新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

私は甲子園の野球排斥論者である #2

2016-03-29 16:23:39 | コラム
我が国における野球に対する批判:

去る26日の甲子園野球批判について「頂門の一針」3937号誌上で読者の方から「敗退した高校の生徒の砂かき集めの儀式」について極めて適切なご意見を賜ったのでご紹介すると同時に、あらためて私の我が国における野球と野球界批判の考えを述べてみたくなりました。

引用開始
<もし主催者に心があるなら、選手たちの惨めさを庇って予め記念に持ち帰り用の砂を用意して、希望によりそれとなく渡す配慮があってよいのでないか。>
引用終わる

とのご指摘というか、適切なご提案には、優れたお考えであると心から敬意を表します。そういう考えが出てこない辺りに、甲子園の野球を主催する朝日新聞と高野連という極めて特殊な存在の思い上がりがあるなどと言いたくなります。彼らは高体連にも所属していない野球界だけの団体です。しかも、野球は我が国では何かあらゆる運動競技の中心にあるが如き扱いをする一部のマスコミがあるので、何か勘違いしているとしか思えない面が多々あります。

その尊大さの悪い例が、この度NPBが産経の取材拒否に出たような姿勢にあると思えてなりません。「マスコミ」とは言いましたが、何しろプロ野球は読売(巨人)、甲子園は朝日という具合に天下の二大新聞が盛り立てていると同時に、盟主然として振る舞うのですから堪りません。いえ、そういう盟主を頂いていることが羨ましいとさえ感じる時があります。

何年も前から言ってきたことですが、何年も前に複数のトレーナーが「事、近代的なトレーニングという面から見れば、野球界が最も遅れている」と言っているほど、あの伝統がある業界には古色蒼然たるところがあるのです。いや、私は古き仕来りが多過ぎるとも言いました。そのトレーナーたちは「我が国でトレーニングの方法が最も進んでいるのは未だにマイナー・スポーツの域を脱しきれないアメリカンフットボールである」と言うのですから、皮肉です。

私独特の「嫉妬」に発する表現ですが、そのような野球が「プロになるのが子供夢」などと平気で言うマスコミがあるのは恐ろしいことです。その野球界の頂点に立っているのが甲子園野球で、大学もプロもその延長線上にある野球をやっている辺りがおかしいから、ついつい「砂かき集め」まで批判したくもなるのです。MLBでは「1回、ノーアウト、ランナー一塁」という状況で送りバントなどしません、それが我が野球界では当然の儀式であり日本の野球であっても、”baseball”ではないのです。

その大本山である高野連には何処も口出ししません。その本部が(今は知りませんが)朝日新聞の大阪本社内にあっては迂闊なことが言えないくらいはマスコミ界の常識でしょうか?だから、あの砂かき集めの儀礼にも何処からも批判が出ないのでしょう。高校サッカーの全国大会で敗退した高校の生徒が(今はなくなった)国立競技場の芝生を持って帰ったら何と言われるでしょうか?

此処でも異論や反論が出るだろう事を承知で申し上げています。