【掲載日:平成22年5月25日】
・・・ゆくらゆくらに 面影に もとな見えつつ
かく恋ひば 老づく吾が身 けだし堪へむかも
越中赴任から 三年
あれこれの不便から
大嬢越迎えの申し出が届く
家持の意を叶えるべくの 大嬢下向
行かせた後の 母の侘しさ
五十路の身に 津々と募る
海神の 神の命の 御櫛笥に 貯ひ置きて 斎くとふ 珠に益りて 思へりし 吾が子にはあれど うつせみの 世の理と 大夫の 引きのまにまに しな離る 越路をさして 延ふ蔦の 別れにしより
《海神さんが 櫛箱入れて 貯め置いて 大事にしてる 真珠玉 その真珠よりも 愛おしい お前やけども 仕様無しに 家持さんの 招きゆえ 遠い越国へと 行かしたが》
沖つ波 撓む眉引 大船の ゆくらゆくらに 面影に もとな見えつつ かく恋ひば 老づく吾が身 けだし堪へむかも
《波によう似た 眉引きが ゆらゆらゆらと 眼に浮かぶ こんな恋しゅう 思てたら 老い先短い この身体 耐えることなど できようか》
―大伴坂上郎女―〈巻十九・四二二〇〉
かくばかり 恋しくしあらば まそ鏡 見ぬ日時なく あらましものを
《こんなにも 恋しゅう思う あんたなら ずうっと傍に 置けばよかった》
―大伴坂上郎女―〈巻十九・四二二一〉
遥かな 都の空から しな離かる越へ
悲痛な思いを乗せた 母からの便り
大嬢は 家持に せめてもの心遣りの歌を強請む
霍公鳥 来鳴く五月に 咲きにほふ 花橘の 香ぐはしき 親の御言 朝暮に 聞かぬ日まねく
《ホトトギス 来て鳴く五月 咲きにおう 橘花の それみたい 麗し聞いた 母さんの 声聞かへんで 日ィ経った》
天離る 鄙にし居れば あしひきの 山のたをりに 立つ雲を 外のみ見つつ 嘆くそら 安けなくに 思ふそら 苦しきものを
《山の陰から 立つ雲を 見ながら思う 里の空 嘆く心も 頼りなく 思う気持ちも 萎えてくる》
奈呉の海人の 潜き取るといふ 真珠の 見が欲し御面 直向ひ 見む時までは 松柏の 栄えいまさね 貴き吾が君
《奈呉の漁師が 潜り採る 真珠みたいな あのお顔 見たいと思う 今日日頃 お会いするまで お元気で 暮らし下さい お母さま》
―大伴家持―〈巻十九・四一六九〉
白玉の 見が欲し君を 見ず久に 鄙にし居れば 生けるともなし
《逢いたいに 逢われへん日ィ 続いてる 鄙に居るんで 仕様無いけども》
―大伴家持―〈巻十九・四一七〇〉
大嬢越下り二年後 天平勝宝三年〈751〉帰京を果たした家持
郎女 大伴家の安堵とは裏腹
藤原仲麻呂勢力 孝謙女帝の庇護を得て伸長
諸兄の地位を脅かしていく
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