【掲載日:平成22年11月19日】
愛しきかも 皇子の命の
あり通ひ 見しし活道の 路は荒れにけり
憔悴心を 引きずり
家持は付き従っていた
帝は 恭仁へは戻らず
難波を後に 和泉宮 安曇江 紫香楽宮へ
内舎人如きに
帝のお心 何処にありやの 詮索は適わぬが
独り 悔しさを 噛み殺していた
暫しの暇を衝いて 家持は 恭仁へと走る
皇子の御門を前に 思わずに 涙が零れる
懸けまくも あやにかしこし わご王 皇子の命
もののふの 八十伴の男を 召し集へ 率ひ賜ひ
朝猟に 鹿猪踏み起し 暮猟に 鶉雉ふみ立て 大御馬の 口抑へ駐め
《口にするのも 畏れ多い 天皇さんの 御子さんが
多くの臣下 召し集め
朝の狩りには 獣追い 夕べの狩りで 鳥飛ばす 手綱引かれて 馬とどめ》
御心を 見し明らめし 活道山
木立の繁に 咲く花も 移ろひにけり 世の中は かくのみならし
《心晴々された 活道山
木立鬱蒼 花散って 世の中云うん こんなんか》
大夫の 心振り起し 剣刀 腰に取り佩き 梓弓 靫取り負ひて 天地と いや遠長に 万代に
《武人心を 振り興し 剣や刀 腰に佩き 弓取り持って 靫背負い 天地悠久 万世まで》
かくしもがもと 憑めりし 皇子の御門の 五月蝿なす 騒く舎人は
白栲に 服取り着て 常なりし 咲ひ振舞ひ いや日異に 変らふ見れば 悲しきろかも
《お仕え仕様と 頼みした 御子の宮処 集うてた 舎人は
喪服 身につけて にこやか姿 変わり果て 打ち沈むんは 悲してならん》
―大伴家持―〈巻三・四七八〉
愛しきかも 皇子の命の あり通ひ 見しし活道の 路は荒れにけり
《痛ましや 御子の命が 通い見た 活道の路は 荒れ果てて仕舞た》
―大伴家持―〈巻三・四七九〉
大伴の 名負ふ靫帯て 万代に 憑みし心 何処か寄せむ
《大伴の 名に相応しい 靫背負い 仕える決心 寄せ処ない》
―大伴家持―〈巻三・四八〇〉
皇子の御門を後にし
恭仁の仮居に立ち寄った家持
待っていたのは 思いもかけない知らせ
今をときめく 仲麻呂が御曹司
久須麻呂様からの
事もあろうに 婚申し出
藤原家との縁結び
小躍りの胸に 旅人「諭し」が彷彿浮かぶ
思わずに ぶるぶると首を振る
次第に 対立の様相深める 藤と橘
「諭し」を考えれば
いずれとも与しないが上策
さりとて 無下の断りは
痛くもない腹探られとなろう
家持は 天を仰いだ
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