新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

76歳の細川元総理の年齢に思う

2014-01-15 13:27:29 | コラム
76歳に関する疑問:

1997年だったか、某商社のお手伝いをしている時に、銀座の中央通りで偶然に高校の同期でF電機の系列会社の社長を退任したばかりのE君に出会った。その時の話題の一つに日本興業銀行(現みずほ)頭取に就任が決まった西村正雄君(今や故人である)があった。E君は絶対就任否定というか64歳にもなった彼がなるべきではないと断言した。「俺は辞めて清々しているのに」とまで言った。

彼は「社長になれば激職であるのは当然だが、全ては秘書が決めてしまうので時間も行動も自分の思うようにはならないことが多く、ストレスが堪る。極論すれば、一日24時間を通して自由など全くないほど拘束される。しかも会社の内外で自分の与り知らないところで何が起きても責任は自分にかかってくるのだ。自分のように子会社の社長でこういう状態だから、興銀の頭取ともなればその何十倍も大変だろう。60歳台の半ばで引き受けるポストとは言えない」と聞かせてくれた。

そして、歴史に残るあの三行合併を果たした西村君については、その後の同期会でも(産業界の一部でも?)ある噂が飛び交ったものだった。西村君は2006年の1月に73歳になったかどうかも解らない、同期の間でも早い部類に入る亡くなり方をしてしまった。残念だった。

私には東京都知事と興銀の頭取の何れが激職かなどは知る術もないが、少なくとも76歳になってから打って出る地位ではないと思う。同期の石原君には勤まったという声もあるだろうが、彼には毎日登庁しなかったとの噂があるし、だから勤まったとも言われている。だが、自分の80歳までの経験と後期高齢者として謂わば病身になったことも考えれば、ご無理なさって頂きたくはないと思う。即ち、都民のためにはなるまいと言いたいのだ。

自分でも、未だに60歳の頃の自分と何処も変わっていないと思っているが、それは単なる思い込みで錯覚だと自分に言い聞かせている今日この頃だ。小泉元総理も恐らく「今でも俺が何か一言言えば、世間は納得する」と思っておられるのではないかと危惧するのだが。そう思っていれば幸せだが、国民の幸せにはならないだろう。

1月15日に思う

2014-01-15 08:11:00 | コラム
細川元総理が東京都知事選に出馬を公式に表明:

いきなり私事から入るが、本15日は私にとっては第一回目の心筋梗塞発症の八周年記念日で、右目の下の皮膚ガン切除手術の七周年記念日でもあるというややこしい日だ。因みに、二度目の心筋梗塞が昨年8月14日だったから、こちらは昨日で満5ヶ月だったことになる。この日の朝刊でもテレビのニュースでも、細川元総理の出馬が大きな話題となっていた。

私は細川氏の脱原発を掲げての出馬検討のニュースを聞いて先ず感じたことは「お止めになった方が良い」だった。それに自民党筋では「殿、ご乱心」との声が上がったし、菅官房長官の「原発問題は国家全体で取り組むべき問題で、東京都だけで決めることではない」との声明に賛成したい。何れにせよ、私は原発反対か脱原発論に与しないことは何度も述べてきたので、ここでまた論じることはしない。

それ以外にも細川氏の立候補を是としない理由がある。そこには同氏が既に76歳におなりだという年齢とそれによる時代感覚の衰えの問題がある。かく申し私は一度目の心筋梗塞から立ち直った時点で73歳に達していたが、ささやかな仕事を継続しても良いとの医師の許可を受けられたほど、健康に問題はなかった。だが、年齢による急激に大きく変化する時代の変化と進歩に付いていくのは至難の業だと、遺憾ながらあらためて認識せざるを得なかった。

私は1994年1月で会社をリタイヤーした後も多くの方のご厚意で色々な形で何とか仕事を継続させて頂いていたので、(こういう「頂く」との表現は好みではないと主張してきたが、ここではそれが実態なので使用する次第だ)現職の人たちとの交流を続けられたので、どうにかこうにか時代の変化を知り、大変な時代になったという捉え方出来ていた。

しかし、細川氏は如何なる形で生きて動いている世界と交流されていたかは知らないが、陶芸に没頭され実務から離れておられたと報じられている点に限りない不信感を覚えたのだ。ここでは、現代の変化の早さと動きを70歳を超えて実務から離れている者の往年の感覚で捉えるのは無理があるということを言いたいのだ。ましてや、脱原発は最も物事を知らなかった菅直人元総理が提唱した誤った政策である。

76歳が高齢だといえば「石原元知事は80歳寸前で敢えて再再再度出馬したではないか」と言われそうだが、彼は彼なりに現職だったので、日常的に現実に接していたし、時偶聞くこともあったMXテレビ等での語りでも十分に時代の変化に追いつこうとしている姿勢が見て取れた。言うなれば、外野席から見ていたのではないと見えたのだった。そこで、「その点細川氏は?」という疑問が出てくる次第だ。

結論的には「原発云々」を掲げることは不適切だし、「昔の名前でお出になる時代ではない」と申し上げて終わりたい。さて、ソフィア会はどのように対応するのだろうか。関係ないかな。