新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

ドナルド・トランプ氏の考察:

2024-03-31 07:38:22 | コラム
実務の現場を知らないし知ろうとはしない人:

実は、今朝も他の事柄を取り上げようと昨夜から企画していたが、産経新聞に皇學館大学の村上政俊准教授が「もしトラ」、「ほぼトラ」、「ほんトラ」が示すように、我が国にはトランプ前大統領の再選を恐れる声が上がっていることに疑問を呈しておられたのを読んで気が変わって、トランプ前大統領の在任中に繰り広げてきた「トランプ批判」をあらためて展開しようと思うに至った。

お断りしておくと、私のようなことを言う専門家もジャーナリストも有識者もおられないことは十分承知している。これまでに何度も「アメリカの会社の一員として」と言って「アメリカは我が国とは違う」と主張してきた。この「一員」の意味は「ほぼアメリカ人として」ということと「アメリカ人の視点でものを言えば」なのである。私のような見方は殆ど出回っていない。故に、「おかしな事を言う奴だ」と受け止められても不思議ではないと自覚している。

私はアメリカの知識階級に属すると思っている元の上司、同僚、友人知己たちと同様にトランプ氏には批判的だったし、「無知は力なり」などと言って貶してもいた。私が確信を持って言えることは「アメリカの大手企業に20年以上も勤務して対日輸出を担当しただけではなく、我が国とアメリカの間に存在する抜き難い文化の違いを、身をもって経験してきたからこそ、トランプ前大統領の欠陥を指摘した」のである。

誤解されないように言っておきたいことは「私はトランプ前大統領が能力不足だ」と批判したのではなく、「彼は外国との貿易というか輸出入の実務/現場を経験したことがない為に実態を知らないこと」に加えて「アメリカ経済は基本的に内需依存であり輸出に重きを置いていない等々の実態をご存じでないにも拘わらず、我が国からの自動車の大量の輸出が怪しからんと指摘し、中国の輸出攻勢をも断罪し高率の関税をかける等の保護貿易体制に打って出られた」等の問題点(疑問点?)である。

トランプ氏の「アメリカファースト」や「MEGA」等の旗印の下に打ち出された政策が誤りであると言うのではない。打ち出された政策の基本にある事柄が誤解、誤認識、無知の産物であったことを指摘して非難したのである。アメリカという国とその国民を、他国の不当な(だと信じておられる)輸出攻勢から守ろうとすることは正しいとは思う。但し、その政策を産み出した認識が正しくないことに危険性を感じて指摘したのだ。

だから、何度も繰り返して指摘したことは「トランプ前大統領は全く何もご存じではなく、彼自身がこうだと思い込んでいる事柄に基づいて政策を打ち出しておられた」のか「就任の前後に充分に調査し勉強されて全てを理解し認識された上で」というか「何もかも承知の上」で「恰も何も知らないような振り」をして「アメリカに輸出攻勢をかけ、何も輸入しようとしない日本と中国は不当である」と言われているのかも知れないという事。

私は何れを取るかと言われれば「ご存じではなかった」という方を躊躇なく選択する。その根拠の一つは「日本が未だにアメリカ向けに何百万台の自動車を輸出し続けデトロイトを弱め、アメリカ産の車を輸入しようとしない」と非難され、関税率を引き上げるとか声高く唱えられた。こんな出鱈目が通用したのは言うなれば半世紀も前のことで、如何にラストベルトを保護しようとされたからと言って、大統領が言うべき台詞ではない。

この案件などは政治と経済が絡んでいるから良いのだが、最も遺憾だった事実がある。それは「中国からの輸入に高率の関税をかける策をとられた後で、公式の記者会見の場で「毎日多額の資金が財務当局の口座に入ってきている」と喜んで見せ、側近たちを慌てさせたのだった。側近たちは「違います。あれは我が国の輸入者が納付する関税です」と窘めたのだった。これと同様の無邪気な無知振りは最初の報道官だったスパイサー氏も見せていた。

私はこのような「困ったことだ。大統領ともあろうお方にこのような基本的な常識が欠落していては、何時かはとんでもない誤った政策を打たれてしまうのでは」との懸念を示したのだ。さらに、トランプ前大統領は有識者乃至は側近からのブリーフィングを歓迎されず、意欲的に勉強しようとするタイプの大統領ではなかったという報道もあった。「そうだろう」と理解できる話だった。

私が指摘してきた点は「全て過去というか歴史的な事実をトランプ氏が認識していなかったこと」である。それらを完全に把握していなくても何とかなるかも知れない。だが、現在のような変化と進歩の速度が異常に速く、容易に理解できないようなITC化やディジタル化や物理的/科学的な急速な進歩と発展を示す技術と製品が毎日のように出てくる「時代」に追いつけなければ、一国を統治するのは容易なる課題となってのしかかってくるだろう。

その「時代」にあって、今や知識階層を超えた数に達しているかのような「満足な初等教育も受けていない、英語も解らない人たち」の支持を確保する為に、「汚い言葉」や「彼等にも解りやすい言葉」で語りかける作戦もとって選挙に臨まれる大領候補に危不安を感じることは、必ずしも誤りではないと思う。だが、私は我が国で「どれ程の数の方々が、ドナルド・トランプ氏の実像を知った上で危機感を表明するのか」と本気で疑っている。

マスコミ情報に依存して、我が国とは文化だけではなく思考体系も何も異なり、言語が違うアメリカの政治を恣意的な分析や、偏った情報に基づいて批判などしない方が無難であると言いたいのだ。経験から断言するが「圧倒的大多数のアメリカ人たちは日本のことなどに重大な関心を持っていないのだ。彼等は自分たちの州内の事柄を案じているだけ」なのである。「アメリカファースト」と「MEGA」の何処に「外国」や「国際性」があるのか。


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