【掲載日:平成23年8月2日】
渋谿を 指して我が行く
この浜に 月夜飽きてむ 馬暫し停め
部下からの たっての望みに応え
再度の 布勢水海への遊覧
藤花は 前にも増して 房をたわわにし
花紫を 水に映している
藤波の 影なす海の 底清み 沈く石をも 玉とぞ我が見る
《藤房の影 映してる水 澄んどって 底にある石 珠の様見える》
―大伴家持―(巻十九・四一九九)
多胡の浦の 底さへにほふ 藤波を 插頭して行かむ 見ぬ人のため
《多胡の浦 底に映え照る 藤房を 髪挿し帰えろ 来られん人に》
―内蔵縄麻呂―(巻十九・四二〇〇)
いささかに 思ひて来しを 多胡の浦に 咲ける藤見て 一夜経ぬべし
《まあまかと 思て見に来た 多胡の浦 咲く藤見たら 泊りとなった》
―久米広縄―(巻十九・四二〇一)
藤波を 仮廬に作り 浦廻する 人とは知らに 海人とか見らむ
《藤波を 船屋根乗せ浦巡り してるのに 見たら漁師と 思うん違うか》
―久米継麻呂―(巻十九・四二〇二)
家に行きて 何を語らむ あしひきの 山霍公鳥 一声も鳴け
《帰ったら 土産話に するのんで 鳴けほととぎす せめて一声》
―久米広縄―(巻十九・四二〇三)
とある水辺
巨大は葉を持つ ほほがしわを見つけ
驚きとともに 歌心催し
それぞれに 詠う
我が背子が 捧げて持てる ほほがしは あたかも似るか 青き蓋
《守殿はん 捧げ持ってる ほほがしわ ほんにそっくり 青衣笠に》
―恵行―(巻十九・四二〇四)
皇神祖の 遠御代御代は い布き折り 酒飲みきといふぞ このほほがしは
《古の 神代時代に 折り畳み 酒飲んだ云う このほほがしわ》
―大伴家持―(巻十九・四二〇五)
初夏の日が 暮れていく
風が 頬に心地よい
馬を駆る先 渋谿
左手 満月間近の月が昇り
有磯の海に 月影揺れる
渋谿を 指して我が行く この浜に 月夜飽きてむ 馬暫し停め
《渋谿を 目指し行く浜 月良えで 良う味わおや 一寸馬停め》
―大伴家持―(巻十九・四二〇六)
【四月十二日】