【掲載日:平成21年10月21日】
わが行は 七日は過ぎじ 竜田彦
ゆめ此の花を 風にな散らし
【「小鞍の嶺」の桜、谷をへだてて葛城の連峰】

藤原宇合は 難波の宮造りを命ぜられた
神亀三年〔726〕のことであった
向こう五年の 大工事だ
工事督励 と 状況報告
幾度かの 都―難波 の 往還が重なる
竜田越えが 決まり道となっていた
都平城への報告は 虫麻呂の役目
ここぞの報告は 宇合様の同道を仰ぐ
宇合は 桜が好き
この季節 小鞍の桜のため 努めて往還する
「虫麻呂 歌だ 歌だ そちの歌が よい」
白雲の 竜田の山の 滝の上の 小鞍の嶺に 咲きををる 桜の花は
山高み 風し止まねば 春雨の 継ぎてし降れば
《竜田の山の 激流の上の 小鞍の桜 見頃やゆうに 風が強うて 春雨続き》
秀つ枝は 散り過ぎにけり 下枝に 残れる花は 須臾は 散りな乱れそ
草枕 旅行く君が 還り来るまで
《上の花びら もう散ったけど せめて下のは 残って欲しい
行って帰って 来るまでは》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一七四七〕
わが行は 七日は過ぎじ 竜田彦 ゆめ此の花を 風にな散らし
《すぐ帰る 七日と掛からん 桜花 竜田の神さん 散らさんといて》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一七四八〕
小鞍の峰での 桜花宴
陽が西に傾く中 一行は急ぎ足
亀ヶ瀬激流の上 夕映え桜
「ここの桜も 見事じゃ 虫麻呂 今一首」
白雲の 龍田の山を 夕暮に うち越え行けば 滝の上の 桜の花は
咲きたるは 散り過ぎにけり 含めるは 咲き継ぎぬべし
《竜田山 越える夕暮 激流の上
開いた桜は 散ってもた 蕾の花は これからよ》
彼方此方の 花の盛りに 見えねども 君が御行は 今にしあるべし
《全部満開 違うけども ほんま好え時期 行かれるこっちゃ》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一七四九〕
暇あらば なづさひ渡り 向つ峯の 桜の花も 折らましものを
《暇ないが 川を渡って 桜花取りに 行ってきたいな 向こうの峯の》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一七五〇〕
〔宇合殿は お人が悪い
桜見る 私の心 分からぬでも なかろうに
敢えての所望は 如何なる思いなのか〕
宇合の 度重なる強請みが
虫麻呂に 遥かな昔を 思い起こさせる

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