湊かなえの最新作である。とくに最新刊だから注目して手に取ったわけではない。なんとなしに手に取ってみたけど、買う気になったのは「告白」以来の衝動である。
(以下、ネタばれになるかもしれないので、あしからず)
初めにタワーマンションで起きた悲劇的な殺人事件が、たった三行の報道記事で提示される。そして、取り調べ調書の羅列。まずは「N・杉下希美」そのあと「N・成瀬慎司」「N・西崎真人」「N・安藤望」と続いていく。そういえば殺害された二人も供述調書を取られている人物たちもみな「N」なのである。
あの日の同じ場面が何度も同じように繰り返し追想されていく。しかし微妙に違う視点から・・・しかしそれが、異なる視点からの主観であるだけでなく、故意の虚言や意味を為さない嘘が交じっている。そんな4人の供述調書が終わったところで、第一章が終わる。そう、この第一章が曲者のなのである。これは続く第二章以降の展開に置いて読者を惑わすだけの力を秘めているのだ。ある意味、湊かなえらしい文体であり、またテイストなのだが、そこには「告白」にはなかったような不思議な色彩が秘められているようにも感じた。なんというか「炎」のオレンジと、「海」「島」のブルーである。そして主観的には平常であると信じている人の壊れた言動。
物語は終息に向かって劇的な局面を迎えるのに、それでいて心が穏やかになれる綺麗な終わり方をするのが何とも不思議な感じがする。それはきっと、命を落とした2人以外の主要な登場人物たちが、悪意のない生き方をしているからなのだろうと思った。そういう意味では後味のすこぶる不味い「告白」からは進化していると思った。
湊かなえ独特の「主観の断片が漂泊する」という構成はここでも健在である。各人の主観は見たもの全てで有り得るはずはなく、当然のことながら推測や思い込みからくる歪曲が読む者を混乱の淵に誘い出していくのである。いや、しかし、著者以外にこの切ない物語の全容を知り得る者はこの物語の中には存在しない。それはしごく当然のことであり、またそれが当然のことであるということを主人公たちが考えもしないこともまた当然のことなのである。繰り返しになるが、彼らは彼らの目で「見聞きし、感じたもの」しか語っていないのである。だからこそ、こういう展開が成り立つのだろうと。
最後まで読み切り、読者としてはるか高いところから全容を知り得たとき、または知ったような気になったとき、言いようのない静かなさざ波が胸中を撫で始めるのである。最後にわかるNとは誰か?誰なのかは明かされることはないが、誰なのかが痛いほどわかる。
もう一度、読み直してみよう。
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