【掲載日:平成22年10月1日】
長門なる 沖つ借島 奥まへて
わが思ふ君は 千歳にもがも
政権の中核を担う 橘諸兄
着々と その地歩を固めつつある
邸を訪うは 引きも切らない
天平十年〈738〉秋八月 山背相楽別荘
今日も今日とて 酒宴が続く
長門なる 沖つ借島 奥まへて わが思ふ君は 千歳にもがも
《沖の借島 こころ奥底 思う橘卿 長生きされて 歳の千まで》
―巨曽倍津嶋―〈巻六・一〇二四〉
奥まへて われを思へる わが背子は 千年五百歳 有りこせぬかも
《心から 慕うてくれる 津嶋こそ 千も五百も 長生きしてや》
―橘諸兄―〈巻六・一〇二五〉
「これは右大臣様 見事な重ね句
今日の趣向は 決まりじゃ」
高橋安磨が はしゃぐ
さを鹿の 来立ち鳴く野の 秋萩は 露霜負ひて 散りにしものを
《男鹿来て 鳴く野の萩は 露浴びて 散って仕舞てる 侘しいこっちゃ》
―文馬養―〈巻八・一五八〇〉
この岳に 小牡鹿履み起し 窺狙ひ かもかもすらく 君故にこそ
《あれこれと 鹿捕え策 練る様に 心尽くすん 橘卿の為や》
―巨曽倍津嶋―〈巻八・一五七六〉
秋の野の 草花が末を 押しなべて 来しくもしるく 逢へる君かも
《秋の野の 薄の穂ぉを 押し倒し 来た甲斐あって 橘卿に逢えた》
―阿倍虫麻呂―〈巻八・一五七七〉
雲の上に 鳴くなる雁の 遠けども 君に逢はむと た廻り来つ
《雲の上 鳴く雁遠い 遠い道 橘卿に逢おと はるばる来たで》
―作者未詳―〈巻八・一五七四〉
雲の上に 鳴きつる雁の 寒きなへ 萩の下葉は 黄変ぬるかも
《雲上で 鳴く雁の声 寒々し 萩の葉先が 黄葉してる》
―作者未詳―〈巻八・一五七五〉
今朝鳴きて 行きし雁が音 寒みかも この野の浅茅 色づきにける
《今朝鳴いて 飛んでた雁の 声寒い 野原の浅茅 色づいとおる》
―阿倍虫麻呂―〈巻八・一五七八〉
朝戸開けて 物思ふ時に 白露の 置ける秋萩 見えつつもとな
《朝戸開け 別れ辛いに 白露の 置く秋萩見たら 余計辛いがな》
―文馬養―〈巻八・一五七九〉
〈高橋安磨〉
橘の 本に道履む 八衢に 物をぞ思ふ 人に知らえず
《橘の 並木続きの 分かれ道 うちの悩むん 誰知ってんや》
―豊島采女―〈巻六・一〇二七〉
〈橘諸兄〉
ももしきの 大宮人は 今日もかも 暇を無みと 里に去かずあらむ
《大宮に 仕える人は 暇無うて 今日もまた家 帰られんのか》
―豊島采女―〈巻六・一〇二六〉
「右大臣様 重ね句が ございませぬ」
責める安磨に 橘諸兄すかさず
「安麻呂殿が 故豊島采女の歌 借用したにより
わしも 采女が歌 借りたまで 作り手重ねじゃ」
笑いのうち 座に 和みが 流れて行く
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