【掲載日:平成21年12月11日】
ここにありて 筑紫や何処 白雲の
たなびく山の 方にしあるらし
帰京後の ひと月余り
旅人は 旅の疲れも見せず
然るべき方面への 挨拶に 奔走していた
公人としての役目
実直この上ない 旅人には
蔑にできない 日々であった
私人としての 落着きを得た 旅人
今度は 友との懇親に 忙しい
〔そうそう 礼をせねば
帰京の折 難波浜での歓待の高安王に
王は この度 昇進の栄を得たにより
新しい束帯服を 送るとしよう〕
わが衣 人にな著せそ 網引する 難波壮士の 手には触るとも
《この衣 漁師まがいに 着さすなよ 漁師まがいの 難波壮士は良えが》
―大伴旅人―〔巻四・五七七〕
〔大宰府に 残った友からの便りが 来ておる
みな それぞれに
寂しく思ってくれておるようじゃ〕
今よりは 城の山道は 不楽しけむ わが通はむと 思ひしものを
《大宰府へ 通う山道 楽し無い 今までずっと 楽しかったに》
―葛井大成―〔巻四・五七六〕
天地と 共に久しく 住まはむと 思ひてありし 家の庭はも
《いつまでも いついつまでも 住みたいと 思うてたんやで あんたの庭に》
―大伴三依―〔巻四・五七八〕
〔わしも 人を送った後 寂しい思いをした
あれは 大宰府在任の頃
丹比県守との別れであった〕
君がため 醸みし待酒 安の野に 独りや飲まむ 友無しにして
《友無しで 独り飲むんか この酒を あんたのために 造ったいうに》
―大伴旅人―〔巻四・五五五〕
〔おお これは 満誓殿からの便り
忙しさにかまけてしもうた 返事をせねば〕
まそ鏡 見飽かぬ君に 後れてや 朝夕に さびつつ居らむ
《気心の 知れたあんたに 置いてかれ 寂しいこっちゃ 朝夕ずっと》
ぬばたまの 黒髪変り 白髪ても 痛き恋には 逢ふ時ありけり
《黒い髪 白なるほどに 年齢取って こんな苦しい 恋するやろか〔相手男やのに〕》
―沙弥満誓―〔巻四・五七二、五七三〕
ここにありて 筑紫や何処 白雲の たなびく山の 方にしあるらし
《都から 筑紫何処やと 見てみるが 雲の棚引く 遥かかなたや》
草香江の 入江に求食る 葦鶴の あなたづたづし 友無しにして
《毎日を 心もとのう 暮らしてる お前さん言う 友置いてきて》
―大伴旅人―〔巻四・五七四、五七五〕
人恋しい 旅人がいた