新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

A child of mixed racial origins

2016-12-26 08:17:27 | コラム
混血の選手たちが活躍する:

私はこの「混血」という言葉の持つ響きが、所謂“political correctness”に抵触すると危惧して使ったことがなかった。英語でもこれに相当する言葉乃至は表現を聞いた記憶がなかったので、たった今「プログレッシブ和英中辞典」を引いてみた。それが件名とした“A child of mixed racial origins”として出ていた。他には“mixed blood”というのを聞いたことがあるが、これは和製英語だと思っていたしPCかと思って使ったことはない。

こんなことを言い出した訳は、昨25日に何の興味もなくNHKの全国高校駅伝だったかの中継にチャンネルを合わせると、女子の部で先頭を追いかけて走っていた女子の姓名に違和感があったので注意してその女子の顔を見ると、上記の“mixed racial origins”でお父さんがアフリカ系だと解った。その女子は快走して9人を抜き一気に首位に立ったのだった。なるほど血は争えないものだと感心していた。次の区間には別の高校にアフリカ系の走者がいたし、アフリカからの留学生をエースとする学校もあると知らされた。

このような傾向は陸上競技だけに限らず他の競技にも徐々に目立つようになってきた。最も広く知られた例には、リオデジャネイロ・オリンピックの400 mリレーで2位に入った4人の中にジャマイカ人の父親を持つケンブリッジ飛鳥君がいたし、楽天イーグルスにもオコエ君がいるではないか。その他にも私が知る限りでも、女子のヴァレーボールとバスケットボールにも将来有望とマスコミが保証する選手がいる。ラグビーでは代表選手の中にいる松島幸太郎の父親がアフリカ系だったと記憶する。

こんなことを言い出すと、私がこういう傾向を否定するのだと思われそうだが、決してそんなつもりはない。“A child of mixed racial origins”の人たちは世界の何処に行っても当然のように沢山いるのであり、我が国のように自分たちは純血の民族だと信じ切っていれば「混血」などという言葉が出来て普通に使われていると私は考えている。アメリカに行ってご覧、UK系、フランス系、ドイツ系、イタリア系、ノールウエー系等の北欧系、アフリカ系、ヒスパニック、アジア系、それに日系がいて、それぞれが入り交じってアメリカが形成されているのではないか。“mixed blood”などと言いだしてはキリがないのだろう。

しかし、私が思うにはスポーツ界ではアフリカ系の“A child of mixed racial origins”は概ね優れた身体能力の所有者で、中学や高校の時点で我が国の代表選手級の力を発揮することが多い。私はラグビー界の「その国に3年以上いてプレーした実績があれば代表選手になれる」との制度に納得がいっていない、言うなれば「感性に基づいた愛国精神」の持ち主である。何も“A child of mixed racial origins”の選手の活躍を否定するものではないが、我が国にこれからもこのような選手たちが数多く現れて「世界」で活躍する時代が来てしまうのだろうと考えている。

それ即ち、アメリカのMLB、NFL、NBAに見られるように、優秀な選手たちが圧倒的にアフリカ系であることと似てくる時代が来るのではないかと思わせるのだ。これと似たような現象に卓球(ピンポン)の世界を見ていると、強豪国と言われるところでは、どう見ても中国系と思わせる選手が多いことだ。私はこの傾向を中国のように優れた選手が多い国では、代表選手になれないような強い者が機会を求めて他国に出て行っているのだと解釈することにしている。

再び言うが、私はこの傾向を否定する意図はないが、これがある意味でのスポーツ界の「国際化」だと見て良いのだろうと考えている。我が国は欧州等の先進国ではこれ以上人口が急増することは見込めないと思うので、今度ともアフリカ系やアジア乃至は中国系の運動選手が各国で増加するだろうし、EUを悩ましているように合法・非合法を問わず移民が今後とも増えていくと推定出来るので、“children of mixed racial origins”の優秀な選手も我が国以外でも増えていくのではないかと考えているのだ。そこまで行くとここには政治問題の陰も見える気がするのだが。



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