団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

家の便所のちり紙は、裁断された新聞紙だった。(苦笑)

2019-08-24 02:46:19 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「物不足 染みついた倹約」というタイトルで、83歳の男性が投稿されていました。



 手などを拭くためのぬれた紙製のおしぼりが入った袋を店から持ち帰り、
日頃、ちり紙の代わりに携行して使っている。

 ぬれたおしぼりは厚手で破れる心配がなく、表裏を使って何度か鼻水をかんだ後、
洗面器に張ったみずに浸してもみ洗いして乾燥させればその後3〜4回は使うことができる。

 そのことを友人に打ち明けたら「せこい!」とあきれ返られたが、私はどうしても
「もったいない」と思ってしまうのだ。
物資が乏しかった戦後の体験が染み付いているからだろう。

私が今でいう小学校4年生だったとき、現韓国の金海で終戦を迎えた。
1945(昭和20)年9月に母と兄、妹の4人で日本に引き揚げて母の古里、現 堺市で暮らし始めた。
ちり紙はぜいたく品だった。
家の便所ではその後しばらく、裁断された新聞紙がうずたかく積まれていた。

 手で揉みほぐし、ちり紙代わりに使った記憶がよぎる。


 以上です。


 この投稿者さん、物資が乏しかった体験が染み付いていらっしゃいますね。
最近は倹約するという風土が、少し薄れてきたように思います。

 私はティッシュを使い過ぎますので、いつもかみさんに「もったいない!」と注意をされています。(苦笑)
ティシュなど日用品は以前の2倍以上に高騰していますね。
すぐにテッシュを使う癖を直さなければ。

 我が家の便所のちり紙も、私が小学生の時、裁断された新聞紙だったことがあります。
うちの父親は「新聞のインクは、お尻に良い」と言っていましたが、私にはかたくて使いにくかった記憶があります。(苦笑)










因幡 晃 「わかって下さい」
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10 コメント

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おはようございます (かっつん)
2019-08-24 10:49:11
僕の記憶ではネズミ色した四角いペーパーでした
それが切れると新聞紙も使ったことがあったと思います
今じゃ考えられないですね
もう、ウォシュレット無しでは生きていけない体になってしまいました(笑)
返信する
新聞紙の活躍 (くろまくし)
2019-08-24 11:01:49
トイレの落し紙が新聞紙だった時代を思い出しました。 我が家では比較的早く卒業したようですが、父の実家へ行くとそうでした。

 お父様の「新聞紙はお尻によい」との説はマユツバでしょう。その現実を乗り越えるために無理に納得するための詭弁でしょう。でも何事も前向きに乗り越える知恵のある面白いお父様ですね。
返信する
Unknown (かずちゃん)
2019-08-24 12:44:11
今でも私はトイレットペーパーフェチなところがありますが
子供の頃我が家は父親が多分痔もちだったからか、トイレの紙は柔らかめの白い物でした

友達の家に行くとかっつんの書いておられる灰色のちょっとごわっとした落とし紙(トイレの紙のことをこうよんでました)

私は子供心になぜかそれがうらやましくて、地蔵盆ののど自慢で、商品を選ぶときに灰色の落とし紙をもらって帰ったことを覚えています。

後年、笑い話で何度もでましたが、実際そのとき
叱られたのか、笑われたのかは記憶がないです(笑)

節約するのはわかるけど、何度もはなをかんで、水洗いして、干して使う
家にこんな人がいたら、それはちょっと嫌です(笑)
返信する
おとしがみ (ねこママ)
2019-08-24 14:02:22
私が小さなころは、黒いちり紙だったような気がします。
もしかしたら、新聞紙だったかも?

