本の迷宮

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秋の舞姫 (作画:谷口ジロー 原作:関川夏央)

2006-12-06 09:30:42 | 漫画家(た行)
(1989年発行)



冒頭部分を見てみよう。



見開き右ページ(本では6ページ)
遠くから歩いてくる軍人姿。
木々のざわめき。
左後方やや頭上からの軍人らしき男性が歩いている様子。
足元には「じゃりじゃり」という擬音。
最後のコマで、立派なひげをたくわえた軍人男性をやや下方から見上げる位置で描く。



見開き左ページ。
場面転換を表す為の木々。
洋装姿の男性を右斜め上方から描く。
歩く男性を横から見た図。
「じゃりじゃり」の擬音。
最後のコマは、男性の歩き去っていく後姿。


森鴎外は読者の方に向かってやってきて、
夏目漱石は読者から去っていくのだ。


つまり、前回「『坊っちゃん』の時代」の主人公は漱石だったが、
今回は森鴎外ですよ。
・・・っていう事だ。


導入部分が粋だよね。


物語は長谷川辰之助(二葉亭四迷)の葬儀のシーンから始まる。
あれ?「舞姫」の話は?なんて読者が思ってると、
漸く、鴎外の21年前の回想シーンとして本編は始まるのだ。


関川夏央のストーリーの組み立ての確かさもさることながら、
谷口ジローの画力の素晴らしさに惚れ惚れしてしまう。


例えば、ドイツから日本に帰ってきた鴎外が自分の両親に挨拶をするシーン。(46・47ページ)
広い二間続きの和室の奥に床の間を背に座っている両親。
手前の部屋から、きちんと正座をした鴎外が挨拶をする。
「ただいま帰りました
長の無沙汰でございました」
両親の返事はない。ただ黙って聞いているだけである。

そして、鴎外は心の中で思う。
(鴎外はこのとき
日本へ帰ったのだとはじめて実感した
この地では個人がひとではなく
「家」そのものがすなわちひとである)


じっと押し黙って座ってる両親。
まるで、人形か写真のようにさえ思える。
とても血の通った人間とは思えない。


このシーンを目で見るだけで、先ほどの鴎外の心境が読者の心にすんなりと受け入れられるのだ。


ベルリンでの初めての鴎外とエリスの出会いシーン。
石畳の上に座り込み声を呑みつつ泣くひとりの少女。
まるで聖母のような可憐なエリス・・・。
その姿を見て、思わず立ち尽くす鴎外。

セリフはないが、二人の心境がよく伝わってくる実にいいシーンだ。


・・・とまあ、こういう風に書いていくともっともっと書きたい箇所はいっぱいあるのだが、
長くなるので、不本意ではあるけれど、この辺で止めておこう。(笑)


とにかく、エリスが実に魅力的な女性として描かれている。


知恵も勇気もある。
胆もある。
義もある。
その上、美しい!


それに比べて鴎外の、なんと意気地の無さ!
尤も、当時の日本では仕方の無かった事だとは、理性ではわかる。
しかし、あんまりじゃあありませんか!


別れを切り出す鴎外にエリスは答える。
「理性は諒解します
・・・しかし情は不実を咎めつづけます
リンタロー
わたくしあなたを終生恨みましょう」
鴎外は答える。
「わたしは日本人だ
日本がわたしだ」



理性では諒解するが・・・終生恨む


うんうん。そうだよね~。
鴎外には鴎外の苦悩があったのは認める。
・・・でもね~。
こんなつまらん男なんてさっさと見限ってもっといい男を見つけて幸せになって欲しい!


残念ながら、エリスがドイツに帰国した後どうなったのかわからない。
エリスは、研究者によるとユダヤ人だったようだ。


長生きしていれば、ヒトラーの演説を聞いたかもしれない。
・・・となると、悲惨な末路を送った可能性もゼロではないと言うことだ。
・・・・・・。