家待・越中編（二）（24）告げ無くも憂(う)し

【掲載日：平成23年7月15日】

・・・しかれども
　　　　　　谷片付かたづきて　家居をれる　君が聞きつつ　告げ無くも憂うし



立夏りっか過ぎても　鳴かない霍公鳥ほととぎす
春遅い越こしとは云え
この時　聞こえないは　苛立いらだち募る
鳴くと聞けば　野に出いでてでも　との家待に
人伝ひとづて噂うわさが　届く
（　なになに
　掾じょう久米広縄ひろつなが屋敷　山陰やまかげ故　初音聞いたとか
　怪けしからぬ仕儀しぎかな　申すべし申すべし）

此処ここにして　背向そがひに見ゆる　我が背子せこが　垣内かきつの谷に　
《ここからは　後うしろに見える　広縄あんた家いえ　屋敷の庭は　谷の中》
明けされば　榛はりのさ枝えだに　夕されば　藤の繁しじみに　遥はろ遥ばろに　鳴く霍公鳥ほととぎす　
《夜よるが明けたら　榛はんの枝　夕方来たら　藤の蔭　遥はるかに鳴くよ　ほととぎす》
我がやどの　植木橘たちばな　花に散る　時を未まだしみ　来き鳴か無く　そこは恨うらみず　
《庭先植えた　橘たちばなは　花散ったのに　時期違ちゃうと　鳴きに来こんのは　仕様しょうがない》
しかれども　谷片付かたづきて　家居をれる　君が聞きつつ　告げ無くも憂うし
《それはそうやが　谷近ちかに　住んどる広縄あんた　聞いたでと　言ゆうて来こんのは　恨うらめしで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―（巻十九・四二〇七）

我が幾許ここだだ　待てど来き鳴かぬ　霍公鳥ほととぎす　一人聞きつつ　告げぬ君かも
《　ほととぎす　こんな待っても　鳴かんのに　一人で聞いて　知らん顔かい》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―（巻十九・四二〇八）

上官　守かみ家待からの　詰問きつもん
実直久米広縄ひろつな　慌あわてての返し

谷近く　家は居をれども　木こ高だかくて　里はあれども　霍公鳥ほととぎす　いまだ来き鳴かず　
《谷近ちこう　家いえを構えて　住んでるに　木ィ高たこ繁る　里やのに　ほととぎす鳥どり　まだ鳴かん》
鳴く声を　聞かまく欲ほりと　朝あしたには　門かどに出で立ち　夕ゆふへには　谷を見渡し　恋ふれども　一声ひとこゑだにも　いまだ聞こえず　
《鳴く声早はよに　聞きたいと　朝方あさがた門の　外に立ち　夕方谷を　見渡して　焦こがれるけども　一声も　聞いてまへんで　わしかてホンマ》　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―久米広縄くめのひろつな―（巻十九・四二〇九）