2017年9月26日(火)
高齢化が進む中、有志のみの同年会が企画されて参加を致しました。今回の宿泊は琵琶湖にある「XIV」です。
集合場所"長浜駅" 11:00と指定されていました。
長い間京都市に身を置き青春時代を過ごしていましたが、長浜と言う場所に行った事がありません。さぁ~~どうやって行くの幹事に聞いてみました。
東京駅(8:33発)➡ひかり505にて米原(10:44着)下車➡JRに乗り換えて➡長浜駅(11:05)着
長浜駅
遠くに見える"城” 長浜城歴史資料館
長浜市石田町生まれの三成が、観音寺で修行をしていた。
ある日のこと。当時長浜城主だった秀吉が鷹狩りの途中に立寄ったところ、 最初は大きい茶碗にぬるい お茶をなみなみと、次は前より少し熱くして半分ほどのお茶を、最後には小さな茶碗に熱くした少しのお茶を差しだしました。
この三成の心配りに感心した秀吉は、やがて三成を召抱えることとなりました。
これが有名な「三献の茶」の逸話です。
この像は、二人の出逢いをモチーフに昭和56年9月に駅前に建立されたものです。
( 駅前に有った銅像のいわれを知りました。)
黒壁スクエア
約100年前の銀行の建物を利用した黒壁ガラス館を中心に、ガラス工房やギャラリーやレストランが点在する街です。
私達はこの界隈を自由に散策をしました。
長浜駅よりワンメーターをタクシーで黒壁スクエアをすり抜けて行った仲間に一寸
不信感を持ったのでした何故
タクシー
その理由が昼食の時に解き明かされました。
人気のある 「翼果楼」 長浜名物 ″焼き鯖そうめん”
いかにも老舗と思う翼果楼でこの界隈でも人気のスポットだそうです。
なんでもいつ来ても待たせられるだけど予約はダメ
な所とか
だから幹事さんは先に行って場所取りをする為にタクシーにていち早く着いて、順番待ちの為に利用したと言う説明に
脱帽的でした。すみませんでした・・・
ゲスな気持ちを持ってしまい申し訳ありません
右下の器にあるのが名物の「焼鯖とそうめん」です。
関西では海が無いので、昔から若狭の国などの小浜藩領内と京都を結ぶ
街道の名前を「鯖街道」と言っていました。
サバを一塩振って保存を良くし、京都に持ってきたのです。京都に在籍していた折には鯖寿司をよく食べた記憶がありました。でも焼き鯖は無かったように記憶しています。でも焼き鯖の記憶はありませんでした。
長浜では鯖とそうめんを炊き合わせて作る「焼き鯖そうめん」は手軽に食べられる農繁期の為に利用されたし、曳山祭りにもその日の客人にもてなしたとありました。
長浜より米原に戻って本日の宿泊施設「XIV 琵琶湖」に向いました。
お部屋の割振りをして、いざ、夕食に行く段になって、今夜のお食事処は"中華”
へぇ~~ ニンニク嫌いの私は唖然としてしまいました。
結局無理を言って一人和食に変更をして頂きました
全く・・・ 我儘をとおしてしまいました。
一人での食事は一寸寂しく感じたので、忙しく給仕をする仲居さんを捕まえて世間話に花を咲かせてしまいました。
2日目、仲間の一人は抜けられない用が有って朝食も取らず帰郷。昨夜も夕食をとらずに Come Bach された方がいて残りの9名にて近江八幡にある「日牟八幡宮」に
詣で、そのすぐそばにあるケーブルカーに乗って琵琶湖国定公園に向いました。
往復¥880八幡山ロープウェイ 曇り空ではっきり見えない琵琶湖
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まだ秋が深まっていない様で紅葉は見られませんでした。ロープウェイから降りて
琵琶湖が見える所までは杖を借りて約8分位登りました。良い運動です。
今にも雨が降り出しそうなすっきりしない天候でした。
日牟禮茶屋 = たねや 13:00
近江八幡宮内町にある "たねや” にてランチを取りました。 近江に折角来ているのだからと、清水の舞台から飛び降りるほどの決断?をし、「たねやご膳 近江牛」なる品を注文 一寸、無理してでも・・・美味しいと感じて食事ができる内にと思い切りました。
CluB HARIE
↡
ラコリーナ おうみ
ラ コリーナ近江八幡は、自然を愛し、自然に学び、人々が集う繋がりの場。
八幡山から連なる丘に、緑深い森を夢み、自ら木を植え、ホタル舞う小川を作り、生き物たちが元気に生きづく田畑を耕しています。
このような環境の中に、和・洋菓子のメインショップをはじめ、たねや農藝、本社、飲食店、マルシェ、専門ショップ、パンショップなど、ゆったりとした自然の流れに寄り添いながら、長い年月をかけて手がける壮大な構想。これからの人と自然、共に生きる“いのち”の在り方をわたしたちは見つめ、ラ コリーナ近江八幡から世界へと発信してゆきます。
と、この工房のHPに記されていました。 田園風景の中に忽然と現れたかのような不思議なものです。屋根は芝生の様な植物で覆われていて常に水分補給をしていて、屋根より水が滴り落ちて来ていました。
メインのバームクーヘン売り場です。若者が列をなして買っていました。場所も車でしか来れない様な所です。一風変わっているのでまだ人気絶頂なのでしょうね
私達参加者9名はこの場所を最後にお別れをしました。又来年に託してそれまで元気でいる事を誓いました("^ω^)・・・ でも先の事はケセラセラ
皆様とお別れして後、私は米原から京都はすぐ近くなので弟に逢いに向かいました。両親のいない実家はやはり寂しく感じ、弟の元気な姿を見るのみでとんぼ返りとなりました。6時台の新幹線の車窓はもう暗くて見えず、リクライニングのシートを少し倒して目を閉じました。