ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

岩部ダム

2023-03-31 18:00:33 | 福島県
2023年3月19日 岩部ダム
 
岩部(がんべ)ダムは福島県相馬郡飯館村飯樋の新田川水系飯樋川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
飯館村から南相馬市原町区を横断する新田川は古くから流域の灌漑用水源となっていましたが、水量が不安定で渇水による干ばつ被害が多く灌漑設備の整備が強く求められていました。
これを受け農林省(現農水省)の補助を受けた福島県のかんがい排水事業により1962年(昭和37年)に竣工したのが岩部ダムです。
管理は南相馬土地改良区が受託し飯樋川および新田川流域の水田に灌漑用水を供給しています。
東日本大震災によるダムへの直接的被害はありませんでしたが、ダムのある岩部地区が一時居住制限地域だったこともありダムの劣化や機能低下が顕著となり2022年(令和4年)にかけて農山村地域復興基盤総合整備事業(水利施設整備事業)岩部地区による大規模復旧工事が実施されました。
なおダム便覧では竣工年度が1965年(昭和40年)となっていますが、ここでは竣工記念碑に刻された1962年(昭和32年)を竣工年度とします。
 
今回は3月にもかかわらず降雪があり雪景色の中での見学となりました。
ダム下から。
右手は放流設備、右岸(向かって左手)に洪水吐斜水路が見えます。


洪水吐をズームアップ。


駐車場のある右岸に向かいます。
竣工記念碑が建っていますが、摩耗が激しく解読が難しい。
天端は車道ですが、バリケードが張られ通行禁止。


洪水吐導流部
このあと2枚目写真の斜水路へと流下します。


横越流式洪水吐
満水で越流しています。
直近の復旧工事で漏水対策などが施されました。


洪水吐越しのダム湖
総貯水容量88万立米で4月半ばからの通水に備えて満水。
令和4年までの復旧工事中は水を抜いて低水運用が続いていたため、久しぶりの満水となります。


左岸の取水塔。


洪水吐越しの上流面。


次に左岸に回ります。
堤高は23.1メートル
浜通りの相双葉地区としては珍しく3月の降雪で雪化粧となりました。


上流面はコンクリートで護岸。
こちらも直近の復旧工事で刷新されました。


湖岸から取水塔を見下ろします。
四角形だと思ったら六角形でした。


0502 岩部ダム(1965)
福島県相馬郡飯館村飯樋
新田川水系飯樋川
23.1メートル
119メートル
880千㎥/880千㎥
南相馬土地改良区
1962年

万右ェ門溜池

2023-03-30 18:00:17 | 福島県
2023年3月19日 万右ェ門溜池
 
万右ェ門溜池は福島県双葉郡大熊町野上の熊川水系万右ェ門川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧には1935年(昭和10年)に大野土地改良区の事業で竣工と記されており、土地改良区の前身である耕地整理組合の事業で建設されたものと思われます。
戦後の土地改良区の統合で大熊町土地改良区が管理していましたが、2011年(平成23年)3月の原発事故により大熊町の大半で避難指示が出されたことで灌漑用貯水池としての運用を停止、低水管理を実施するとともに管理は大熊町に移されています。
その後大熊町の避難指示は逐次解除されていますが、2023年3月の訪問時点で受益農地の過半が帰還困難地域となっていることから低水管理が継続されています。

国道288号からダムに通じる林道入口に『万右ェ門ため池』の標識があります。


林道を進むと溜池右岸に到着。
天端は車道で車の通行もできます。


右岸の横越流式洪水吐。


総貯水容量25万7000立米の貯水池
原発事故以降10年以上にわたり低水管理が続き、貯水池には樹木が侵入しています。


左岸の斜樋操作建屋
建屋の下には竣工当時のものと思われる石積の擁壁が残っています。


原発事故以来灌漑用貯水池としては機能していませんが、下流面は草が刈られ堤頂部は養生が施されています。
将来受益地域への帰還が叶うときに備え、管理が行われているようです。


上流面も定期的に草刈りが行われているようです。


左岸の斜樋
10年以上使用されておらず、錆付きご覧のありさま。




堤高20メートルの堤体。


左岸の底樋門
低水管理のため流入量はそのまま放流されています。


洪水吐導流部。


受益地域の大半がいまだに帰還困難地域のため、灌漑用貯水池としては機能していません。
しかし、大熊町の避難指示も漸次ではありますが解除が進んでいます。
来るべき運用再開に備え、きちんと管理されているのが伺えます。