今はもう、とても戻れませんね(苦笑)
慣れはこわいです。
以前、トイレットペーパーが不足して、
パニックになった時代がありましたが
どうか、そんな事がないように願いたいです。

↓、「舟木一夫」さん、ファンでした。
コンサートには行ったことはありませんが
「絶唱」は観ました。
いまでも、始まりのシーンははっきり覚えています。
懐かしく見させて頂きました。
ありがとうございました🙇
返信する
新聞紙よりずっとましですね。(笑) (masamikeitas)
2019-08-24 14:36:08
かっつん、こんにちわ。

>僕の記憶ではネズミ色した四角いペーパーでした
それが切れると新聞紙も使ったことがあったと思います

ねずみ色した四角いペーパー。
思い出しました。
新聞紙よりずっとましですね。(笑)

>もう、ウォシュレット無しでは生きていけない体になってしまいました(笑)

私も同じです。
よくぞウォシュレットを発明してくれたものです。(笑)
返信する
うちの親父は真面目に言っていたように思います。(苦笑) (masamikeitas)
2019-08-24 14:41:01
黒幕子さん、こんにちわ。

>トイレの落し紙が新聞紙だった時代を思い出しました。 我が家では比較的早く卒業したようですが、父の実家へ行くとそうでした。

うちも1年ぐらいで終わりました。
今から考えると新聞紙でお尻を拭くなんて考えられないです。

>お父様の「新聞紙はお尻によい」との説はマユツバでしょう。その現実を乗り越えるために無理に納得するための詭弁でしょう。

うちの親父は真面目に言っていたように思います。(苦笑)
仮に詭弁だとしたら、まともに受け止めた私は・・・。(苦笑)
返信する
水も使いますし、手間がかかるし (masamikeitas)
2019-08-24 14:45:54
かずちゃん、こんにちわ。

>私は子供心になぜかそれがうらやましくて、地蔵盆ののど自慢で、商品を選ぶときに灰色の落とし紙をもらって帰ったことを覚えています。

かずちゃん、のど自慢に出たんだ!(笑)
灰色の落とし紙を選ばれたんですか。
私なら白色を選びますが。

>節約するのはわかるけど、何度もはなをかんで、水洗いして、干して使う
家にこんな人がいたら、それはちょっと嫌です(笑)

昔からこのような節約をされる方がいますね。
水も使いますし、手間がかかるし、あまり節約になっていないのでは。
返信する
白のセーターをよく着ました。 (masamikeitas)
2019-08-24 14:51:58
ねこママさん、こんにちわ。

>私が小さなころは、黒いちり紙だったような気がします。
もしかしたら、新聞紙だったかも?

灰色と同じような紙質で、黒い紙もありました。
うちも使ったように思います。

>「絶唱」は観ました。
いまでも、始まりのシーンははっきり覚えています。
懐かしく見させて頂きました。
ありがとうございました🙇

どういたしまして。(笑)
私も御三家の中では舟木ファンでした。
特に学生服姿はにあっていましたね。
私は舟木さんが白いセータを着用されることが多かったので、白のセーターをよく着ました。
うちは洋品店でしたので、入手は楽でした。(笑)
返信する
流石に~ (アメリカン・ブルー)
2019-08-24 23:00:50
ちょっとだけ皆さんより若かったようで、
新聞紙の経験はありません。
白い四角いちり紙と言われる物でした。
懐かしいですね。
懐かしいと言えば、因幡晃~♪
私が大学生の頃に わかって下さい が大ヒットした記憶があります。
下宿先の私の上の部屋のHちゃんの部屋からレコードで何度も流れて、
すっかり覚えてしまいました(笑)
想い出が曲に重なるって良いですね。
ありがとうございました。
返信する
「門前の小僧習わぬ経を読む」ですかね。(笑) (masamikeitas)
2019-08-25 00:41:37
アメリカン・ブルーさん、おはようございます。

>ちょっとだけ皆さんより若かったようで、
新聞紙の経験はありません。
白い四角いちり紙と言われる物でした。

新聞紙の経験など、なんの役にも立ちません。
経験されなくてよかったですね。(笑)

>下宿先の私の上の部屋のHちゃんの部屋からレコードで何度も流れて、
すっかり覚えてしまいました(笑)

「門前の小僧習わぬ経を読む」ですかね。(笑)
私はこの歌詞が大好きです。
♪ 忘れたつもりでも 思い出すのね
町であなたに似た 人を 見かけると ふりむいてしまう🎶
Hちゃん、ひと夏の恋をされたのかな?
返信する

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