【掲載日:平成22年4月2日】
来むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを
来むとは待たじ 来じと言ふものを
春も朧の夕暮れ
坂上郎女の許へ 文が届く
郎女は 開こうともしない
文使いが 待っている
返事をもらわないでは 帰れないのだ
文使いは 端女に 返しを責っ付く
取りつく島もない
「お願いです もう 半時も待っているのです主麻呂様に 叱られます」
痺れを切らせた文使いに やっと返しが届いた
「これは! わたくしが 主から預かったものでは ないですか」
「そうです これを持って帰しなさいとの 郎女さまの仰せです」
郎女は おぼろな月の光を見やっていた
〈決まっているわ 『今宵は 行かれぬ』との文
何度 受け取ったことやら
それでも 『もしや』と待っている
それを あの人は 見透かしているのだ
もう 待つものですか〉
おぼろな光が 陰る
〈雲だわ 雲まで 私の心 見ているのね
ああ これで もう来ないかもしれない
私としたことが 端ないことを・・・
そうだわ やはり 文だけは返さなくては〉
来むと言ふも
来ぬ時あるを
来じと言ふを
来むとは待たじ
来じと言ふものを
《来る言うて
来ん時もある
来ない言う
来るの待たんで
来ない言うんを》
―大伴坂上郎女―〈巻四・五二七〉
春の夜は更け 風もこころなしか寒い
郎女は 雲の晴れ間を 待っている
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