0471 万右ェ門溜池(1964)
ため池コード 075450001
福島県双葉郡大熊町野上
熊川水系万右ェ門川
20メートル
69メートル
257千㎥/257千㎥
大熊町
1935年

舘山溜池

2023-03-29 17:56:41 | 福島県
2023年3月19日 舘山溜池
 
舘山溜池は左岸が福島県双葉郡富岡町大菅、右岸が同町上手岡の熊川水系熊川右支流にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧には1940年(昭和15年)に耕地整理組合の事業で竣工と記されており、管理は耕地整理組合を引き継いだ富岡町土地改良区が行っています。
2011年(平成23年)3月の原発事故により、富岡町全域が避難地域となり受益農家が一時的に消滅、訪問した2023年(令和5年)3月19日時点でも受益地の大半が帰還困難区域となっており貯水池の水は抜かれ低水管理が続いていました。
しかし、訪問直後の同年3月22日に同年4月1日をもって受益地となる富岡町大菅、夜の森、桜地区等の避難指示解除が発表されたことで、今後受益農家の帰還に合わせて舘山溜池の運用再開が期待されます。

天端には道路が通っていましたが、今は陥没して通行は不能。
左右両側にバリケードが置かれています。
写真は左岸のバリケード。


左岸の越流式洪水吐。


洪水吐導流部
溜池直下の杉林を抜けてゆきます。


総貯水容量123万3000立米(ため池データベース)の貯水池。
本州の灌漑用溜池としてはかなり大規模。
原発事故以来受益農地が避難地域となっていたため、水が抜かれ低水管理が続いています。


右岸の斜樋。


手前に土砂吐があり、流入量はそのまま放流されています。
奥の設備や左手の小さな池はよくわかりません。


下流面
秋冬に草が刈られたようで、溜池としてはきちんと管理されています。


右岸からの天端。
道路は陥没していますが、道路わきの草もきれいに刈られています。


上流面はコンクリートで護岸。


丸太小屋風の斜樋操作室。


草が刈られた下流面
ダム下に下りましたが底樋管は見つかりませんでした。
たぶん杉林のさらに下流にあると思われます。


復旧事業により既に灌漑用貯水池としての機能は確保されています。
訪問直後に受益地となる大菅、夜の森、桜地区等の規制が解除されました。
今後受益農家の帰還に伴って灌漑用貯水池としての運用再開が期待されます。

0467 舘山溜池(1963) 
ため池コード 075430017 
左岸 福島県双葉郡富岡町大菅
右岸        同町上手岡
熊川水系熊川右支流
20メートル(ため池データベース15メートル)
155メートル(ため池データベース160メートル)
1286千㎥(ため池データベース1233千㎥)/1286千㎥
富岡町土地改良区
1940年 

千軒平溜池

2023-03-28 17:53:53 | 福島県
2023年3月19日 千軒平溜池
 
千軒平溜池は福島県いわき市四倉町八茎の仁井田川水系仁井田川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
いわき市四倉町の仁井田川流域は水源となる仁井田川の水量が不安定で、渇水による干ばつ被害が多発しており戦前より灌漑設備の整備が強く求められていました。
戦後の食糧難を受け、1948年(昭和23年)に県営かんがい排水事業が採択され1959年(昭和34年)に竣工したのが千軒平溜池ダムです。
運用開始後は千軒平溜池土地改良区が管理を受託し約500ヘクタールの水田に灌漑用水を供給しています。
名称は千軒平溜池ですが、福島県のため池データベースへの記載はなく『農業ダム』に分類されるようです。
ダムへの入り口には立ち入り禁止を示す標識がありチェーンが張られていますが、今回は事前に千軒平土地改良区の許可を得て立ち入りました。

仁井田川沿いの県道343号八茎四倉線を北上、八茎鉱山跡を過ぎると三叉路になっている林道入口に到着します。
ゲートはありませんがここから先は一般車両進入禁止のため徒歩となります。


三叉路に建つ千軒平ダムの説明板。


三叉路から150メートルほど進むと溜池への入口が現れます。
写真のように関係者以外立ち入り禁止が表記されチェーンが張られています。
今回は事前に土地改良区の許可を得ております。


