっぽい。
 
淡海展望台
淡海とは湖、つまり琵琶湖のことです。
ダム周辺には湖東三山など名刹がありそれをモチーフにした和風のデザイン。
 
上流面。
 
下流面。
ともに黒っぽい石が使われています。
 
追記
宇曽川ダムには235万立米の洪水調節容量が設定されていますが、豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらに25万立米の洪水調節容量が確保されることになりました
 
1362 宇曽川ダム(0259)
左岸 滋賀県東近江市平柳町
右岸    愛知郡愛荘町松尾寺
淀川水系宇曽川
FN
56メートル
192.8メートル
2900千㎥/2600千㎥
滋賀県土木交通部
1979年
◎治水協定が締結されたダム
 

蔵王ダム

2016-03-24 16:00:00 | 滋賀県
2016年3月20日 蔵王ダム
 
蔵王ダムは滋賀県蒲生郡日野町にある灌漑用ロックフィルダムで、農水省の日野川地区農業水利事業により1990年(平成2年)に建設されました。
近江盆地は日本有数の穀倉地帯ですが、天井川が多く安定した灌漑用水の確保が課題となっていました。
そのため各河川で灌漑専用ダムの建設が進みましたが蔵王ダムもそんなダムの一つです。
運用開始後は日野川流域土地改良区が受託管理を行っています。
 
日野から国道477号を進むと蔵王ダムが見えてきます。
灌漑専用ダムとしては比較的規模の大きなダムで、黒と白の石が混じるリップラップが特徴です。
向かって左に利水放流設備があります。
 
洪水吐をズームアップ
越流しています。
 
左岸の洪水吐。
 
減勢工を見下ろす
晴れていれば琵琶湖まで見えるんですが・・・。
 
上流面も色違いのロックフィル。
 
堤体直下は芝生が張られていますが立入禁止。
 
天端は車両通行止め。
 
右岸の取水設備。
 
余談ですが蔵王ダムのすぐ下には金峰神社があります。
これはもちろん吉野の金峰山寺を勧請したものでしょう、金峰山寺の本尊は蔵王権現です。
さらに下流には熊野神社がありこの地域が吉野の山岳信仰とかかわりが深いことを示唆しています。
ちなみに日野川流域は鎌倉時代の公家日野氏の荘園があった場所です。
日野氏といえば後醍醐天皇の建武の中興の立役者で当初は南朝方でした。
南朝といえば吉野、ダムには全く関係ないけどこういう推理も楽しいものです。
 
 
追記
蔵王ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流により新たに7万4000立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
1366 蔵王ダム(0257)
滋賀県蒲生郡日野町蔵王
淀川水系日野川
56メートル
370メートル
4790千㎥/4600千㎥
日野川流域土地改良区
1990年
◎治水協定が締結されたダム

日野川脇ダム

2016-03-24 14:00:00 | 滋賀県
2016年3月20日 日野川脇ダム
 
日野川脇ダムは滋賀県蒲生郡日野町の日野川ダムのダム湖右岸の低地部に建設されたアース式の副堤です。
堤頂長は本堤の4倍近い388メートルもあり一見するとどっちが本堤かわからないほどです。
 
脇ダム下流面
天端は車道になっています。
 
上流面はコンクリートで補強されています。
奥に日野川ダム本堤とゲートが見えます。
 
副堤の下は果樹畑。
奥に止まっている車は釣り客のものです。
 
堤体は屈曲しています。
 
3601 日野川脇ダム(0256)
滋賀県蒲生郡日野町村井
淀川水系日野川   
FN
19メートル
388メートル
1388千㎥/1038千㎥
滋賀県土木交通部
1965年