右岸ダムサイトに建つ記念碑
竣工10周年を記念して建立され、溜池建設に至る経緯が刻されています。


堤頂長127メートルの天端。


右岸の横越流式洪水吐。


総貯水容量86万5000立米の貯水池
冬場に水が抜かれるますが、灌漑期を控えてほぼ満水まで貯水されています。


左岸から天端と下流面
きれいに刈り込まれており、貴重な水源であると伺えます。
下流側にはイノシシ除けの電柵が張られています。


斜樋。


斜樋のシャフト。


上流面はコンクリートで護岸。


堤体中央の階段でダム下へ。


ダム下の底樋樋門。
非灌漑期のため河川維持放流だけ流されています。

0496 千軒平溜池(1962)
福島県いわき市四倉町八茎
仁井田川水系仁井田川
25.5メートル
127メートル
865千㎥/865千㎥
千軒平溜池土地改良区
1959年

藤沼副ダム(再)

2023-03-25 18:00:41 | 福島県
2023年3月17日 藤沼副ダム(再)

藤沼副ダム(再)は福島県須賀川市江花にある藤沼ダム(再)の副ダムです。
2011年3月11日の東日本大震災により藤沼ダム主堤体が決壊、150万トンの水が一気に流下し8人の死者を出す大惨事となりました。
2013年(平成25年)より県営災害復旧事業等によるダム再開発事業が着手され、2019年(令和元年)に主ダムの藤沼ダム(再)と副ダムの藤沼副ダム(再)が竣工しました。
復旧以前の副ダムは堤高が10.5メートルと河川法上のダムの要件を満たしておらずダム便覧には未掲載でした。
しかし、復旧事業においてはより安全度の高い基礎岩盤までの掘削が行われた結果、天端標高は旧ダムと変わらないものの、堤高が18メートルに嵩上げされ、新たにダム便覧に掲載されました。

主ダムの藤沼ダム(再と副ダムの藤沼副ダム(再)の位置関係
赤が主ダム、緑が副ダムになります。

ダム下から。


主ダムの藤沼ダム(再)と同様にダム下地中に『浸透水観測室』が設置され、これはその入り口です。


堤体は中段の広い踊り場を挟んで2段構成。
決壊の反省から厚めに盛土されています。


左岸ダムサイトの竣工40周年記念碑。


天端から
中央のコンクリートが『浸透水観測室』入り口。


天端はダム周回道路が通り車両通行もできます。


主ダム藤沼ダム(再)同様、上流面には砂利石が敷かれています。


副ダム右岸上流から
右手が藤沼副ダム(再)、左奥が主ダムの藤沼ダム(再)

藤沼ダムには3か所の取水工があります。
これは藤沼副ダム(再)左岸上流側にある2号取水工。


藤沼副ダム(再)右岸上流側にある3号取水工。

3684 藤沼副ダム(再)(1961)
福島県須賀川市江花
阿武隈川水系簀ノ子川右支流
18メートル
86.8メートル
1500千㎥/1480千㎥
江花川沿岸土地改良区
2019年

藤沼ダム(再)

2023-03-24 18:00:00 | 福島県
2016年4月24日 藤沼ダム(再)
2023年3月17日

藤沼ダム(再)は福島県須賀川市江花の阿武隈川水系簀ノ子川右支流にある灌漑目的のアースフィルダムです。
須賀川市の江花川および簀ノ子川流域は地味は豊かながら河川の流域面積が小さいため渇水が多く灌漑施設の整備が強く求められてきました。
これを受け1937年(昭和12年)に県営事業として藤沼貯水池建設事業が着手されますが、戦況悪化に伴う人員物資不足等によりに事業は一時中断、着工から12年目の1949年(昭和24年)に藤沼ダム(元)が竣工しました。
管理は江花川沿岸土地改良区が受託し、江花川および簀ノ子川流域約830ヘクタールの水田に灌漑用水供給しています。
その後、ダム湖周辺は日帰り温泉やキャンプ場、欧州風コテージなどを備えた藤沼湖自然公園として整備され、年間10万人が利用する人気スポットとなり、藤沼湖はため池百選にも選ばれました。
しかし、2011年3月11日の東日本大震災により堤体が決壊、150万トンの水が一気に流下し8人の死者を出す大惨事となりました。
地震による貯水池・農業用ダムが決壊して死傷者が出たのは、世界的に見ても1930年以来例がなく非常にまれな災害となりました。
2013年(平成25年)に県営災害復旧事業等によるダム再開発事業が着手され、2019年(令和元年)に主ダムの藤沼ダム(再)と副ダムの藤沼副ダム(再)が竣工しました。
藤沼ダム(再)には建設工事中の2016年(平成28年)4月に初訪、震災から12年、13回忌に当たる2023年3月に再訪しました。

主ダムの藤沼ダム(再)と副ダムの藤沼副ダム(再)の位置関係
赤が主ダム、緑が副ダムになります。


先ずは主ダムのダム下へ
ダム直下は立ち入り禁止のため下流から遠望するのみ。

 
ダム決壊の際はこの杉林を薙ぎ倒し150万トンの水が流出、下流で死者8名を出す大惨事となりました。
沿岸に津波到達以前に発災しており、震災での最初の犠牲者とも言われています。


右岸から
堤高31.4メートル、堤頂長149.2メートルの堤体
天端標高は旧ダムと変わりませんが、より安全度の高い基礎岩盤まで掘削したため堤高は18.5メートルから大きく増加しました。
ダム下のコンクリートは『浸透水観測室』入り口。


天端はダム周回道路が通り車両通行もできます。
上流面は砂利石が敷かれています。

 
総貯水容量150万立米の藤沼湖。
集水の大半は簀ノ子川からの導水によります。
正面はダム管理事務所で平日は土地改良区職員が常駐しています。


左岸の洪水吐導流部。


左岸の横越流式洪水吐
4月半ばからの通水に備えほぼ満水。


藤沼ダムの受益農地は広範にわたるため3か所の取水設備が設置されています。
これは1号取水工。


主堤の藤沼ダム(再)と藤沼副ダム(再)の位置関係
副ダムは主ダムの南側にあり、左奥が藤沼ダム(再)、右手が藤沼副ダム(再)となります。


湖畔には各種記念碑が並びます。
こちらは1949年(昭和24年)の竣工記念碑。


2011年(平成23年)3月の改修事業竣工記念碑。
皮肉なことにこの直後に震災に余より被災、決壊事故が発生しました。


2017年(平成29年)の復興事業竣工記念碑。


湖畔は藤沼湖自然公園として整備され、ため池百選に選ばれています。
左岸にはコテージやキャンプ場が並びます。

 
こちらは2016年4月訪問時の写真。
写真は副ダム(再)で提体の盛り立てはすでに完了していました。

1枚目写真の下流から撮影
決壊の際の流路となった杉林です。

地震によってアースフィル堤体が決壊し死者が出るという世界的にも稀有な事故があったダムです。
藤沼ダム決壊を契機に全国的に溜池ハザードマップの製作が進められ、また農水省によるため池データベース編纂の端緒にもなりました。
不幸な事故ではありましたが、その反省を生かし今後の防災に生かしてゆかねばならないと痛感します。

参考資料

3679 藤沼ダム(再)(0324)
福島県須賀川市江花
阿武隈川水系簀ノ子川
31.4メートル
149.2メートル
1500千㎥/1480千㎥
江花川沿岸土地改良区
1949年 藤沼ダム(元)竣工
2011年 東日本大震災で被災
2019年 藤沼ダム(再)竣工

赤坂ダム

2023-03-23 18:00:00 | 福島県
2015年12月19日 赤坂ダム
2023年 3月17日
 
赤坂ダムは福島県西白河郡西郷村真船の阿武隈川水系堀川左支流谷津田川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧、現地記念碑ともに1965年(昭和40年)に福島県営事業で竣工と記されており、県営のかんがい排水事業等で建設されたものと思われます。
管理は西郷村土地改良区が受託しています。
ダムへの入り口には立ち入り禁止を示す標識があり、天端へ通じる道路にはゲートが設置されていたため、2015年(平成27年)の訪問時はダム下からの見学に留まりました。
今回西郷村産業振興課の立ち入り許可を得て再訪しました。

ダム入り口の立ち入り禁止標識およびハザードマップ。

ダム下から
堤高18.3メートル、堤頂長147メートルの均一フィルアース
基部は石積みの擁壁で提体は犬走を挟んで2段構成
堤体は芝生のように奇麗に刈りこまれています。
手前はドレーンからの水路。


こちらは底樋管からの水路
ダム下で2系統に分水されます。
灌漑期は4月半ばからのため今は通水されていません。


左岸の洪水吐導流部
大きな越流はないのか?導流部は細い水路になっています。


ダムサイトに上がります。
高い位置に作業用倉庫と記念碑が建っておりダムを俯瞰できます。
天端はダートですが車の行き来が多いのかしっかり踏み固められています。
また貯水池は熊田水産(株)の養鯉池になっており、湖面に養鯉設備が設置されています。


記念碑。
ダムの諸元が詳しく刻されています。


天端から
中央はドレーンからの水路
右手は管理事務所ですが、職員の常駐はないようです。


総貯水容量90万6000立米の貯水池
左手(右岸)に斜樋があります。
手前は養鯉用の設備。

上流面はコンクリートで護岸。
正面の建屋は養鯉用の資材置き場、右手に斜樋があります。


斜樋をズームアップ
外装工事中。
取水された水は3枚目写真の分水工に送られます。


左岸から下流面。


左岸の洪水吐
養殖の鯉が流されないようにネットが張られています。


横越流式ではなく、導流部の最上部に越流堤があります。
越流した水は4枚目写真の導水路を流下します。

灌漑用貯水池であるとともに、養鯉池にもなっています。
実は福島県は養鯉出荷額全国第2位を誇り郡山を中心に多くの溜池で鯉の養殖が行われています。

0506 赤坂ダム(0125)
ため池コード 1074610001
福島県西白河郡西郷村真船赤坂
阿武隈水系谷津田川
18.3メートル
147メートル
906㎥/855㎥
西郷村土地改良区
1965年

黒森ダム

2023-03-22 19:00:00 | 福島県
2015年12月19日 黒森ダム
2023年 3月17日 

黒森ダムは福島県西白河郡西郷村小田倉の阿武隈川水系黒川左支流大沢川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧には1932年(昭和7年)に福島県の事業で竣工と記されており、県の用水改良事業等で建設されたものと思われます。
管理は小田倉水利組合が行っています。
ダムへの入り口には立ち入り禁止を示す標識があり、管理道路にはチェーンが張ってあります。
2015年(平成27年)の初回訪問時は洪水吐導流部を下流から見るのみでしたが、西郷村産業振興課の立ち入り許可を得て2023年3月17日に再訪しました。
 
栃木県那須町に隣接する小田倉地区はバブル期に大規模なリゾート開発がすすめられましたがバブル崩壊でとん挫、不似合いな4車線の道が残されています。
現在はリゾート予定跡地各所で大規模なソーラー発電所の建設が進められ、雑然とした雰囲気です。
クリーンエネルギーと言う名目で美しい自然が黒いソーラーパネルの生まれ変わるのははっきり言って違和感しかありません。
立派な道路の突き当たりから黒森川沿いのダート道を進むと黒森ダム入口に到着します。
ダム入り口にある立ち入り禁止を示す標識。
前回はここで引き返しました。


堤体直下まで進むと取水設備からの底樋管が現れます。
灌漑期は4月半ばからなので、今は利水放流はありません。


右岸から見上げる下流面
基部には石積みの擁壁がありますが、石はかなり崩れています。


左岸管理道路から
犬走を挟んで2段構成の堤体は芝生のようにきれいに刈りこまれています。
堤高20.2メートル、堤頂長170メートルの横長堤体。


天端入り口にある厳重な門扉
今回は立ち入り許可を得ての見学です。


車道一車線幅ほどの天端


天端からは那須連峰が望めます。
中央は三本槍ヶ岳、左は朝日岳。


右岸の斜樋。


天端から下流を見下ろします。
受益地となる農地は遥か下流、右手の山は栃木県と県境になります。


総貯水容量53万立米の貯水池。
4月半ばからの通水を控えてすでに満水。


上流面はコンクリートで護岸。


右岸の横越流式洪水吐。
薄く越流しています。


ダムの入り口から少し上流に進むと洪水吐減勢工の前に出ます。


ダム下流の灌漑用水路
黒川沿いの水田に灌漑用水を供給します。
左奥に堤体が垣間見えます。

3336 黒森ダム(0127)
ため池データベース 074610003 
福島県西白河郡西郷村小田倉 
那珂川水系大沢川 
 
 
20.2メートル 
170メートル 
530㎥/500㎥ 
小田倉水利組合 
1932年